
私は浴衣派
ごめん。待った?
恵子が、息を切らせながら河原の土手を登ってきた。
汗の吹き出た額に、前髪がくっついている。
いや、俺も今来たところ。
健一は吸いかけのセブンスターを踏み潰した。
そこには、5、6本の吸殻が散らばっている。
目ざとく恵子がそれを捉え、
優しいのね。
と言って、身体を寄せてきた。
沈丁花のような山百合のような微かな香りが、健一の鼻腔粘膜を刺激する。
それは東京の安キャバクラでの不自然な臭いとは違った、すんなりと鼻に入ってくる匂いだった。
唇が重なる。
やや甘酸っぱい汗の香りが、健一の何かを刺激している。
東京の人って、みんな綺麗よね。
一旦離れ、眠そうにも見える瞳の恵子が健一の胸元あたりを見ながら言った。
うん。
そう言った健一を、恵子は黄色い視線で見つめた。
でも、それは作られた美しささ。お前みたいな美しさとは違うものさ。
黄色い視線が、いつの間にかかぎりなく透明に近いブルーに変わっている。
いい人いるっしょ。
懐かしい道産子のアクセントだ。
バーカ。
また、恵子の口が塞がれた。
羊蹄山からの風せいだろうか。
浴衣の裾が、宙に浮いた。
エゾフキの陰で、コロボックルが笑っている。
