香里は音もなく障子を開け、私の寝ている布団の前に立った。
先程からのただならぬ会話に、私は何度か起き上がろうと試みていた。
が、金縛りにでもかかったかのように、首ひとつ動かせずにいた。耳と目ばかり、異常に敏感になっている。喉は渇ききり、うめくことさえできない。
香里は、フワリと浴衣をはいだ。
暗闇に、ぼんやりとした白いシルエットが浮かび上がる。
胸の隆起は、まだ半熟だ。しかし、その先端にある突起は、闇にもかかわらず、薄いピンクの花を咲かせているのが見えたような気がした。
香里は、ウロコのように鈍く銀色に光る布団をはぎ、私の着ているチェックのネルシャツのボタンに手をかけた。
長く軽やかな黒髪が鼻先で踊り、くすぐったさに身を捩りたいが、胃の腑ばかり捩れて、くしゃみひとつできないでいる。
いや、くすぐったいなどと言っている場合ではないのだ。頭ではそう分かっていても、もう一人の私は、止めることのできぬ期待に陶酔している。
何をどうされたかは、覚えていない。しかし、気づいてみると、硬直している私の体から、すべての衣服が脱がされていた。
香里が、仰向けになった私の体を覆い被すように抱きついてきた。
一瞬、冷やりとした感覚があった。が、すぐにそれは、温もりあるしっとりとしたものへと変わっていく。
ややざらついた、心地よいふたつの突起が、私の胸板を刺激する。下の方では、想像すらできなかった鞠に毛糸を絡み付けたような弾力ある感触が、全身に火をつけた。
私はこのまま死んでしまう。いや、殺されてしまうと知りつつ、なされるがままだ。むしろそれを望んでさえいるような自分を戒めつつ、一方では抑えようのない興奮と陶酔に、頭が混乱している。
人は、重大な危機に面した時、あるいは死に臨んだ時、時間がゆっくりと進むように感じると言われている。
その時の私がそうだった。覆い被さった香里が私の胸を離れ、中腰になる。わずか1、2秒のその時間が、ひどく長いものに感じられた。
やや乱れた髪の隙間から覗くことができた潤んだ瞳、丸みと硬さを増したふたつの蕾、くびれた腰と暗がりの中でそよぐ若草の繁み。
それらのものが、コマ送りされた映像となって、脳の中に刻みつけられていく。
香里は私の分身をとり、何かを確かめるかのように、おそるおそる腰を沈め、自らの中へ導いていった。
恥じらいと物理的な壁とが、しばしその行くてをはばんだ。
が、熱く粘りある液体が二人を助けた。ガクガクと階段の上で大根でも引きずるような感覚があり、私の分身は、熱い壁の中に潜りこんでいった。
「ハッ」と香里が息を呑むような短い叫びをあげた。香里の動きが止まり、ウーンといううなりに似た声が漏れる。熱い壁が、リンリンと音をたててでもいるかのように、規則的に収縮している。その小刻みな動きが、緩慢なものへと変わり始めた時、香里はゆっくりと腰を動かし始めた。
やがて、長い髪を振り乱しての激しい動きとなっていく。それにあわせるように、私の中のアドレナリンが、限界値を超えて、全身の毛細血管へと浸透していく。
息苦しさに耐えるような呼吸が続いた後、香里は獣のうなり声に似た、低く長い叫びをあげた。数回の不随意な腰の動きがあり、また、あのリンリンとした規則正しい圧迫が分身を刺激した。
それは、私の全身に散らばっていたアドレナリンの爆発を誘発したのだった。
陶酔の中で痙攣がはしり、宙を飛んでいる自分が見えた。
私は、すでに五十の声を聞いて久しい。海外生活が長かったから、相当遊んだ。
が、人生で、このような、全身が灰になるような、限りなく無に近づく陶酔を味わったことがない。
おそらく、これからもないだろう。
つづく