
いろいろな法律があって無理ですが、総理大臣という職をなくす発議をしますな。
といいますのは、現在の日本における総理大臣とは、単なる政治力学の計算上にあるものであるように思われるからです。
もちろん、こうしたことはずっと昔からあったのでしょうが、最近はあまりに悲惨です。
このエンターテイナーとしての総理大臣という役職、立場は、遠く、また古くはアメリカ合衆国のケネディとニクソンのテレビ演説に端を発するものでしょう。
しかし、合衆国の大統領と我が国の総理大臣は、発言力も法律上の力も、スターとしての顔であることも、また、国民の代表(直接選挙とは言え、国民が大統領選挙の投票はしないが)であり、アメリカンドリームの実現者、世界的な組織の歯車としての役割を担っています。
だから、普段はテレビ画面に映し出される、裏方が作った原稿を読んでいても、いざという場合には、原稿なしで1時間くらいは話せる術・技が必要です。
しかし、日本の総理大臣をかの国の大統領と比較するのは、あまりにも可哀想です。
総理大臣の権限というのは、法的にはせいぜい解散、総辞職、仲間の任命権くらい。
いや、それだって本当は一人ではどうしようもないものですからね。
まあ、可能なら、総理大臣としてすべきことは、国会議事堂内に仮眠室でも作ることかな。
赤坂、六本木までの交通費は議員報酬対象外にするなんていうのも考えられますが、国会よりこちらの方が桁違いに大切ですから、これはカット出来ませんね。