不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ
個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その22
本日も、元従業員と、その所属先であった会社との間で紛争となった事例を見ていきます。
大阪地判平25・6・20〔ベルグ事件〕平23(ワ)15297
原告・日本テクノサービス株式会社
被告・株式会社ティー・エー・ティー 株式会社ワイエムティー 外2名
■事案の概要
本件は、後述のベルグ社及びシュミット社の製品を輸入販売していた原告が、原告を退社した被告らがそれぞれ設立した被告会社がベルグ社及びシュミット社の製品を輸入販売するなどの行為が、不正競争防止法2条1項1号の不正競争に当たるとして、侵害行為の差止め及び損害賠償を求めた事案です。
◆当事者と当事者間の関係形成、解消等の経緯
原告は、機械及び電気関係の技術コンサルタント・調査並びにサービス業…等を目的とし、被告株式会社ティー・エー・ティー(被告P1は代表取締役)は、金属加工機械,工作機械,分析機器,測定機器,機械工具の輸出入,売買…等業務を目的とし、被告株式会社ワイエムティー(被告P2は代表取締役)は、工具、工作機械…等の製造・販売等を目的とした会社です。
(1)原告とベルグ社及びシュミット社との取引
ア)ベルグ社との取引
ベルグ社(本店ドイツ)は「BERG」の商標、「BERG」と他の文字と図形からなる本件標章1を用いて機械,器具及び電気機器等を製造・販売し、原告は昭和48年から同社製品を同社から日本国内に輸入・販売する取引開始。
イ)シュミット社との取引
シュミット社(本店アメリカ)は、「SBS」の商標、「SBS」と他の文字と図形からなる本件標章2を用いて工作機械,測定機器…等を製造・販売し、原告は,平成9年頃から同社製品を同社から日本国内に輸入・販売する取引を開始。
(2)被告P1
平成18年原告入社、平成20年11月19日原告代表取締役に就任。その後、被告P1が被告ワイエムティーを原告の中部地区代理店とした。被告P1は、P3(原告の現在の代表者)に、平成22年1月6日、原告代表取締役を同年2月5日辞任により退任。
(3)原告とシュミット社及びベルグ社との取引関係の終了
シュミット社は平成22年1月26日付けで,ベルグ社は同月29日付けで、いずれも、原告に対し,同年2月末日をもって原告との取引関係を終了させる旨通知。
(4)被告らの行為
ア)被告P1及び被告ティー・エー・ティー
被告P1は、平成22年2月10日、被告ティー・エー・ティーを設立し、同社は、ベルグ社及びシュミット社と日本国内における代理店契約を締結し、両社製品を輸入販売。また、ウェブサイトで上記本件標章1及び標章2を使用。
イ)被告P2及び被告ワイエムティー
被告ワイエムティーは,ベルグ社の許諾を得て,日本国内に輸入された同社の製品を販売しておりウェブサイトにおいて本件標章1を使用。
(5)原告の請求
以上の経緯により、原告は、被告ティー・エー・ティーに対し同法2条1項1号及び同法3条に基づき,本件各標章,その他のベルグ社及びシュミット社の代理店である旨の表示(以下、本件標章1とベルグ社の代理店である旨の表示を併せたものを「本件表示1」、本件標章2とシュミット社の代理店である旨の表示を併せたものを「本件表示2」,これらを併せて「本件各表示」という。)の使用差止め並びに本件各標章のウェブサイトからの削除を求め、また、被告ワイエムティーに対し同法2条1項1号及び同法3条に基づき,本件表示1の使用差止め及び本件標章1のウェブサイトからの削除を求める等しました。
■当裁判所の判断
1.原告と被告の関係解消の経緯
裁判所は、本件の経緯について、以下の事実を認定しました。
(1)被告P1が,原告に入社した後,原告の代表取締役に就任する前の状況
ア 被告P1の入社した当時の状況
被告P1は、平成18年、原告に入社。入社当初は、営業を主に担当し、平成19年から製品の入荷,出荷準備も行う。
当時の原告の従業員等:代表取締役P5、取締役P4(P5の妻)、P6、監査役P3(P5の子)、その他の従業員:P7、P8、P9(P3の妹)がいた。P5は1週間の内2~4日間(1日あたり約3時間)出社、P4も1か月に1回給料日に出社、P3は1年に1,2回出社。
イ P5の死亡とその前後の状況
P5の意識のない状態の下、P4は従業員から次期社長の立候補者が出ない場合、原告を清算するとし、その後P5は死亡。
(2)被告P1は、P4から、社長にならない場合には原告を清算すると言われたことなどから,平成20年11月19日,原告の代表取締役に就任(原告株式:P4が70%、P3が20%、P9が10%保有、被告P1は保有なし)。P7が原告の取締役に就任。取締役兼従業員P6退職・補充なし。
(3)被告P1は、平成21年7月頃、被告ワイエムティーの代表取締役である被告P2と面識を得、被告P1は同社に原告の中部地区代理店になることを依頼して,承諾を受けた。
(4)原告取締役P7は,平成21年8月退職。原告に勤務する者の構成は,代表取締役・被告P1と、従業員・P8(通常勤務)及びP9(通常勤務)となった。取締役P4は高齢・体調不良のため勤務実態がなく、監査役・P3は、P4看病のため、勤務実態がなし。
(5)被告P1が原告の代表取締役を辞任した経緯
P9(P3の妹)は、平成22年1月5日原告を無断欠勤した。被告P1は、P3から「今後の方針等株主提案書01」と題する書面を渡され、被告P1及びP8が,P3の妹であるP9を疎外しているなどとして非難した上,P4の自宅を1か月に1回以上訪問して原告の経営について報告すること…等を内容とし、被告P1は、普段の経営に関与しないP3から一方的に経営に口出しされ、株主P3の親族らとの良好な関係の継続は困難と判断し、代表取締役を辞任する旨の通知。
(6)原告とシュミット社及びベルグ社との取引関係の終了
ア)ベルグ社からP1への取引継続の依頼
ベルグ社代表取締役は被告P1に、平成22年1月21日、原告退職後もベルグ社製品を取り扱ってほしい旨の電子メールを送付。
イ)原告からベルグ社に対する取引継続の依頼
P3は、同月24日、ベルグ社代表取締役と面談し、一旦退職したP7の復職を説明し、原告との取引継続を求めた。
ウ シュミット社との取引の終了(同社はP3に同年2月末日をもって,原告への販売中止の通知)。
エ ベルグ社との取引の終了(同社はP3に同年2月末日をもって,原告との関係を終了する旨の通知)。
(7)被告P1は,平成22年2月5日,原告の代表取締役退任後、被告ティー・エー・ティー設立。同被告は、ベルグ社及びシュミット社と日本国内における代理店契約を締結し両社製品を輸入販売。被告ワイエムティーは,ベルグ社の許諾を得て日本国内に輸入された同社の製品を販売。
2.本件各標章が原告の営業表示として需要者の間に広く認識されているものであるか(争点1-1)
裁判所は、原・被告の主張等に基づき、以下認定・判断しました。
(1)本件各表示について
「本件標章1は,ベルグ社の商標であり,本件標章2も,シュミット社の商標である」ところ、需要者が原告の営業表示と認識していたことを認めるに足りる主張立証はな」く、かえって「原告は、両社の総代理店であることを明示して営業をしていたことが認められ」、「需要者としては、本件各標章について、代理店にすぎない原告の営業表示ではなく,本人であるベルグ社又はシュミット社の商品表示又は営業表示として受け取るものと認められる」。「したがって,本件各表示のうち,これら本件各標章についてはベルグ社又はシュミット社の商品表示又は営業表示であり,原告の営業表示とはいえない」。
また「被告ティー・エー・ティーは,ベルグ社及びシュミット社との間で、日本国内における代理店契約を締結し、両社の製品を輸入販売するに当たり、本件各標章を使用しているのであるから、仮に、原告がベルグ社及びシュミット社との間で日本国内における独占的排他的な代理店としての地位を有するとしても、被告ティー・エー・ティーに対して本件各標章の使用差止めを求めることはできないと解される(ベルグ社又はシュミット社に対し,債務不履行責任を追及する余地があるかは別論である。)」。
「したがって,被告ティー・エー・ティーに対する本件各標章の使用差止め…のうち代理店である表示の使用差止めを除いたもの)及び本件各標章のウェブサイトからの削除…の請求には理由がない」。
なお、被告ワイエムティーに関しても同様の判断がされました。
(2)本件各表示のうちベルグ社及びシュミット社の代理店である旨の表示が原告の営業表示であるかについて
ア)「原告とベルグ社及びシュミット社との間では何らの契約書も交わされていない」。「原告がベルグ社の日本総代理店である旨の記載がある図面」や、「原告がベルグ社の日本総代理店である旨を表示した新聞広告…の存在を認めることができるが、これらによっても原告がベルグ社の日本総代理店であることを自称していたことが認められるにすぎない」。
また「原告が、長期間、多数回にわたり、ベルグ社及びシュミット社の製品を日本国内に輸入してきたこと、これまで日本国内において両社の代理店は原告以外に存在しなかったことが認められる」が、「単に、長期間取引を継続してきたことや他に代理店が存在しなかったことから,独占的排他的な代理店としての地位を有するものとまで認め」られない。
以上により、「原告が、両社から日本国内における独占的排他的な代理店としての地位を与えられているから、両社の代理店である旨の表示は原告が独占的に使用することのできる営業表示である旨」の主張を採用できない。
また裁判所は、他に、原告に「独占的排他的な代理店としての地位を与える契約」があっても、「原告は、ベルグ社及びシュミット社から,平成22年2月末日をもって,上記契約に係る取引の終了を通知され」、「原告が、第三者に対し、ベルグ社及びシュミット社の代理店である旨の表示の使用の差止めを求めることはできない」等と判断しました。
なお、他方で「被告ティー・エー・ティーは,ベルグ社及びシュミット社から代理店としての許諾を受けて,本件各表示を使用し,被告ワイエムティーは,ベルグ社の許諾を得て,日本国内に輸入された同社の製品を販売している」と認定し、この点からも原告の請求は理由がないとしました。
(下線筆者)
(3)原告は、ベルグ社及びシュミット社との間の継続的取引関係は,特段の事情がない限り解除できず、両社との取引関係が終了していないか。
裁判所は、「ベルグ社は,被告P1が原告の代表取締役を退任したことにより,原告とは従前と同様の取引関係の維持を期待することができないと判断して、原告との取引関係を終了させたこと、P3が原告の代表取締役に就任し、P7が原告に復職する旨の説明をしたものの、上記判断を変えられなかったこと」。また「ベルグ社の製品は,その技術的サポートに専門的な知識を有するもので」、「被告P1が原告代表取締役を辞任する旨の申出をした当時,原告の従業員として通常の勤務をしていた者は他にP8とP9しかいな」く、「そのような状況の下で代表取締役である被告P1が退任することから,原告との取引関係を継続することができないとベルグ社が判断したことについて,取引関係の解消の効果を否定されるような事情があるとはいえない」等とし、シュミット社も同様の理由によるものと優に認定できるとしました。したがって「原告とベルグ社及びシュミット社との取引関係は、適法に終了した」と認めました。
3 不正競争防止法2条1項1号に基づく請求に係る判断
争点1-2(混同のおそれの有無)について判断するまでもなく,不正競争防止法2条1項1号に基づく原告の請求には理由がない等としました。
4 被告P1がベルグ社及びシュミット社に対し原告との取引を終了するように働きかけたかなど(争点2-1)
認定事実に照らすと「被告P1が,ベルグ社及びシュミット社に対し、虚偽の事実を告げて、取引を終了するよう働きかけたということはできない。むしろ、ベルグ社及びシュミット社が原告との取引関係を終了させたのは、被告P1が原告の代表取締役を退任すると聞き、ベルグ社自身が,原告との取引の継続に不安を抱き、P3とも直接面談した上、取引の終了を判断したことが理由であると考えられ」、「被告P1が退任したのは,平成22年1月5日に,P3が原告の経営に介入したことが端緒となっているものであ」る等とし、「被告P1がベルグ社及びシュミット社に働きかけて原告との取引を終了させたものであり,これにより被告P1が会社法423条1項に基づく損害賠償義務を負うとする原告の主張には理由がない」と判断しました。
5 被告P1が原告の取締役退任前に競業行為をしたか(争点2-2)
裁判所は「被告P1が,原告の代表取締役として締結した,被告ワイエムティーを代理店とする旨の契約の効果は原告に帰属」し、「被告P1の行為は,会社法356条1項1号が想定する取締役の行為に該当」せず、「仮に被告ワイエムティーがベルグ社の製品を代理店として販売する行為が原告の営業に対する違法な競業行為に当たると主張するものであると解し」でも、「原告は日本国内において独占的排他的な代理店としての地位を有」しないから「上記競業行為は違法なものではない」等と判断しました。
また、「原告は,同月末日をもってベルグ社及びシュミット社との取引関係を終了されることになって」おり、訴外J社に対し「発注を受けた製品を供給できず、アフターサービスの提供も困難な状況となることが予想され」、J社に「早期に解約を申し入れるなどの措置を講じるべき」で、被告P1は「J社に対し,上記の説明や指示をしたのであって、これを原告に対する違法な競業行為とい」えないし、上記被告P1の行為により原告に何らかの損害が発生したと認めることもできない」。
以上から、被告P1が原告の取締役を退任する前に競業行為をしたとする原告の主張にも理由はないと判断しました。
6 被告ティー・エー・ティーの行為が被告P1の競業避止義務違反に当たるか(争点2-3)・不法行為の成否(争点2-4)
裁判所は、「従業員等が退職した後に競業避止義務を課すためには、退職後の競業避止義務を定めた就業規則や特約等が必要で」、「争点2-3に関する前記第3の5【原告の主張】(1)の主張は失当」と判断しました。
もっとも「元従業員等の競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には、その行為は元雇用者に対する不法行為に当たるというべきである(最高裁判所平成22年3月25日第1小法廷判決・最高裁判所民事判例集64巻2号562頁)」とし、「本件では,ベルグ社及びシュミット社は,原告の代表取締役であった被告P1が退任することにより,原告との取引を継続することができないと判断して原告との取引を終了させたにすぎ」ず、「したがって,この時点で原告は,ベルグ社及びシュミット社との取引を行えない状態となったのであるから,その後に被告らがベルグ社及びシュミット社との取引をしていることをもって原告の顧客を奪取したとはいえない」と判断しました。また、検討した経緯からしても「被告らの行為が社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様によるものであるなどとも到底いえない」と判断しました。
■BLM感想等
元従業員等が、独立し、独立前に所属していた会社の事業と同種の事業を行うことで紛争が生じる場合があります。特に、元従業員等が従前の会社の製品とある程度同じものを製造・販売する場合、当該会社は元従業員等に対し不正競争防止法2条1項1号に基づき差止請求を行うケースが散見されます。本件で問題となった商品又は営業表示は、そもそも原告の表示とは認められず、国外の製造販売業者を出所とするものと判断されましたが、仮に、被告P1が、原告で代表取締役であった時期に、同人の営業努力により周知となった場合は、原告を出所として周知性が認められた可能性はなきにしもあらず、です。その場合、P1が原告を退職後はどうなっていたのだろうか、と思いますが、BLMとしては、その後、同じ品質・質の商品・サービスを提供できず、ベルグ社及びシュミット社が原告との取引を終了させていたのであれば、原告の表示としての主張は否定されたのではないかと考えます。ベルグ社及びシュミット社と原告がグループとなって周知性を獲得しても、両社には主従の関係が認められるのではないでしょうか。本件の事情の背景になにがあるのか、詳細はわかりませんが、判決文で出された事情を読む限りは、裁判所の判断は妥当と考えます。これで、被告P1らの行為が否定されるのであれば、少々理不尽との思いもありました。このような関係は、一般社会にけっこうあるかもしれませんね。
By BLM
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