野村万蔵、野村万作 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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中学3年生の時、野村万蔵(人間国宝)氏、野村万作氏が我が田舎中学を訪れ、体育館で狂言を演じてくれたことがある。

 
ちょうど教科書で『ぶす』(トリカブトから作る猛毒)という狂言を習っていた時だった。
それを本当に、しかも最高のコンビの生の舞台を見られたことは、私の人生にとって、この上ない幸せだった。 


万蔵氏が帰り際に言った言葉は、昨日のことのように覚えている。 


「私どもが、このような場所で舞うのは初めてです」

当時は、その意味がわからなかった。 

今考えると、よくぞ北関東の山裾、さびれた体育館で演じてくれたものだ。 


また、こんなことをおっしゃって帰られた。 

「これからすぐハワイ公演に向かいますので、あまり長居は出来ませんが、若い皆様には……」


その後は、よく覚えていない。
というのは、宇都宮という地方都市へ出かけるのさえ、ちょっとした旅行であり、東京に行くことは海外旅行気分であった私にとり、ハワイという名前は、宇宙旅行に等しく聞こえたからだ。 


それを、まるで隣町へでも出かけるような雰囲気で話された万蔵氏の言葉に、少なからぬショックを受けたからである。 


多分、万蔵氏は日本文化について、若者である私たちになんらかのメッセージを送ってくださっていたに違いない。 


今でこそ国内旅行より安価で、気軽に行けるようになった海外だが、残念ながらハワイという言葉の後は、どうしてもぼやけて思い出せないのである。



しかし、『ぶす』の演技、声はしっかりと記憶され、おそらく一生の宝の一つとして、永遠に忘れることはないであろう。