
「お前にもそろそろ、盗人の極意を伝授してやろうか」
「えっ!オヤジ、いや頭(かしら)今、何とおっしゃられました?」
「お前に、一人前になってもらう時が来たようだ」
「オヤジ、嬉しい。いや、頭、有り難き幸せ」
「今夜、丑の刻、洲崎の名主の屋敷じゃ」
丑の刻
「いいか、よく聞け。お前が正面から忍び込み、名主の寝床にある信楽焼の茶椀を奪ったら、わざと音をたてて守人を引き付けろ。
その間にワシが名主の倉から宝を盗み出す。手下に宝を渡し、頃合いを見計らって、ワシが倉の方で『してやったり、お宝はもらいうけた』とでも大声で言おう。
守人は、もうお前のことなど目に入らぬ。ワシを追いかけるのに必死になるだろうから、スキを見て逃げてこい。わかったな」
ガタンガタン、ドスン。
名主の寝室から、何かがぶつかり倒れるような音がした。
守人が一斉にに掛け集まってくる。
若い男は、彼らをからかうかのように、あっちの土間、こっちの屋根と飛び回っている。
が、さすがに10人近い守人に囲まれてからは、背中が薄ら寒くなってきた。
「頭、遅いぞ」
男はつぶやいた。
まだ、倉からは何の声も上がらない。
「オヤジ!遅いぞ!何をやっている。早くしてくれ。俺はもう限界だー」
男の顔がすごい形相になってきた。
守人の投げた槍が右肩をかすり、焼け付くような痛みが走った。
もう、ダメだ。
男は墜落覚悟で、屋根から2間ほど離れたところにある、隣屋の樫の木に飛びついた。
ほうほうの体(てい)で家に戻ると、オヤジが酒を食らったのか、高いいびきをかいて寝ている。
「よくもしゃあしゃあと酒など飲んでいられるものだ。俺を騙しやがって!」
男は、頭の横腹を蹴飛ばしたくなる衝動を必死で抑えながら、寝ている男に言った。
「オヤジ!約束が違うではないか。俺は死ぬところだったんだぞ。それを、のうのうと酒などかっ食らって!」
と、高いびきが止んで、寝言のような声が漏れた。
「息子よ。今宵は盗人の極意をつかんだようだな。
九死に一生を得たいならば、いかなる時も人を頼りにしてはいかんのじゃよ。たとえそれが親でもな」
また、男は高いびきをたて出した。
……………………………
これは、私の好きな『宇治拾遺物語』の中にある話を、しま爺風にアレンジしたものです。
こんなことは、親子の絆なしではできないでしょうね。