いつ寝てしまったのだろうか。耳の中を虫が這うような、得体の知れぬ不快感に目が覚めた。
キィー、キィーと、ガラスを引っ掻くような音がしている。
音の合間に、ボソボソとした話声が聞こえてきた。
「ばあちゃん、今度は考えてくんろ。兄ちゃんは、おらのごど助けてくれたんだど」
「うんにゃ、だめだ」
老婆が、即座に答えた。
「だども、兄ちゃんは・・・」
消え入りそうな少女の声。
「これは、ご先祖様からの掟じゃ。おめえのカカアは掟破りの罪人だがら、どごでくたばろうがかまねえ。だども、おめえには、おらが死んだあど、立派に四十二代目の鷺使の香里様を継いでもらわにゃなんねえ」
キィー、キィーと、またいやな音が鳴りだした。
「わがった、ばあちゃん。ほんじゃ、ひとつだげわがまま言っていいが・・・」
しばらくの間。
静寂が庵全体を覆い、その重みに、天井が圧し潰されそうになっている。
「兄ちゃんに、情けっていうのかけさせてもらっていいがい?」
不快な音が止まった。
「おめえは、まだ生娘だっぺ。なんで、そんなごど知ってんだ」
また、音のない時が過ぎる。
その重みに耐えかねた二人を助けるかのように、遠くでフクロウかミミズクの、ホーホーという声が静寂を破る。
いや、一層静けさを浮きだたせてしまっていたかも知れない。
「ちいせえ頃、おっかあが・・・・・・しし射ちと・・・・・・」
許しを請うような、かぼそい声で話す少女の言葉が終わらぬうちに、老婆が吐き捨てるように言った。
「あの恥知らずが・・・。勝手にしろ。いずれ種もらわにゃならんのだし」
老婆は、また、ツルハシのような形をした刃物を研ぎ始めた。
つづく