
「おっ、この魚おいしいね」
この一言が間違いのもとだった。
その翌日も、その翌々日も、いや、それは1ヶ月近く続いている。
確かに最初の一口は美味かった。
が、いくら美味いとはいえ、1ヶ月も同じ料理が続くと、さすがにうんざりしてくる。
が、それを口には出せまい。
とにかく、海から数百キロメートル離れた内陸のこの町で、マナガツヲはおそらく貴重品、珍味のはずだ。
初めて見る外国人に、精一杯の接待をしてくれているに相違ない。
私は内心うんざりしながらも、もう一度、その平べったいひし形の魚を見た。
底の浅いホーロー鍋に盛られた、知人が洗面器飯と呼んだ、薄茶けたご飯の上に、それは自慢気に乗っている。
今朝はミゾレまじりの雨だ。
今日もまた、マナガツヲの昼飯かあ。
こんな雨でも、彼女はせっせと、嬉々としてマナガツヲを蒸しているのだろう。
ノックの音がした。
そこには、セーターを何枚も着込んでふくらスズメになった給女が、満面の笑みを浮かべて立っている。
お盆には、予想に違わず例の魚が、胸を張りながらいつもの場所に陣取っていた。
私も優しい笑みを返して言った。
「ありがとう、アリさん」
阿里さんは、雨の日もマナガツヲを蒸している。