
先程までの荒れ狂ったような風がやみ、急に静寂が訪れた。
雲の切れ間から、少しばかり寂しそうな太陽が顔をだしている。
それは地平線ギリギリではあるが、確かに1月の、まぎれもない夏の到来を告げていた。
私は急に人恋しくなり、トレンチをはおって部屋を出た。
街はひっそりと沈みかえっている。
もう、みな寝てしまっているのかも知れない。
すらりと伸びた透けるような脚が魅力の、長い黒髪のウェイトレスのいるコーヒーショップも、冷たくシャッターを閉めていた。
と、カランカランと乾いた音がした。
野良犬がゴミ箱をあさっている。
こんな時間に外をうろついているのは、どうも私とそいつだけらしい。
1月の、ほとんど沈むことのない夏の太陽も、この時刻ともなると、わずかに地平線の下に顔を隠す。
午前1時半。
世界中のキャプテンが恐れ、世界一周の栄誉を祝し名付けられた海、マゼラン海峡に近い、ここアルゼンチン、フエゴ島のウスワイア。
南緯55度のお正月。
今、夏真っ盛りである。
太陽は姿を隠したが、日本ならさしずめ黄昏時だ。
もうすぐ、また、太陽が地平線を削るようにして顔を出してくる。
私はトレンチの襟を立てながら、ホテルへと引き返し始めた。
ガタンガタン。
今度は、少し大きな音と共に、狼の遠吠えのような声が聞こえてきた。
スススッと、黒い影がよぎる。
ムラートたちの間で、黒猫が目の前を走り抜けるのは、不吉の前兆だ。
さあ、一眠りしておこう。
明日の朝、いや、今日の朝も寝覚めは悪そうだ。
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これはフィクションです。
私はアルゼンチンにも、フエゴ島にも、また、火星やバーナード星にも行ったことがありません。