不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その73

 本日は、事業承継事例に係る紛争事例を見ていきます。

 本裁判例は、LEX/DB(文献番号25448483)より引用。形式的な修正追加あり(「」等で明示ない箇所もあります)。

  最三小判平成29・2・28〔エマックス事件・上告審〕平成27(受)1876
福岡高判平27・6・17〔エマックス事件・控訴審〕平26(ネ)791、 大分地判平成26・9・18〔エマックス事件〕平成24(ワ)881、平25(ワ)752
(差戻審判決:福岡高判H30・1・23(平29(ネ)237、489)

上告人・株式会社エマックス東京
被上告人・株式会社日本建装工業(旧商号有限会社日本建装工業)

 

■事案の概要等 

 本件は、A社(米国法人)との間で同社の製造する電気瞬間湯沸器につき日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し、「エマックス」、「EemaX」又は「Eemax」の文字を横書きして成る被上告人使用商標を使用して本件湯沸器を販売している被上告人が、上記湯沸器を独自に輸入して日本国内で販売している上告人に対し、被上告人使用商標と同一の商標を使用する上告人の行為が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当するなどと主張して、その商標の使用の差止め及び損害賠償等を求めた事案(本訴)です。

 本件の控訴審では、被控訴人(原審原告)が、控訴人(原審被告)による電子瞬間湯沸器の販売は、被控訴人の周知された商品等表示との混同を生じさせる不正競争であり、かつ、控訴人・被控訴人間の訴訟上の和解に違反するとして、控訴人に対し、不正競争防止法3条ないし同和解に基づき、表示の使用停止、同表示を付した電子瞬間湯沸器の譲渡等の禁止、各表示の抹消といった侵害の停止等を求め(本訴)、これに対し、控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人が販売する電子瞬間湯沸器に用いられている各標章が本件各商標権の侵害に当たるとして、商標法36条に基づき、同標章の付された電子瞬間湯沸器の販売等の禁止及び破棄を求め(反訴)ました。これに対し裁判所は、控訴を棄却し、これに対し控訴したのが本件です。

 なお、上告人が、被上告人に対し,各登録商標につき有する各商標権に基づき、上記各登録商標に類似する商標の使用の差止め等を求めた事案(反訴)の上告審において、商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後であっても、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として、自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することが許される」として「本件各登録商標につき同号該当性を認めた原審の判断には、法令の適用を誤った違法があるとの主張がなされました。

 

◆当事者

上告人・株式会社エマックス東京:商標権者⇒商標権に基づく使用の差止等
被上告人・株式会社日本建装工業(旧商号有限会社日本建装工業)

               :独占的な販売代理店契約⇒不競法2条1項1号等に基づき差止等

 

■当裁判所の判断

(下線・太字筆者)
◆理由

1.上告代理人…の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
「1.本件本訴は,米国法人であるA(以下「A社」という。)との間で同社の製造する電気瞬間湯沸器(以下「本件湯沸器」という。)につき日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し,「エマックス」,「EemaX」又は「Eemax」の文字を横書きして成る各商標(以下「被上告人使用商標」と総称する。)を使用して本件湯沸器を販売している被上告人が,本件湯沸器を独自に輸入して日本国内で販売している上告人に対し,被上告人使用商標と同一の商標を使用する上告人の行為が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当するなどと主張して,その商標の使用の差止め及び損害賠償等を求める事案である。
 本件反訴は,上告人が,被上告人に対し,後記2(3)の各登録商標につき有する各商標権に基づき,上記各登録商標に類似する商標の使用の差止め等を求める事案である。これに対し,被上告人は,上記各登録商標は商標法4条1項10号に定める商標登録を受けることができない商標に該当し,被上告人に対する上記各商標権の行使は許されないなどと主張して争っている。


2 原審の確定した事実関係等の概要
(1)「被上告人は,平成6年11月1日,A社との間で日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し,以後,被上告人使用商標を使用して本件湯沸器の販売を行っている」。
(2)ア)「上告人代表者は,上告人設立前の平成14年頃,知人を介して本件湯沸器の存在を知り,平成15年秋頃から被上告人との間で販売代理店契約の締結の交渉を開始した。そして,上告人設立後の同年12月20日,上告人と被上告人との間で販売代理店契約が締結された」。イ)「その後,上告人と被上告人との間に紛争が生じ,平成18年6月に提起された上告人の被上告人に対する損害賠償請求訴訟において,平成19年5月25日,上記アの販売代理店契約が同日現在において存在しないことの確認等を内容とする訴訟上の和解が成立した」
(3)ア)「上告人は,上記(2)イの訴訟提起に先立つ平茂17年1月25日、「エマックス」の文字を標準文字で横書きして成る商標につき…11類「家庭用電気瞬間湯沸器,その他の家庭用電熱用品類」とする商標登録出願をし,同出願につき,同年9月16日,商標権の設定登録がされた(登録第4895484号。以下,この商標を「平成17年登録商標」)。イ)「上告人は,平成22年3月23日,別紙記載の商標につき,指定商品を上記アと同じくする商標登録出願をし,同出願につき,同年11月5日,商標権の設定登録がされた(登録第5366316号。以下,この商標と平成17年登録商標を併せて「本件各登録商標」といい,本件各登録商標に係る各商標権を「本件各商標権」という。)」。 
(4)「平成21年7月,被上告人の上告人に対する不正競争防止法に基づく差止等請求訴訟が提起され」、その控訴審で「平成23年7月8日,上告人が「エマックス」という商品名を使用しないことを誓約することなどを内容とする訴訟上の和解が成立」。しかし「上告人は,その後も,被上告人使用商標と同一の商標を使用して本件湯沸器の販売を継続」。
(5)「被上告人は,平成24年12月,本件本訴を提起し,平成25年12月,上告人から本件反訴を提起され」「平成26年2月6日,本件訴訟の第1審第7回弁論準備手続期日において,本件各登録商標は被上告人使用商標との関係で商標法4条1項10号に定める商標登録を受けることができない商標に該当し,被上告人に対する本件各商標権の行使は許されない旨の反訴答弁書を陳述し」、「被上告人は,同年6月26日,特許庁に対し,本件各登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として,本件各登録商標に係る商標登録の無効審判を請求した」。
(6)「被上告人が被上告人使用商標を使用して行った本件湯沸器の広告宣伝及び販売等の状況は,次のとおりである。ア)平成6年10月6日の日刊建設産業新聞に,被上告人とA社との前記(1)の販売代理店契約の締結を紹介する記事が,本件湯沸器の写真と共に掲載された。また,同月20日の日本流通産業新聞,同月31日の日刊水産経済新聞にも,それぞれ同様の記事が掲載」。イ) 「平成7年7月28日の日刊工業新聞,平成11年3月26日の日経産業新聞に,被上告人を広告主とする本件湯沸器の広告が掲載」。ウ)「被上告人は、本件湯沸器の宣伝のため、平成8年4月及び平成10年2月、東京都内で開催された展示会に本件湯沸器を出展」。「被上告人は,平成7年9月に神戸市内で開催された展示会にも本件湯沸器を出展し,このことは,同月30日の日本工業技術新聞で報道」。エ)「被上告人が平成6年度から平成24年度までの各事業年度…に支出した広告宣伝費の合計は2674万円余,展示会費の合計は1551万円余であり,1年当たりの広告宣伝費は140万円余,展示会費は81万円余」。オ)「被上告人の日本国内における本件湯沸器の販売先は,平成12年7月の時点で,建設会社,食品メーカー,商社,ホテルなど157の企業等であり,その後も販売先の数は増加」。「ただし、これらの企業等に対する販売期間や販売台数は,不明」。「また、上記販売先の一つであるB社の購買本部が平成8年7月25日に発行した社内報において,本件湯沸器が優れた性能を有し,マンションや病院等で既に1000台以上採用されている旨の紹介記事が掲載」。
 

3 原審判断

 上記事実関係等の下において、①「被上告人使用商標は不正競争防止法2条1項1号にいう「他人の商品等表示(中略)として需要者の間に広く認識されているもの」に当たり,上告人が被上告人使用商標と同一の商標を使用する行為は同号所定の不正競争に該当するとして,本訴請求の一部を認容すべきものとし」、②「被上告人使用商標は商標法4条1項10号にいう「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」に当たり,被上告人使用商標と同一又は類似の商標である本件各登録商標のいずれについても,商標登録を受けることができない同号所定の商標に該当するから,同法39条において準用される特許法104条の3第1項に係る抗弁が認められ,被上告人に対する本件各商標権の行使は許されない」とし、「反訴請求を棄却すべきものとした」。

 「被上告人使用商標につき不正競争防止法2条1項1号及び商標法4条1項10号にいう「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとされた部分に関する原審の判断は,次のとおりである」。
 「…被上告人による本件湯沸器の販売に関する新聞報道,展示会への出展,広告宣伝費の支出及び販売実績等に加え,上告人代表者が,被上告人と人的,資本的なつながりを有していなかったにもかかわらず,本件湯沸器の存在を知り,被上告人との間で販売代理店契約の締結の交渉を開始したことなどに鑑みると,被上告人使用商標は,遅くとも,上記交渉が開始された平成15年秋頃までには,日本国内において,被上告人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されるに至ったものというべきである」。


4 原審の判断が是認できない理由
(1)不正競争防止法2条1項1号に関する部分について
 「前記事実関係等によれば,被上告人が被上告人使用商標を使用して販売している本件湯沸器は,商品の内容や取引の実情等に照らして,その販売地域が一定の地域に限定されるものとはいえず,日本国内の広範囲にわたるものであることがうかがわれる。そして,被上告人による本件湯沸器の広告宣伝等についてみると」、「被上告人とA社との販売代理店契約の締結に関する紹介記事が複数の業界紙に掲載されたり,本件湯沸器の宣伝のため展示会への出展がされるなどしたものの,被上告人を広告主とする新聞広告が掲載されたのは平成7年及び平成11年の2回にすぎず,被上告人が平成6年度から平成24年度までに支出した広告宣伝費及び展示会費の額も,本件湯沸器の販売地域が日本国内の広範囲にわたることに照らすと,多額であるとはいえない。また,被上告人による本件湯沸器の販売について…大手の建設会社を含む相当数の企業等に対する販売実績があり,販売台数も一定以上にのぼることがうかがわれるものの,具体的な販売台数などの販売状況の総体は明らかでない」

「そうすると…上告人代表者が知人を介して本件湯沸器の存在を知り被上告人との間で販売代理店契約の締結の交渉を開始したことを考慮したとしても,これらの事情から直ちに,被上告人使用商標が日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったとい」えない。「したがって,被上告人による本件湯沸器の具体的な販売状況等について十分に審理することなく,原審摘示の事情のみをもって直ちに,被上告人使用商標が不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとして,上告人が被上告人使用商標と同一の商標を使用する行為につき同号該当性を認めた原審の判断には,法令の適用を誤った違法がある」。


(2)商標法4条1項10号に関する部分について
 最高裁裁判所は、特許法104条の3第1項の規定により無効審判により無効にされる権利の行使を制限する規定について、商標権行使に適用する場合の除斥期間が経過したものに関する場合について以下のように判断基準を示しました。

 

ア(ア)「原審は本件各登録商標のいずれについても商標法4条1項10号該当性の判断をしているところ,平成17年登録商標については,商標権の設定登録の日から,被上告人が本件訴訟において同号該当性の主張をした前記2(5)の弁論準備手続期日までに,同号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま5年を経過している」。

 「商標法47条1項は,商標登録が同法4条1項10号の規定に違反してされたときは,不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除き,商標権の設定登録の日から5年の除斥期間を経過した後はその商標登録についての無効審判を請求することができない旨定めており,その趣旨は,同号の規定に違反する商標登録は無効とされるべきものであるが,商標登録の無効審判が請求されることなく除斥期間が経過したときは,商標登録がされたことにより生じた既存の継続的な状態を保護するために,商標登録の有効性を争い得ないものとしたことにあると解される(最高裁平成15年(行ヒ)第353号同17年7月11日第二小法廷判決・裁判集民事217号317頁参照)。そして,商標法39条において準用される特許法104条の3第1項の規定(以下「本件規定」という。)によれば,商標権侵害訴訟において,商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,商標権者は相手方に対しその権利を行使」できないとされているがl「商標権の設定登録の日から5年を経過した後は商標法47条1項の規定により同法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判を請求することができない」から,「この無効審判が請求されないまま上記の期間を経過した後に商標権侵害訴訟の相手方が商標登録の無効理由の存在を主張しても,同訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認める余地はない」

 「また,上記の期間経過後であっても商標権侵害訴訟において商標法4条1項10号該当を理由として本件規定に係る抗弁を主張し得ることとすると,商標権者は,商標権侵害訴訟を提起しても,相手方からそのような抗弁を主張されることによって自らの権利を行使することができなくなり,商標登録がされたことによる既存の継続的な状態を保護するものとした同法47条1項の上記趣旨が没却されることとなる」。
 「そうすると,商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては,当該商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き商標権侵害訴訟の相手方は,その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって,本件規定に係る抗弁を主張することが許されないと解するのが相当である」。


(イ)一方,商標法4条1項10号が,商標登録の出願時において他人の業務に係る商品又は役務(以下「商品等」という。)を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標につき商標登録を受けることができないものとしている(同条3項参照)のは,需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品等の出所の混同の防止を図るとともに,当該商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている者の利益と商標登録出願人の利益との調整を図るものであると解される。そうすると,登録商標が商標法4条1項10号に該当するものであるにもかかわらず同号の規定に違反して商標登録がされた場合に,当該登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている者に対してまでも,商標権者が当該登録商標に係る商標権の侵害を主張して商標の使用の差止め等を求めることは,特段の事情がない限り,商標法の法目的の一つである客観的に公正な競争秩序の維持を害するものとして,権利の濫用に当たり許されない…(最高裁昭和60年(オ)第1576号平茂2年7月20日第二小法廷判決・民集44巻5号876頁参照)」。そこで,商標権侵害訴訟の相手方は,自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている商標との関係で登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として,自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することができるものと解されるところ,かかる抗弁については,商標権の設定登録の日から5年を経過したために本件規定に係る抗弁を主張し得なくなった後においても主張することができるものとしても,同法47条1項の上記(ア)の趣旨を没却するものとはいえない
 したがって,商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後であっても,当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず商標権侵害訴訟の相手方は,その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として,自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することが許されると解するのが相当である。そして,本件における被上告人の主張は,本件各登録商標が被上告人の業務に係る商品を表示するものとして商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために商標法4条1項10号に該当することを理由として,被上告人に対する本件各商標権の行使が許されない旨をいうものであるから,上記のような権利濫用の抗弁の主張を含むものと解される。


(ウ)「以上によれば,平成17年登録商標について商標登録に係る不正競争の目的の有無を明らかにしないまま本件規定に係る抗弁を認めた原審の判断には誤りがあるものの,本件における被上告人の主張は上記(イ)のような権利濫用の抗弁の主張を含むものと解されるから,平成17年登録商標についても,商標登録に係る不正競争の目的の有無を問わず,商標法4条1項10号該当性に関する原審の判断の適否を検討すべきことになる。


イ)「そこで,本件各登録商標の商標法4条1項10号該当性についてみると,前記(1)のとおりの被上告人による本件湯沸器の広告宣伝や販売等の状況に照らし,被上告人使用商標が,本件各登録商標に係る商標登録の出願時までに,日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったとは直ちにいうことができない。したがって,被上告人による本件湯沸器の具体的な販売状況等について十分に審理することなく,原審摘示の事情のみをもって直ちに,被上告人使用商標が商標法4条1項10号にいう「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとして,本件各登録商標につき同号該当性を認めた原審の判断には,法令の適用を誤った違法がある」。


5 以上のとおり,原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,本訴請求のうち不正競争防止法に基づく請求に関する部分及び反訴請求に関する部分は破棄を免れない。そして,上記破棄部分については,被上告人による本件湯沸器の具体的な販売状況等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すべきである。


<裁判官山崎敏充の補足意見>
 「私は,法廷意見に賛同するものであるが,商標権の行使が権利の濫用に当たるか否かの判断方法等に関し,補足的に意見を述べておきたい。
 権利の濫用の有無は,当該事案に表れた諸般の事情を総合的に考慮して判断されるべきものであって,このことは,商標権の行使について権利の濫用の有無が争われる場合であっても異なるものではない。もっとも,商標権は,発明や著作などの創作行為がなくても取得できる権利であることなどから,その行使が権利の濫用に当たるとされた事例はこれまでに少なからずみられるところであり,こうした事例の中から,権利の濫用と判断される場合をある程度類型化して捉えることは可能であろう。法廷意見において,商標法4条1項10号に違反して商標登録がされた場合に,その登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとしての同号の周知性を有している者に対して商標権を行使することにつき,特段の事情がない限り権利の濫用に当たるとされているのも,権利の濫用と判断される場合の一つの類型化された事例を示すものとして位置付けることができよう」。
 ところで,原審の認定するところによると,被上告人は,本件湯沸器を製造する米国法人であるA社との間で日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し,被上告人使用商標を使用して本件湯沸器の販売を行っている者であり,上告人は,被上告人との間で本件湯沸器の販売代理店契約を締結したが,その後契約関係が解消され,独自に本件湯沸器を輸入して日本国内における販売をしている者であるところ,上告人による本件湯沸器の販売をめぐっては本件訴訟以前にも2度にわたり被上告人との間で訴訟が係属し,その2度目の訴訟では,上告人の商標使用行為が不正競争防止法2条1項1号に該当する旨の第1審判決を経て,控訴審において上告人が「エマックス」という商品名を使用しないことを誓約する旨の訴訟上の和解が成立しているこのような上告人と被上告人との関係や過去における訴訟の経緯等の事情は,上告人による商標権の行使が権利の濫用に当たるか否かを判断するについて有意の関連を有するものであり,被上告人は,本件において,上告人による商標権の行使が権利の濫用に当たるとして,これらの事情をそれを基礎付ける事情として主張しているものとみることができる
 原審は,被上告人が権利の濫用を基礎付ける事情として主張している諸般の事情のうち,登録商標の商標法4条1項10号該当性に関する事情に基づいて,本件各商標権の行使は許されないと判断し,法廷意見は,その判断を是認し得ないものとして,本件を原審に差し戻すこととしたものである。そうすると,差戻し後の審理において,仮に,本件各登録商標の商標法4条1項10号該当を理由とする権利の濫用が認められないこととなった場合には,原審において未だ判断がされていない上告人と被上告人との関係や過去における訴訟の経緯等の事情を含めた諸般の事情を考慮した上で,改めて上告人の本件各商標権の行使が権利の濫用に当たるか否かが審理判断されるべきことになる

 

■BLM感想等 

 本件は、有名な判例ですので、正確な評価は、学説に譲るとして、本ブログでは、まずは感想を述べると、裁判官山崎敏充の補足意見に救われる感じです。上記下線や太線は本ブログ筆者の独断で付けていますが、ピンク色文字はさらに強調したい部分です。補足意見の最後の部分について、筆者としては妥当な意見だと思います。

 これを踏まえ、本件を整理してみますと、被上告人・株式会社日本建装工業(旧商号有限会社日本建装工業)がまず、米国法人との間で同社の製造する電気瞬間湯沸器につき日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し、「エマックス」、「EemaX」又は「Eemax」の商標を使用して本件湯沸器を販売していたわけです。そして、上告人・株式会社エマックス東京が、販売代理店契約の締結の交渉を開始し、上告人設立後の同年12月20日,上告人と被上告人との間で販売代理店契約が締結されたわけです。そしてさらに、平成19年5月25日時点では、販売代理店契約同日現在において存在しないことの確認等を内容とする訴訟上の和解が成立しています。そうすると、上告人・株式会社エマックス東京は、原則として、米国本社から購入した商品を日本に輸入し販売することは可能です。この時点で、米国本社が、被上告人・株式会社日本建装工業(旧商号有限会社日本建装工業)に対し、独占的な販売代理店契約を終了している事情があるなら(「ないことはない」という事情かと思います)、被上告人が「エマックス」等の使用権限さえないということにもあります。しかし、被上告人と米国本社が従前とおりの契約関係にあるのであれば、出所が同一と解され、米国本社の周知性が認められるのであれば、日本で不正競争防止法2条1項1号に基づき被上告人は上告人に対し差止請求をなす地位はあると思います。但し、これは真正商品の並行輸入の問題にもなり、真正商品なら、差止請求は認めれない可能性もあります。

 次に、問題は、上告人・株式会社エマックス東京が商標権を取得している点ですが、その出願時に、米国本社や被上告人を出所として周知性を獲得していた場合、商標法4条1項10号に該当する(未登録周知商標の存在がある)場合(但し不正競争防止法上の「周知性」より認められるレベルは厳しい)、裁判所は、①「当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず」、②「商標権侵害訴訟の相手方は,その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として,自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することが許される」としています。留意したいのは、周知表示主に対しては、という点でしょう(第三者への商標権行使は原則OK)。

 さて、ブログ筆者としては、本件の事情のみであれば、上告人・株式会社エマックス東京が商標出願をしたとき、商標法も不正競争防止法2条1項1号上の周知性を認めることができないように思われれます。

 そこで、ここの段階で、上記補足意見で指摘された抗弁を検討する異議が出てくるわけです。すなわち「上告人による本件湯沸器の販売をめぐっては本件訴訟以前にも2度にわたり被上告人との間で訴訟が係属し,その2度目の訴訟では,上告人の商標使用行為が不正競争防止法2条1項1号に該当する旨の第1審判決を経て,控訴審において,上告人が「エマックス」という商品名を使用しないことを誓約する旨の訴訟上の和解が成立している」という事実を認定し、「このような上告人と被上告人との関係や過去における訴訟の経緯等の事情は,上告人による商標権の行使が権利の濫用に当たるか否かを判断するについて有意の関連を有する」と補足意見で指摘されており、加えて「被上告人は,本件において,上告人による商標権の行使が権利の濫用に当たるとして,これらの事情をそれを基礎付ける事情として主張しているものとみることができる」と意見が述べられています。したがって、「‥(省略)‥差戻し後の審理において,仮に,本件各登録商標の商標法4条1項10号該当を理由とする権利の濫用が認められないこととなった場合には,原審において未だ判断がされていない上告人と被上告人との関係や過去における訴訟の経緯等の事情を含めた諸般の事情を考慮した上で,改めて上告人の本件各商標権の行使が権利の濫用に当たるか否かが審理判断されるべきことになる」との補足意見がされています。

 本件は、本ブログ筆者としては、以上のように訴訟上の和解が成立しており、かかる関係も、関係と捉え、関係解消事例と捉えました。そもそも和解が成立しているのだから、その関係を信じて除斥期間を経過したというのでは、和解の意味がなくなるとも考えます。訴訟上の和解が形骸化されると考えます。

 さて、差戻審ではどのように判断されたのかは別途見る必要があります。

 

お詫び:本ブログは、理解するために書いている自分用のブログといったところもあるので、「解りづらい!」とのご意見もあると思います。本件「こちら」の愛知先生の解説が大変解りやすいです。ご参考にしてください。

 

 

By BLM

 

 

 

 

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