乳頭山の別名を持つ安達太良山(あだたらやま)が、朝日を浴びて黄金色に染まっていく。
さっきまでさえずりあっていた鳥たちは、里へでも降りて行ってしまったのだろうか。時折、鳴き慣れぬウグイスの声が、思い出したように聞こえてくるだけである。
フキが葉を広げ、裸のダケカンバは、黄緑の衣をまといはじめた。
奥州安達ヶ原にも、やっと本格的な春が訪れたのだった。
森の水を集め、チロチロと音をたててミズゴケの下をはう流れの所々に、モウセンゴケが赤い掌を広げている。
その香りに誘われてか、一匹のハエがしゃもじ形の、ぬめりある赤い掌の中にフラリ飛び込む。その全身を、ゆっくりと、しかし着実に、幾十もの粘りある手が覆っていく。
ところが、どういうわけだろうか。ハエは、羽をバタつかせることもなく、まるで酔ってでもいるかのように、時々身をくねらせているだけである。
幾日かたつと、ハエの体は無機物に分解、モウセンゴケの養分となり、残るのは、むなしく日の光をはじく羽ばかりである。
つづく