
「ごめんあそばせ」
右上から声がした。
結城に西陣だろうか。
昼間だと2時間に1本、朝晩でも1時間に2本しかダイヤのない駅には、明らかに場違いな女が立っている。
「そのお飲み物は、どうやったらお求めできるのかしら」
思わず缶コーヒーを吹き出すところだ。
お飲み物というほどのものでもなければ、お求めするというほどの行為でもあるまい。
が、私はしごく真面目な顔で対峙し、その50がらみの梔の香りを自動販売機の前に連れて行った。
「あのう、これは使えるのかしら」
梔は黒に金文字の入ったカードを見せた。
私には初めて見るカードだったが、たぶん使えないと思いますよと答え、現金が必要なことを伝えた。
梔は一瞬「えっ」という顔をして、手提げの中を漁る。
「これで大丈夫かしら」
女は目を輝かせた。
「うーん、それでは大き過ぎるみたいですよ。一番小さいのはないですか?」
私は、ブラックカードオーナーにあわせて聞いた。
「これかしら?」
梔が不安げに覗く。
「ええ、それならこの機械でも大丈夫です」
ほっとした表情に戻った梔が、また眉をしかめた。
女は自動販売機の前で仁王立ちしているだけなのだ。その後が続かない。
「本当にご足労ですけど、あなた様のお飲みになっていらっしゃるものと同じものをお求めいただけますかしら」
女の肩が、少し丸みを帯びたように思えた。
「ガチャガチャ、ガタン」
という音に続いて、「ありがとうございました。今日も頑張ってね。バ~イ」という若い女性の鼻にかかった声がした。
「あらっ。ほほほっ」
と小さな梔の笑みが洩れた。
ガチャガチャチリーンを取出して、私は梔に手渡す。
VVSクラスかも知れない5カラットくらいが見えた。
「あら、美味しいのね、これ。こんなお飲み物初めてですわ」
梔が、四つ葉のクローバーを見つけた少女の目で言った。
「ありがとうございました。おかげさまで素晴らしいことを知りましたわ」
梔の姿が、その香りとともに急に薄れて行った。
おりゃあ、じじい。起きろ!
飯作れ、掃除しろ!
赤鬼が角を伸ばして、大きな金棒を振り上げながら叫んでいる。
角隠し伝説は事実だった。
本当に、あれには角があるのだ。
私は、夢の中の夢でそう考えている。
