それはもう、30年程むかし。私が、大学生になったばかりのことだ。
テントをたたんでからマップを開き、今日の行程を確認した。
安達太良山から鉄山に登り、箕輪山を回って秋元湖へと下る。
明日は、中津川渓谷を登って、姥ヶ森、吾妻山へ抜ける予定だ。
少々ハードスケジュールかもしれないが、田舎育ちで、子どもの頃から野山を走りまわっていたから、足に不安はない。高校時代、南アルプスを縦走したことがあったが、美術クラブでひ弱であろう私の足の速さに、ワンゲル部が舌をまいたこともあった。
気がかりは、鮮やかな朝焼けだけであった。
「何とかもってくれよ」
私は、雲の湧きだした西の空に祈りながら、リュックのポンチョを確かめた。
鉄山で昼食をとり、箕輪山を下り始めたあたりから、いよいよ雲行きがあやしくなってきた。
山陰に入ったせいか、予想以上に雪が残っている。幸い、まだ雨は降ってこないものの、濃いガスが出てきた。
ある意味では、こちらの方が、雨よりもたちが悪い。方向感覚が無くなるだけでなく、現実感が薄れていくからだ。
ゴムでできた大地の上を歩いているような錯覚に陥り、ハッと我にかえる。
そんなことが、何度かくり返された。
と、その時だ。
キャー、というような声が聞こえた気がした。
それも、ごく近くで。
つづく