不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その26

 本日も、元従業員と、その所属先であった会社との間で紛争となった事例を見ていきます。

  横浜地判昭63・6・17〔楽陽軒事件〕昭58(ワ)1294

原告 楽陽食品株式会社(代表者I)、株式会社楽陽軒(代表者I)
被告 楽食商事株式会社(代表者H)、有限会社楽陽軒(代表者H)

 

■事案の概要等 

 本件は、原告楽陽食品が、被告楽食商事及び楽陽軒に対し、不正競争防止法に基づき、商号、商品表示、営業表示の各使用差止請求、商号抹消、損害賠償を請求した事案です。

 

■当裁判所の判断

Ⅰ.不正競争防止法に基づく請求について

1.原告楽陽食品の商号、商品表示、営業表示について

 原告は「原告楽陽食品株式会社は、昭和38年10月3日設立され、畜産物、水産物、農産物の加工及びこれらを原料とする食料品の製造並びに販売等を業とし、原告株式会社楽陽軒は、昭和43年4月23日設立され、惣菜の製造及び販売等を業とする会社です。原告楽陽軒は、同楽陽食品と一体となつてその営業活動を行い、主としてその製造部門の一部をなし、原告らは、中華惣菜の中でもチルドタイプのシウマイを主として製造、販売してい」る(当事者に争いがない)。

 また「原告がその商品に「楽陽軒」、「元祖楽陽軒」の表示を使用していることについては当事者間に争いがなく」、「同原告は、そのシウマイの包装箱、シール等に、販売元ないし営業を示す表示として「楽陽食品株式会社」を、商品名を示す表示として「株式会社楽陽軒」、「楽陽食品」、「楽陽軒」及び「元祖楽陽軒」をそれぞれ使用していることが認められる」。しかし、同原告が、その商品ないし営業を示すものとして「楽食」を使用していることは認められませんでした。


2.原告楽陽食品の表示の周知性について
(1)裁判所は、「原告楽陽食品は、昭和44年ころから、中華惣菜、特にチルドタイプのシウマイを主として製造販売してきた。その当時は、横浜市戸塚区原宿町に本社兼工場を有し、製品の販売先は関東、中京、関西に及び、同51年ころにはシウマイの売上が年商12億円にのぼつていた。その後、…全国に営業所及び工場を開設し、現在、年商は八〇億円に及んでいる」との事実に関する主張(但し、現在の原告楽陽食品の年商を認めるに足る証拠はなく、ただ昭和五七年度の年商が五九億円であることが認められる。)のほか、チルドタイプのシウマイについては、昭和58年当時全国での市場規模は約240億円であり、このうち原告楽陽食品のシエアは30.4パーセントであることが認められる」としました。

 さらに「原告らは、設立直後から新聞等において、また、昭和五五年ころからテレビ、ラジオ等において、その製品の広告、宣伝を行」い、広告費の金額などの事実も認めました。

 原告楽陽食品は「楽陽食品株式会社」なる商標登録(登録番号1222741号)を有する旨も認定されました。
 裁判所は「以上によれば、原告楽陽食品の前記各表示が、同原告の商品ないし営業を示すものとして、昭和45年ころには関東、中京、関西において、同五〇年ころには全国的に周知となつた」と認めました。

 

3.被告らの商品表示、営業表示について

(1)被告楽食商事の商品表示、営業表示について、裁判所は、「被告楽食商事は、その製造にかかるシウマイの容器包装等に、発売元ないし営業を示す表示として「楽食商事株式会社」を、商品名を示す表示として「楽食」をそれぞれ使用していることが認められる」が、被告が「「楽陽軒」、「元祖楽陽軒」の各表示をその商品ないし営業を示すものとして使用していること」は認められないとしました。

(2)被告楽陽軒の商品表示、営業表示について、裁判所は「被告楽陽軒がその製造にかかるシウマイの容器包装等に、商品を示す表示として「楽陽軒」、「元祖楽陽軒」を使用し」、「同被告が販売元ないし営業を示す表示として「有限会社楽陽軒」を使用していることが認められる」としました。


4.被告らの商号、商品表示、営業表示の類似性について
(1)裁判所は、「原告楽陽食品の商号の要部は「楽陽」であり、他方、被告楽食商事のそれは「楽食」である」と判断したうえ、「両者とも第二字との結合からなる一つの単語としてそれぞれを比較するのが相当」とし、称呼、外観の点で両者が異なることは明らかであり、また、観念の点においても、いずれも別個の創造語であつて特定の同一の意味を想定させるものではないから、類似ということはできない」と判断しました。

 なお、原告らは、「楽食」が「楽陽食品」の略称であるから類似である旨主張に対して、裁判所は、「一般的に、ある表示が他の表示の略称とみられ、その略称によつて省略前の他の表示を想起する場合とは、その略称自体が略称ないし省略の仕方として周知である場合或いは省略前の他の表示が極めて周知な場合であると解されるところ、」、「現在、シウマイのシエアでは原告楽陽食品と被告楽食商事とは相拮抗し、若しくは被告楽食商事の方がやや上回つており、いずれがより周知であるとはいえ」ず、「少なくとも「楽食」から「楽陽食品」を連想するほど「楽陽食品」の名が「楽食商事」の名に比べて著名、周知であるとみることはできず、また、「楽陽食品」を省略する場合には「楽食」とすることの外に、「食品」の表示が一般名詞であることから「楽陽」とすることも十分考えられるので、「楽食」が「楽陽食品」の略称ないし省略の仕方として一般的なものともみられない」とし、「「楽食」が「楽陽食品」の略称であつて原告楽陽食品の商号と類似」しないと判断しました。

(下線筆者)


(2)原告楽陽食品の商号と被告楽陽軒の商号との類似性について、「原告楽陽食品の商号の要部は「楽陽」であり、被告楽陽軒の商号の要部は「楽陽軒」である」としたうえ、「「軒」の文字、発音の有無によつて異なるのみであるが、右「軒」は食品とりわけ中華食品関係の業種を示す一般的な表示であり、商号を識別する機能を有」せず、「被告楽陽軒の商号は同原告のそれに類似する」と判断しました。

 

 以上を要するに「被告楽食商事の商号、商品表示、営業表示は原告楽陽食品のそれと類似せず、被告楽陽軒の商号、商品表示、営業表示は同原告のそれと類似する」と判断しました。したがつて「原告楽陽食品の被告楽食商事に対する不正競争防止法に基づく請求の趣旨1ないし3項の各請求(商号、商品表示、営業表示の各使用差止、商号抹消、損害賠償)は、その余の点を検討するまでもなくいずれも理由がない」とし、「そこで、進んで、被告楽陽軒主張の商標権行使の抗弁につき」以下判断しました。


商標権行使の抗弁について
 裁判所は、下記の事実に基づき、裁判所は「被告楽陽軒による「楽陽軒」、「元祖楽陽軒」の表示の使用は商標権に基づくものであり…正当な権利の行使ということができ」、被告楽陽軒の抗弁は理由があるから、原告楽陽食品の同被告に対する不正競争防止法に基づく請求は理由がないとしました。

 (1)訴外KMは、横浜市戸塚区今井町で有限会社楽陽軒(被告楽陽軒とは別個の会社である。)を経営、昭和43年倒産し、原告代表者Iが、原告楽陽軒を設立して右会社のシウマイの製造販売を引継いだが、直後訴外P1からクレームがあり、代表者Iは横浜市戸塚区原宿町に工場を移転しシウマイの製造販売継続。代表者Iは、当初商品表示には「楽陽食品」を使用していたが、昭和45年頃から「楽陽軒」の表示を使用し始めたところ、昭和47年に前記KMの弟KKから右表示の使用の中止を求められた。

 (2)今井町で、株式会社横浜楽陽軒がシウマイの製造販売を行つている。前記KKは、昭和45年11月25日「楽陽軒」の商標登録を得て有限会社埼玉楽陽軒を経営し、横浜楽陽軒に昭和47年右商標権の通常使用権の許諾を与え、後に商標権は昭和54年3月19日KUに譲渡されたが、同人は資金繰りに困つて、被告代表者Hに、昭和55年商標権を譲渡し、同Hは、その後しばらくして東北地方に限つて右商標を使用することとし、更に「楽陽軒」の表示を商号に用いて被告楽陽軒を設立し、昭和58年12月10日被告楽陽軒に商標権譲渡した。被告楽陽軒は、昭和62年7月23日「元祖楽陽軒」の商標登録を得た。
 (3)以上について、被告代表者Hが訴外KUから「楽陽軒」の商標権を譲受け」たことは当事者間に争いがない。
 

6.その他

 原告楽陽軒の主張についてはいずれも認めませんでした。

 

Ⅱ.商法に基づく請求について
 裁判所は、「原告楽陽食品の被告楽食商事に対する商法に基づく請求(商号登記の抹消、損害賠償)について、同原告の商号が同被告の商号と類似するものとはいえない」ため、理由がないと、また、原告楽陽軒の主張も、いずれも理由がないとしました。
 原告らの被告楽陽軒に対する商法に基づく請求(商号登記の抹消)については、不正競争目的について判断すると、被告代表者Hが原告楽陽食品に在職中に被告楽食商事を設立してシウマイの製造販売を開始したこと、同人が「楽陽軒」の商標権を譲受けたことについては当事者間に争いがなく、被告代表者Hは、原告楽陽食品の営業部長として同原告の営業の中心的存在として営業活動を行つてきたが、昭和51年ころ独立を決意して被告楽食商事を設立したこと、右小林もそれに伴い同原告とのシウマイの業務提携契約を解消して同被告にシウマイを納入し始めたこと、Hはそのシウマイの容器に自己が原告楽陽食品に在職中に考案した赤箱を使用したところ、同原告からクレームがあつたので直ちに使用を中止したこと、この外に被告楽食商事が原告楽陽食品の商品を模倣したことはないこと、むしろ、同原告の側で、同被告の商品を模倣してきており、同被告の側からしばしばクレームをつけていること、Hは、被告楽食商事に関しては「楽陽食品」ないし「楽陽軒」とは類似しない商号、商標を、いずれも商標登録を得たうえで使用してることが認められ、また、Hは被告楽陽軒の商標を、正当な商標権に基づいて使用し、その便宜のために同一名の商号の被告楽陽軒を設立したのであるから、不正競争の目的があつたものと認められないと判断しました。


Ⅲ.結論
 以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却する。


■BLM感想等 本件は、代表者をIとする原告の楽陽食品株式会社と株式会社楽陽軒について、周知性を認めた上で、代表者をHとする被告の楽食商事株式会社と有限会社楽陽軒の表示について、原告の表示との類似性については、被告の「楽食」を要部とする表示を原告表示と非類似と判断し、被告の「楽陽」を要部とする表示を原告表示と類似すると判断しました。その上で、「被告楽陽軒による「楽陽軒」、「元祖楽陽軒」の表示の使用は商標権に基づくものであり…正当な権利の行使」とし、被告楽陽軒の抗弁は理由があるから、原告楽陽食品の同被告に対する不正競争防止法に基づく請求は理由がないとしています。しかも本件は、商標権の入手の過程が解りづらいのですが、BLMの理解ですと、二つの正当な流れがあるかと思います。一つ目について、原告代表者Iは、訴外KMから、有限会社楽陽軒(被告楽陽軒とは別個の会社である。)に係るシウマイの製造販売を引継ぎ、原告楽陽軒を設立したが、直後訴外P1からクレームがあり、代表者Iは横浜市戸塚区原宿町に工場を移転しシウマイの製造販売継続し、代表者Iは、当初商品表示には「楽陽食品」を使用していたが、昭和45年頃から「楽陽軒」の表示を使用し始めたところ、昭和47年に前記KMの弟KKから右表示の使用の中止を求められたとあります。二つ目は、KKは、昭和45年11月25日「楽陽軒」の商標登録を得て有限会社埼玉楽陽軒を経営し、後に商標権は昭和54年3月19日KUに譲渡されたが、資金繰りに困つて、被告代表者Hに商標権を譲渡され、被告楽陽軒を設立しており、こちらも正当な流れと評価されたようです。

 なお、本件では、被告代表者Hは、原告楽陽食品に在職中に被告楽食商事を設立してシウマイの製造販売を開始しており、被告代表者Hは、原告楽陽食品の営業部長として同原告の営業の中心的存在として営業活動を行い、昭和51年ころ独立を決意して被告楽食商事を設立したとされていますが、会社法の不正競争の目的に該当しないとされています。本ブログでこれまで何件か、在職中に別に会社を設立するという事例がありましたが、基本的には問題がないようです。また、被告代表者Hが原告楽陽食品に在職中に考案した赤箱を使用したと認定されており、これを被告会社で実現しようとしたが、原告からクレームがあつたので直ちに使用を中止し他に商品を模倣していないと認定されており、むしろ、同原告の側で、同被告の商品を模倣してきており、同被告の側からしばしばクレームをつけている点も認定されています。裁判所の心証は被告有利に働いたということでしょうか。

 結局、不正競争防止法2条1項1号の不正競争となる判断では、被告となる者に、不正の目的がない場合は、原告の請求をなるべく認めないよう、種々理由を引っ張って判断が下されるような気がします。

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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