
最近、夢はあまり見なくなった。
いや、正確に言うなら、夢は毎日見ているはずなので、夢を覚えている、あるいは、夢の途中で目覚めることがなくなった。
で、少しばかり前になるが、ひどく疲れた夢について語ろうかな。
その夢で、私は塾講師になっていた。講師を辞めて10年も経つというのに、どういうわけか受験日の夕方、質問室に私が座っている。
隣には、今受験を終えたばかりの生徒がいる。
普段の私は理系を受け持っていたが、ときには文系講師として教壇に立ったこともあった。まあ、スイッチヒッター講師というところだろうか。
で、夢の中で生徒がホヤホヤの国語入試問題を手にし、私に質問にきたのだ。
作者の心情を選ぶ、選択問題である。
ところが、本文がえらく長い。おそらく、麻布か武蔵の問題に違いない。
私は相当気を引き締めて、本文を読み始めた。
が、途中まで読んだところで文字が見えなくなる。 焦って、もう一度初めから読み直そうとした。
が、なんと、先程読んだ内容と変わっている。ページを飛ばしたのかと思い、試験用紙を1枚1枚めくる。
と、また、本文が変わっている。
? ? ?
そうだった、作者の心情なんていうのと、試験の正解というものとは違うんだ。
そういえば、先日読んだ清水某の本で、『ほう、俺はこういう心情なのかい』と、有名中学入試問題を笑っていたなあ、などと思い出す。
と、試験用紙がフッと消えてしまった。
生徒が目を点にする。
と、そこで目が覚めた。
ひどく疲れた。
夢の中で長文を読むということは、寝ながらも作文していることに他ならない。本文が、読む都度違ってしまったのも当然だろう。夢の中で作った作文を、また夢の中で再現することは、俳句、短歌ならさておき、長文では不可能に近い。
とにかく、久々に疲れた夢でした。
夢でよかった。
本当の話だったら、麻布、武蔵の国語問題の入試における正解を、そうそうには導きだせなかったかも知れない。