女は、かんじき(雪道を歩く時に履く、大きな草鞋のようなもの)を脱ぐ間も惜しむかのように、衣に付いた雪を払いもせずに、回廊に上がり、ドサドサと何かを蹴散らすかのような足取りで進み、奥の院の扉を開けた。
最仁は、護魔を焚き低い読経をあげている。
木魚の音が止んだ。
「ほう、参ったか。美しき迷える女性(にょしょう)どの」
最仁は、女に背を向けたまま言った。
「坊主。
なぜわらわとわかった」
都瑠香が声をはりあげ、
「そうか、わらわが来ることを待っていたのか。そうじゃろ。また、わらわの肌が見とうて、待っておったのじゃろ」
と、続けた。
「ほっ、ほっ、ほっ」
最仁が軽く笑う。
「何がおかしい、坊主」
「耳が遠くなり申しても、それだけ足音をたてられたなら、拙僧でもわかり申す。それに、かような音をたてて来るのは、他におるまいて」
「何をくどくど言っておるのじゃ。さあ、遠慮はいらぬぞ。はよ、わらわを見よ。近こう寄りゃれ」
女の声が、引き締まった空気を暖める。
が、最仁はまだ背を向けたままだ。
「無理をするでない。ほら、はよう~」
女の言葉の語尾が、甘く溶けていく。