不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ
個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その18
本日も、原告の元従業員が新たに会社を設立し、原告と同種の業務を行ったことにより紛争となった事例を見ていきます。
東京地判平23・7・22〔マチデン引き抜き事件〕平21(ワ)30649
原告 株式会社町田電機商会
被告 株式会社マチデン(以下「被告会社」)、B1、B2、B3、B4、及び、B5
■事案の概要
本件は、原告が、原告監査役の地位にある被告B1が、いずれも原告の元従業員である被告B2、B3及びB4並びに原告の下請会社の取締役・被告B5と共謀の上、原告の配送センターから原告所有の営業用資産を無断で運び出し、原告の業務から一斉に離脱するとともに、原告の顧客住所録等の重要書類をすべて奪って原告の営業活動を停止させ、更にこれらの重要書類を用いるなどして新たに設立した被告株式会社マチデンにおいて原告の取引先への営業行為を行い、原告の顧客を横奪したことが、原告の営業用資産の所有権侵害及び営業利益侵害の共同不法行為(被告B1については,選択的に監査役の会社に対する任務懈怠)に該当し,また,被告会社の商号「株式会社マチデン」の使用は,原告の営業表示として周知な「株式会社町田電機商会」又はその略称である「町電(マチデン)」と類似する営業表示の使用として不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当するなどと主張し、損害賠償及び差止等求めた事案です。
◆当事者
・原告:電気、照明器具のリース及び工事等を目的とし、主な業務は、展示会、イベント等の会場における電気工事及び照明器具等のレンタルで、東京に本社、名古屋に営業所を置き、それぞれ営業の拠点となる配送センターを有する。亡C創業の「町田電機商会」を法人化し昭和54年設立されたもので、原告代表取締役Aの妻D及び被告B1は、いずれも亡Cの子(Dと被告B1は姉と弟の関係)。
・被告会社:平成21年設立。展示会、イベント等に伴う電気工事及び電気、照明器具のリース・レンタル、販売等を業とする。
・被告B1:原告監査役。原告下請の有限会社トータルワンの取締役で、原告東京本社の緑配送センターを拠点としてトータルワンが原告から委託を受けた下請業務を行う。被告会社設立以降は、専務取締役を名乗り被告会社の業務に従事。
・被告B2乃至B4:平成21年まで緑配送センターで勤務していた原告の元従業員。被告B2は、被告会社の代表取締役。
・被告B5:平成21年まで原告の下請業務を行っていた有限会社ピュアライフの取締役。同上緑配送センターを拠点にピュアライフが原告から委託を受けた下請業務を行う。被告会社の設立以降は、取締役を名乗り被告会社の業務に従事。
■争点
争点1 被告B1らが原告の緑配送センターから営業用資産を無断で運び出したことについて,原告の被告らに対する営業用資産の所有権侵害の共同不法行為(被告B1については,選択的に監査役としての任務懈怠)に基づく損害賠償請求の可否
争点2 被告B1らの一連の行為について,原告の被告らに対する営業利益侵害の共同不法行為(被告B1については,選択的に監査役としての任務懈怠)に基づく損害賠償請求の可否
争点3被告会社による被告商号の使用について,不競法2条1項1号の不正競争行為の成否及び原告の損害額
■当裁判所の判断
1.営業用資産の所有権侵害の共同不法行為等に基づく損害賠償請求の可否(争点1)
被告B1とその指示を受けた被告B2乃至B5らが,平成21年6月17日から同月末ころまでの間に原告代表者の了解を得ることなく、原告の東京本社の緑配送センターに保管されていた原告所有の営業用資産を数回に分けて運び出し、これらを被告会社の倉庫に移動させ、その後、同年9月末ころまでに、被告らは営業用資産を返却しました。しかし、原告は、未だに原告に返却されていない本件各物品が存在するとした上で、被告B1らの上記運び出し行為は、原告の営業用資産の所有権を侵害する共同不法行為を構成し、原告は、未返却の本件各物品の財産的価値に相当する額の損害を受けた旨を主張しました。
この点、被告B1らの上記運び出し行為によって、原告が原告主張のとおりの損害を受けたことが認められるためには,被告B1らが原告の緑配送センターから運び出した営業用資産の品目及びその各数量が特定され、その中に本件各物品が含まれていることが前提となるところ、裁判所は「原告が主張する被告B1らが原告の緑配送センターから運び出したとされる営業用資産の品目及びその各数量は、結局のところ、原告代表者の不確実な推計に基づくものにすぎず、客観性のある裏付資料に基づくものではない」とし認めませんでした。
2.営業利益侵害の共同不法行為等に基づく損害賠償請求の可否(争点2)
(1)共同不法行為等の成否について
裁判所は、「被告B1は、原告の緑配送センターにおいて、その業務を統括する立場」で、その指揮下にある被告B2乃至被告B4(以下「被告B2ら」)に指示し、「緑配送センターに保管されていた原告所有の営業用資産を運び出して被告会社の倉庫に移動させるとともに、被告B2らと意を通じて、一斉に原告の緑配送センターにおける業務から離脱した」とし、「被告B1のこれらの行為は、原告がその業務を行う上で必要不可欠であることが明らかな営業用資産を原告において使用不可能な状況」にし、「原告の緑配送センターの業務の中心となる人材のほとんどを一斉に失わせるもので」、「原告の緑配送センターにおける営業活動を極めて困難とする結果をもたらす」ことが明らかと判断しました。そして、被告B1は、このよう営業活動を困難にする一方「原告と競業関係にある被告会社の設立・開業を主導的に行い、しかも、原告の業務に従事する中で知り得た原告の取引先についての情報を利用して、多数の原告の緑配送センターの取引先に対して本件挨拶状及び本件案内状を送付するなど、被告会社としての営業行為を行い、その結果、被告会社は,現に相当数の原告の取引先との間で,取引関係を持つに至っている」としました。さらに、「被告B1による上記各行為は、平成21年6月から7月にかけての近接した時期に連続して行われ」、「被告B1が、当初から、原告の緑配送センターにおける営業活動を妨害しつつ、原告の顧客を奪って被告会社の利益を図ることを目的として、上記一連の行為を行った」と認定しました。
裁判所は、「以上のような被告B1による一連の行為の目的、内容及びその結果を総合勘案すれば、被告B1の上記行為は、競業者間の自由競争の範囲内にある営業行為と評価し得るものではなく、原告の営業利益を違法に侵害するものとして、不法行為を構成する」と判断しました。
被告B2及び被告B5については、その行為は、原告の営業利益を違法に侵害し、不法行為を構成すると判断し、被告B1、被告B2及び被告B5による上記一連の行為は、客観的に関連し共同して行われたとし、民法719条1項の共同不法行為を構成するとしました。また、被告B3及び被告B4については、上記共同不法行為の重要部分を成し、上記の結果が生じることを認識しながら、被告B1らと意を通じてこれに加担した行為は「共同不法行為を幇助する行為に当たる」と判断しました。
裁判所は、さらに、「被告B2が、被告会社の代表取締役に就任した後に、原告の顧客を奪って被告会社の利益を図ることを目的として行」い、「被告会社としての営業活動それ自体も含まれ」るから、「被告B2が当該行為によって原告に加えた損害は、被告会社の代表取締役がその職務を行うについて第三者に加えた損害とい」え、被告会社の賠償責任も認めました。
(2)原告の損害について
裁判所は「物的及び人的な業務態勢という面から客観的に見れば,遅くとも,平成21年9月末ころに営業用資産が原告に返却され、更に物的及び人的な業務態勢を整備するために必要な準備期間を経た時点においては、原告が、緑配送センターにおける営業を行うことは可能であった」と認定し、「被告らの上記共同不法行為の結果、原告は、緑配送センターにおける営業を行うことが半永久的に不可能となったとする原告の主張には理由がなく、これを前提として、原告の緑配送センターにおいて平成21年6月以降5年間にわたって得られるはずの営業利益の合計額をもって、被告らの共同不法行為によって原告が受けた営業上の逸失利益に相当する損害であるとする原告の主張は、理由がない」とし、「他方…被告らの上記共同不法行為の結果として、原告は,被告B1らによる原告の緑配送センターからの営業用資産の運び出しの時点から,営業用資産の返却を受け,更にその後,緑配送センターにおける物的及び人的な業務態勢を整備するために必要といえる合理的な準備期間が経過するまでの期間において,緑配送センターにおける営業活動を事実上不可能なものとされ,その期間内に原告が緑配送センターの業務から得られたはずの営業利益(逸失利益)に相当する損害を受けた」と認定しました。(筆者:具体的な金額は省略。)
3.被告会社の不正競争行為の成否等(争点3)
裁判所は、「原告は、「株式会社町田電機商会」の商号(原告商号)、又は、その略称である「町電(マチデン)」の表示は、平成21年6月当時、原告のイベント等の会場における電気工事等の業務に係る営業表示としてその需要者である東京23区内のディスプレイ関連事業者らの間で周知であった旨を主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない」と判断しました。
したがって、「その余の点につき判断するまでもなく、被告会社がその業務において被告商号を使用する行為が、原告に対する不競法2条1項1号の不正競争行為に当たるものとはいえない」とし、原告の被告会社に対する不競法3条に基づく被告商号の使用差止請求及び被告商号の抹消登記手続請求並びに不競法4条に基づく損害賠償請求は,いずれも理由がないと判断しました。
4.結論
裁判所は、被告らに対する共同不法行為(被告会社は、会社法350条)に基づく損害賠償請求を一定限度で認め、その他(被告会社に対する被告商号の使用差止等及び損害賠償請求含む)は棄却しました。
■BLM感想等
元従業員等が、独立し、独立前に所属していた会社の事業と同種の事業を行うことで紛争が生じる場合があります。特に、元従業員等が従前の会社のサービスとある程度同じものを提供する場合、当該会社は元従業員等に対し不正競争防止法2条1項1号に基づき差止請求を行うケースが散見されます。今回取り上げた裁判例では、周知性の要件を満たさず、同号に基づく請求は認められませんでしたが、被告会社及び被告らの行為について不法行為が認められました。
本件における被告らの行為、すなわち、「原告所有の営業用資産の運び出し,原告の緑配送センターの業務からの一斉離脱,被告会社の設立・開業,原告の業務に従事する中で知り得た原告の取引先についての情報を利用しての原告の取引先に対する営業行為といった一連の行為」は、これまで本ブログで見てきた、会社と元従業員の関係解消事例の中では、異質なものであるように思います。裁判所は「以上のような被告B1による一連の行為の目的、内容及びその結果を総合勘案すれば、被告B1の上記行為は、競業者間の自由競争の範囲内にある営業行為と評価し得るものではなく,原告の営業利益を違法に侵害するものとして,不法行為を構成する」と判断しています。
もっとも、原告は、亡C創業の「町田電機商会」を法人化したもので、原告代表取締役Aの妻D及び被告B1は、いずれも亡Cの子(Dと被告B1は姉と弟の関係)との関係があり、姉(及びその夫)と弟との親族間の争いにも見えますが、本件ではこの点は判断に影響を及ぼしていないようです。この点、原告表示について、不正競争防止法2条1項1号の周知な商品等表示と認められるような事例であったなら、原告が、被告らの商号「株式会社マチデン」の使用を差止られるか否かについて、被告らの不法行為の有無が影響を及ぼした可能性があったかもしれません。
By BLM
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