不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その85

 本日は、使用許諾関係にあった当事者の紛争事例を見ていきます。

 本裁判例は、LEX/DB(文献番号27490817)より引用。形式的な修正追加あり(「」等で明示ない箇所もあります)。

 

  東京高判昭61・4・24〔永坂更科事件・控訴審〕判時 1208号115頁(東京地判昭59・5・30〔同・第一審〕判時 1120号123頁)

控訴人(原告)株式会社永坂更科布屋太兵衛(以下「控訴会社」)
被控訴人(被告)株式会社麻布永坂更科本店(以下「被控訴会社」)

 

■事案の概要等 

 本件は、昭和34年設立し35年に「合資会社麻布永坂更科総本店」(丙)を吸収合併した「株式会社永坂更科布屋太兵衛」(甲)が、「株式会社麻布永坂更科本店」(乙)に対し商標および商号の使用差止・登記抹消などを求めたのを棄却した事案です。

 

■当裁判所の判断

Ⅰ.控訴会社の本件商標権に基づく請求について
1.本件当事者間に争いのない事実等

「控訴会社は、旧商標法施行規則(大正10年農商務省令第36号)第15条の規定による商品類別第47類の「蕎麦」を指定商品とする…本件商標権の共有権者であること」(筆者注:本件商標権:登録第398654号「永坂更科(縦書き)」)、

「被控訴会社は、現在、そば等の麺類を製造、調理販売するそば屋を営業し、そのそば屋において、その店頭看板、のれん、包装袋、包装紙、マツチ、宣伝用チラシ、店員用制服、そばつゆとつくり及び領収書中に「麻布永坂更科本店」なる表示を使用していること」、

被控訴会社の右行為は、本件商標権の指定商品である「蕎麦」又はこれに類似する商品に関係するものであること」及び「「麻布永坂更科本店」の表示の主要部分である「永坂更科」が本件商標と同一である」。

 

2.裁判所は「控訴会社は、被控訴会社において、そば、うどん、そうめん、ひやむぎ、そばつゆ、うどんつゆ、そうめんつゆ及びひやむぎつゆの商品表示として、これらの容器に、「永坂更科」の標章を使用するおそれがある旨主張するが…これを認めるに足りる証拠がない」。「控訴会社の本訴請求中本件商標権に基づき控訴会社主張の商品について「永坂更科」なる標章の使用の差止めを求める請求は、理由がない」と判断しました。

 その理由等について、まず、被控訴会社の本件調停に基づく右表示の使用権の主張について以下のように判断しました。

 

2.被控訴会社の「麻布永坂更科本店」の表示の使用行為が控訴会社の本件商標権を侵害するか

 裁判所は以下のように認定し、判断しました。

(1)「訴外合資会社は、昭和24年10月19日設立…本件商標について商標登録出願をし、昭和26年5月17日、設定の登録を受けて、本件商標権の商標権者にな」り、「本件調停成立後の昭和35年7月25日、本件商標権を控訴会社及び小林勇に譲渡した」。(2)「原告である訴外合資会社と被告である馬場繁太郎相続人馬場クニ外一〇名との間の東京地方裁判所昭27(ワ)2154商標使用禁止並商標侵害による謝罪広告請求事件の附調停事件である同裁判所昭和32年(メ)11調停事件」で、「右の原、被告及び利害関係人として調停に加わつた被控訴会社間」に、「昭和32年11月15日、訴外合資会社は被控訴会社が「麻布永坂更科本店」なる表示を、商号及び商標として無償で使用することを認める旨の条項を含む本件調停が成立し」被控訴会社は本件商標権の商標権者であつた訴外合資会社との間において、「麻布永坂更科本店」なる表示を商号及び商標として無償で使用する権限を取得したっものであり」、「控訴会社は、昭和34年11月14日に設立され」、翌年「訴外合資会社を吸収合併して、訴外合資会社の権利義務一切を承継し」、「控訴会社が、現在、本件商標権の共有権者であ」って、「被控訴会社は、控訴会社に対し、本件調停に基づき、「麻布永坂更科本店」なる表示の商号及び商標としての使用権限を主張し得る」。

 

 ブログ筆者:

  訴外合資会社「永坂更科」の商標権取得⇒吸収合併(権利義務一切承継)⇒控訴会社

    ↓(無償使用許諾)

  被控訴会社「麻布永坂更科本店」

 

「控訴会社は、訴外合資会社が、後に設立された被控訴会社に対し、自己の商号と判然区別することのできない「麻布永坂更科本店」なる表示をその商号として使用することを認めることは、強行法規である商法第一九条の規定に違反」し、「本件調停の前記条項は無効である旨主張する」が、「仮に、被控訴会社商号が右規定に違反して登記されたもの」も、「被控訴会社商号の登記が当然に無効となるものではな」い。

「先登記商号権者である訴外合資会社は、後登記商号権者である被控訴会社を被告として、右規定に基づいて被控訴会社商号登記の抹消登記手続を訴求し、確定判決を得て右商号登記の抹消をするほかはない」。

被控訴会社商号の使用を認める本件調停の前記条項は、右の抹消登記手続請求権を行使しない旨約するにすぎない」と解され、「右規定に違反し無効であるとい」えず、「控訴会社の右主張は、採用」できない。

 

 「また、控訴会社は、本件調停時施行の旧商標法(大正10年法律第九九号をいう。以下同じ。)は、商標権者の第三者に対する登録商標の使用許諾を認めていなかつたから、本件調停による本件商標の使用許諾は無効である旨主張する」が、「本件調停条項において、訴外合資会社が被控訴会社に対し使用を許諾したのは、本件商標権についての使用の許諾(通常使用権の許諾)ではなく、「麻布永坂更科本店」なる表示についての使用許諾であ」り、「その趣旨が、被控訴会社の右表示の商標としての使用行為について、訴外合資会社において本件商標権に基づく右表示の使用の差止請求等の権利行使をしないことを約したものと解すべき」であることは、「右条項の文言自体及び成立に争いのない…(本件調停調書正本)中の他の条項に照らし、明らかであり、旧商標法のもとにおいてもこのような約定を妨げる根拠はないから、控訴会社の右主張は失当」である。

 

 そして、裁判所は、「控訴会社は、本件調停成立前後の事実経過によると、本件調停による使用許諾は、被控訴会社が東京都庁職員食堂等の三店舗において将来「麻布永坂更科本店」なる表示を商号及び商標として使用す」れば、「独立のそば屋としてではなく、職員食堂又は社員食堂の営業として使用する限度で右使用を許諾するとの趣旨で」、「被控訴会社は、肩書本店所在地においては「麻布永坂更科本店」なる表示の使用権を有するものではない旨主張する」が、以下の事実が認められるとしました。

 

(1)B場繁太郎は、昭和12年ころから、港区麻布の古河橋附近において、「新開亭」なる商号で仕出し屋を営んでいたが、戦前に被控訴会社肩書地に営業の本拠を移し、当時雅叙園に勤めていたH井松之助を雇用したうえ

昭和22年6月13日、同人と…同人が新開亭で営業に従事する間、B場繁太郎は「麻布永坂更科本店」なる商号を使用して麺類の調理販売をするH井松之助が独立して営業するに至つたときは、同人は「麻布永坂更科総本店」なる商号を用いるものとし、

B場繁太郎は「麻布永坂更科本店」なる商号のもとに右営業を継続」できる、という条項を含む公正証書を作成」しており、「「永坂更科製麺部新開亭」なる商号を用いて、麺類の調理販売業及び製麺業を営み、その後、東京都料理飲食組合の自粛休業の申合せもあつて、昭和23年ころまで営業を一時中止したが、昭和24年ころ、被控訴会社肩書地において営業を再開し、また、東京都庁職員食堂、東京駅職員食堂及び日本電気株式会社三田営業所内食堂等においても、麺類の調理販売を含む営業を始めた」こと

(2)「H井松之助は、昭和24年10月19日、本店を港区麻布宮下町五番地、目的を飲食店及び麺類の委託加工等とする訴外合資会社を設立し、無限責任社員に就任してその営業に当たることとし、B場繁太郎の許から独立し」たこと、

(3)「訴外合資会社は…昭和25年5月23日、本件商標の商標登録出願をしたこと、

(4)「B場繁太郎は、昭和25年ころ、被控訴会社肩書地の本店の旧建物に「永坂更科本店新開亭」と表示したのれんを出して営業をしていたが、昭和25年10月5日、本店を被控訴会社肩書地、目的を麺類外食券食堂及び和洋料理飲食店の経営等とする被控訴会社を設立し、代表取締役に就任し」たこと

(5)「被控訴会社は、B場繁太郎の従前の営業及び「麻布永坂更科本店」なる商号の使用を承継し」、本店で「遅くとも昭和26年10月9日に麻布保健所の営業許可を受けて以来、右商号を使用して右営業を続け」、その後「東京手形交換所の取引停止処分を受け、また、昭和36年9月20日に本店所在地での飲食業を休止」等経て、「昭和55年6月には被控訴会社本店の新店舗を竣工して本店での従前の飲食業を再開し、右東京都庁職員食堂等の営業所」で、「従前の営業を継続し、更に、遅くとも昭和32年10月ころからは慶応義塾大学内食堂においても同様の営業を始め、これら営業所においては、営業者を「株式会社麻布永坂更科本店」とする所轄保健所長の営業許可証を掲示して営業してきた」こと

(6)「B場繁太郎は、訴外合資会社の申請による昭和27年3月26日付仮処分決定を受けて、昭和29年5月、中央区日本橋室町2丁目の店舗の営業を廃止した」こと、

(7)「原告訴外合資会社、被告B場繁太郎相続人馬場クニ外一〇名及び利害関係人被控訴会社(当時の代表者はB場クニ)間において「昭和32年11月15日、本件調停が成立した」こと、

(8)「一方、K林勇及びH井松之助らは、本件調停成立後の昭和34年11月一14日、本店を港区麻布宮下町五番地、目的を飲食店の経営及び麺類の加工等として控訴会社を設立し、K林勇が代表取締役に就任した」こと、

(9)「控訴会社は、昭和35年11月25日、訴外合資会社を吸収合併した」こと、

 

 以上の「事実によると、B場繁太郎は、昭和22年から昭和23年ころにかけて営業を休止し、また、被控訴会社は、昭和36年9月20日以降本店での飲食業を休止したりしたが、本件調停成立当時、「麻布永坂更科本店」の商号を使用して本店所在地で営業をしていたものであり、更に、前記東京都庁職員食堂等においては、本件調停成立当時はもとより本店での飲食業を休止していた間も、右商号のもとに営業を継続し」、「本件調停の前記条項は、その文言自体及び右事実関係に徴すれば、その文言どおり何らの限定を加えることなく、訴外合資会社が、被控訴会社に対し、「麻布永坂更科本店」なる表示を商号及び商標として無償で使用」を認めたと解され、控訴会社の右主張は、採用することができないとしました。

3.控訴会社の被控訴会社の使用権消滅の各主張

 「控訴会社の右主張は、いずれも被控訴会社が昭和32年から昭和55年まで「麻布永坂更科本店」の表示を使用して営業をしていなかつたということを前提とする」が認められず、控訴会社の右主張は、その前提を欠きいずれも失当というべきである。


Ⅱ.控訴会社の商法第19条、第20条及び第21条の規定に基づく請求
 いずれの請求も理由がないと判断されました。(以下省略)


Ⅲ.控訴会社の不正競争防止法第一条第一項第一号及び第二号の規定に基づく請求
 裁判所は「被控訴会社が控訴会社主張の商品の容器に「永坂更科」たる標章を使用するおそれがあることを認めることができず、また、被控訴会社は、本件調停による使用許諾に基づき、「麻布永坂更科本店」なる表示を商号及び商標として使用する権限を取得し、控訴会社に対する関係においても、これを適法に主張し得るものであり、かつ、控訴会社主張の右使用権限の消滅についてはこれを認めることができない」。「控訴会社は、被控訴会社に対し、右各請求権を有しない」とし、旧不正競争防止法1条1項1号、2号に基づく請求も認めませんでした。

 

■結論
 裁判所は、以上により、控訴会社の本訴請求を棄却した原判決は正当であり、控訴会社の控訴は理由がないから、これを棄却するとしました。

 

■BLM感想等 

 本ブログで以前に取り上げたユーハイムコンフェクト事件では、訴訟上の和解がされており、本件は、「ユーハイム」と「ユーハイム・コンフェクト」の類似性が主な争点となり、後者の使用を許諾し、かつ、使用態様の取り決めを細かくしておかなかったため、多少「コンフェクト」部分を小さくしたり、「ユーハイム」と「コンフェクト」を上下段に分かれる表記にしても使用許諾の範囲と判断されました。本件は「控訴会社は、本件調停成立前後の事実経過によると、本件調停による使用許諾は、被控訴会社が東京都庁職員食堂等の三店舗において将来「麻布永坂更科本店」なる表示を商号及び商標として使用するのであれば、独立のそば屋としてではなく、職員食堂又は社員食堂の営業として使用する限度で右使用を許諾するとの趣旨であつて、被控訴会社は、肩書本店所在地においては「麻布永坂更科本店」なる表示の使用権を有するものではない旨主張する」のに対し、裁判所は「本件調停成立当時、「麻布永坂更科本店」の商号を使用して本店所在地で営業をし…更に、前記東京都庁職員食堂等においては、本件調停成立当時はもとより本店での飲食業を休止していた間も、右商号のもとに営業を継続し…本件調停の前記条項は、その文言自体及び右事実関係に徴すれば、その文言どおり何らの限定を加えることなく、訴外合資会社が、被控訴会社に対し、「麻布永坂更科本店」なる表示を商号及び商標として無償で使用することを認めた…と解すべきで…控訴会社の右主張は、採用することができない」としています。ユーハイムコンフェクト事件は商標・その他の表示の使用態様の問題でしたが、本件は使用対象たる商品・サービス又は営業について、どこまで認められるかという問題でした。

 いずれの場合も、使用許諾という関係が形成された以上、出所の混同(不正競争行為)がないよう、お互いに管理をしていく必要があるということだと思います。

 

By BLM

 

 

 

 

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