不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その34

 本日も、元従業員と会社との間で紛争となった事例を見ていきます。

 

  東京地判昭48・4・23〔塩瀬事件〕昭46(ワ)7647

原告・合資会社塩瀬総本家、W.Y.
被告・渡辺治彦

 

■事案の概要等  

 原告らは、被告に対し、旧不正競争防止法1条1項2号(現行法2条1項1号に該当)及び商標法上に基づき、被告の「塩瀬」を要部とする商標・その他の表示の使用行為の差止等求めた事案です。

 

◆経緯(原告の請求原因のうち、争いのない事項)

(1)原告会社:昭和36年6月27日、現商号(合資会社塩瀬総本家)をもって設立。和菓子の製造、販売を業とする。

 原告会社の商号の要部「塩瀬」は、始祖が三河国塩瀬村に住みつき称して以来、600年前に遡る。天正のころ、塩瀬氏は京都烏丸三条に移り住み饅頭所を開設。その商品を塩瀬饅頭と称し、その後代々家業を伝承、「塩瀬」を家号・商標として使用。

(2)明治初頭、東京遷都の折東京に移り、以来東京の著名の菓子舗となる。明治時代の塩瀬は、有楽町にあり、N氏が経営。原告W.Y.の亡夫W.K.は、N.J.の代に、同店に勤務しその人柄と能力を認められ、同家の親戚W.T.(昭和8年2月5日死亡)と婚姻。

(3)N氏の塩瀬の没落後、W.K.は、みずから「塩瀬」の名称で菓子舗を営み、N氏経営の時代と同様、宮内省御用達を命ぜられたほか、多くの有名会社、商店、名家を顧客に持ち繁昌、昭和の年代にいたった。
(4)原告W.Y.は、W.T.の死亡後、昭和11年11月27日W.K.と婚姻したが、その後、営業は思わしくなくなり、有楽町の「塩瀬」の店はつぶれた。
(5)W.K.:昭和15年10月9日、現在の原告塩瀬の本店所在地に合資会社京橋塩瀬を設立。さきの塩瀬の営業を承継し店を再興。その後、同社は、昭和25年12月15日その商号を「合資会社塩瀬総本家」と変更し、同月25日登記経た(以下「旧会社」)。

(6)昭和28年4月30日W.K.死亡、原告W.Y.が旧会社の無限責任社員へ。旧会社は、昭和34年8月31日解散、原告W.Y.に従来の営業と「塩瀬総本家」の商号を譲渡、同原告は同所で「塩瀬総本家」の商号を使用し従前同様に営業。原告W.Y.は、昭和25年11月30日、「塩瀬総本家」の商号につき、営業の種類を和洋菓子の製造販売と指定し、商号登記を経た。
(7)原告W.Y.は、昭和36年6月27日自ら無限責任社員となり、和菓子の製造販売を業とする原告会社設立、前記個人経営の「塩瀬総本家」の営業および商号をこれに譲渡。

(8)原告W.Y.は、夫W.K.が有していた次の商標権を、昭和28年4月30日、W.K.の死亡により相続しその旨の登録経た。

(9)被告は、原告会社代表者兼原告W.Y.の亡夫W.K.とその先妻W.T.との間の二男の長男で、昭和45年12月まで約4年半の間、原告会社に勤務し、昭和43年8月1日から昭和46年4月3日まで原告会社の有限責任社員であった。

(10)被告:昭和46年3月ころから、肩書住所地で店舗を構えて「塩瀬」と称して和菓子の製造、販売をはじめ、その包装紙および和菓子の容器類に用いるのし紙に「宗家塩瀬」の表示を用い、同年9月ころからは「銀座塩瀬」「銀座塩瀬大塚営業所」の各営業表示をあわせ使用」。「被告の営業は、原告の営業同様、注文による引物用和菓子の販売のほか小売店に対」し販売。

 

■当裁判所の判断
Ⅰ.旧不正競争防止法1条1項1号の主張について

1.当事者及び原告の周知性等

 裁判所は、上記「経緯」及び以下の事実については争いがないことを確認しました。

「旧会社、原告渡辺W.Y.および原告会社は、同一場所」で、「同じ「塩瀬総本家」の商号のもとに、和菓子の製造販売を行って来た」、「その間に営業および商号の譲渡が行われた」。「原告会社は…結婚披露宴の引物用和菓子の製造元としてその商号をもってさらに著名となり、都内においても「栄太郎」と並んで、その他の同業者を圧する販売規模の店舗となっている。その納品先は、結婚式場を営なむ明治記念館、精養軒、西武百貨店、白雲閣、日本閣、八芳園、神田精養軒、椿山荘のほか宮内庁、大林組、戸田建設および鹿島建設等」がある。「その販売地域は、都内一円はもとより、大宮、千葉、川崎および横浜等東京都周辺一帯にまで及び、その商号は、同業者間のみならず、一般顧客の間にも原告会社設立当初から広く認識されており、その売上の年間総額は、二億三千万円に達している」。

2.類似性、出所の混同及び営業上の利益の侵害のおそれ
(1)類似性

 「原告会社の商号中「合資会社」の部分は、会社の種類を表示」し、「原告会社の商号の要部は、「塩瀬総本家」の部分にある」。「被告の営業表示中「塩瀬」は、原告会社の商号の要部「塩瀬総本家」と、前認定のとおりの沿革にかかる営業主体の固有名称「塩瀬」の部分を共通にするから、両者は、全体として類似する」。

 「「宗家塩瀬」の表示中「宗家」が原告会社の商号中の「総本家」と同義と解され」、「右「塩瀬」を共通にし、その上部に同義の「宗家」を冠するか、下部に「総本家」を付加するかの差異にすぎないから、全体として、両者は類似する」。

 「次に、「銀座塩瀬」「銀座塩瀬大塚営業所」の表示中「銀座」の部分および「大塚営業所」の部分は、いずれも東京都内の、「銀座」なる地名、「大塚」なる場所にある営業所を指示するものにすぎ」ず、「要部は、「塩瀬」の部分にあ」り、「これらを原告会社の商号の要部「塩瀬総本家」と対比すれば、本件の場合、いずれも類似する」。
 

(2)出所の混同及び営業上の利益の侵害のおそれ

 裁判所は、上記経緯、上記1.及び2(1)の認定に基づき、「昭和36年6月ころから同業者や顧客の間に広く認識されていることについて当事者間に争いのない原告会社の商号に類似する被告の前記各営業表示を和菓子の販売に際して使用する被告の行為は、あたかも原告会社の営業活動であるかのように取引者および需要者に対し誤認、混同させるおそれがきわめて強」く、「原告会社は営業上の利益を害されるおそれがある」と判断しました。

 

3.その他

 裁判所は、被告の原告会社代表者から、営業につき「塩瀬」の表示を使用許諾を得たとの主張に対し肯認し得る証拠はないと判断しました。


4.結論

 裁判所は、「原告会社の不正競争防止法第1条第1項第2号に基づく、前記各被告の営業表示の使用差止を求める請求は理由がある」と判断しました。
 

Ⅰ.商標法上の主張について

1 本件登録商標(1)と被告の各標章

 裁判所は、「本件登録商標(1)は、毛筆書き楷書体の漢字「塩瀬」からなるのに対し、被告の標章(1)は、特殊の模様地の中央空所に毛筆書きの変体仮名文字「志ほ★」を表わしてなる点で外観を異にするが、前者は「しおせ」の称呼を生じるのに対し、後者は、「しおせ」または「しほせ」の称呼を生じるから、「しおせ」と称呼を共通にするかまたは称呼が類似する」。両者は、全体として類似すると判断しました。また、被告の標章(2)は、特殊の模様地の中央空所に毛筆書きの草書体の漢字「塩瀬」を表わし、本件登録商標(1)とは少なくとも「しおせ」の称呼を共通にするから、両者は全体として類似すると判断しました。さらに、本件登録商標(2)と被告の標章(1)、(2)について、「本件登録商標(2)は、毛筆で縦書きした「志ほせ」の文字から成」り、「被告の標章(1)は、同様に毛筆で縦書きした「志ほ★」の文字から成る」ため、「被告の標章(1)の模様地の点を考慮しても、外観、称呼ともに一見して明らかに類似する」と判断しました。次に、被告の標章(2)は「毛筆草書体の「塩瀬」の漢字から成」り、「本件登録商標(2)とは外観を異にする」が、「称呼「しほせ」または「しおせ」とその称呼を共通または類似にするから、本件登録商標(2)と全体として類似する」と判断しました。
 

2.結論
 裁判所は、本件登録商標(1)(2)に類似する被告の標章(1)(2)を本件各登録商標の指定商品にあたることの明らかな和菓子について使用する被告の行為は、商標法第37条第1号によって、原告の本件商標権を侵害する」と判断しました。よって、原告W.Y.の被告に対する前記被告の各標章の使用差止と被告の肩書地にある前記(1)(2)の標章を付した和菓子の容器たる紙箱と包装紙の廃棄を求める請求を認めました。


■BLM感想等

 元従業員が、独立し、独立前に所属していた会社の事業と同種の事業を行うことで紛争が生じる場合があります。特に、元従業員が従前の会社の商品と同種の商品を製造・販売等する場合、元従業員に対し不正競争防止法2条1項1号に基づき差止請求を行うケースが散見されます。本件では、被告は、原告会社代表者兼原告W.Y.の亡夫W.K.とその先妻W.T.との間の二男の長男で、昭和45年12月まで約4年半の間、原告会社に勤務し、昭和43年8月1日から昭和46年4月3日まで原告会社の有限責任社員であった者です。被告が、自身も「塩瀬」ブランドを引き継ぐ正当な立場にある旨の主張は裁判例を読む限り確認できませんが、自ずから選択した店名が「塩瀬」の表示、又は、これに多少他の文字等加えた表示を使用したい気持ちはわからないでもないです。

 しかし、先代の血が繋がっているという事実のみでは、表示の使用を引き継ぐものとしての根拠にはなりません。塩瀬の創業家ではないにしても、その名前(ブランド)を長年守り、承継してきた者(本件では、当初はW.K.で、その後は妻である原告)に周知表示の主体として、差止請求を認めました。

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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