不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その11

 本日も、原告の元従業員が絡み紛争となった事例を見ていきます。もっとも、主な紛争の当事者は、伝統工芸の堤人形といういわゆる地域ブランド内における内紛といったところと考えます。

 

  仙台地判平20・1・31〔つつみ人形事件〕平15(ワ)683

原告 有限会社つゝみ人形(代表Ⅹ)、 原告 X
被告 Y1、 被告 Y2

 

■事案の概要等 

 本件は、堤人形の制作家である原告X及び同人が昭和63年に設立した原告有限会社つゝみ人形が、被告らの人形制作・販売等の行為によって、原告Xが有している著作権、商標権を侵害し、同時に誤認混同等の不正競争防止法違反行為をしたとして、著作権法、商標法及び不正競争防止法に基づいて製造・販売等の差止め、損害賠償等求めた事案です。
 被告Y1は、「つつみのおひなっこや」の屋号で、堤人形、松川達磨等の製造・販売業に従事する者であり,被告Y2は、原告会社の従業員であった者でした。

 なお、原告Xは,指定商品「土人形」について登録商標「つゝみ」と「堤」について登録があり、前者は平成12年、後者は平成13年に更新されていました。

 

◆堤人形の由来と伝統工芸の推移(争いのない事実)
 伊達政宗公は、慶長5年より、仙台に城下町を造ったが、奥州街道の北の入口を守る侍町の堤町や台の原周辺に、奈良時代より瓦を作る良質の粘土が豊富にあったことに着目し、藩内の産業発展と生活の安定に役立つ人形と焼物を侍の内職として作らせた。元禄時代、当時の伊達藩主綱村公が、江戸から陶工上村万右衛門を招いて改良を重ね、その後、足軽や町人によって内職として人形作りが盛んになった。天明の大飢饉の際に衰退したことがあったものの、文化の頃に、佐藤九平次という名人が現れ全盛期となったが、天保の大飢饉を境にして人形業者らが没落し幕末の政情不安もあって衰退した。明治時代、明治維新とともに藩主の庇護もなくなり、堤人形の制作は衰退し、明治晩年には、○○家と○○○家のみが堤人形を制作していた。

 

◆原告と被告の関係等

 当裁判所は、著作権侵害に係る争点で以下のような事実を認定しています。

 すなわち「明治晩年に堤人形を制作していたのは、○○家と○○○家であったが、大正末期ころからは、○○○家も人形制作をやめ、○○家が堤人形制作の中心とな」り、「○○○家の有していた土型や未完成の素焼人形は、Eが承継した。

 原告Xの祖父であるXAは、焼き物と人形の製造、販売を行っていたが、東北本線が仙台まで開通し仙台に焼き物(いわゆる雑器)が大量に貨車輸送され始めたことに伴い、製造販売を人形に絞った」。原告Xの父・先代Bは「京都の人形師であったGに師事し、動物をモチーフとした人形を制作し,数々の賞を受け」るなどし、「原告Xは、先代Bの後を継いで、現在堤人形を制作し」、「原告会社を設立して、先代Bが「堤人形製造所」の屋号で人形の製造販売をしてきた個人営業を法人化した」。

 一方、「C家(現在はH家)では、Cが大正7年にかめやどんぶりなどの堤焼の制作を始め、以後、堤焼の焼物職人として働きつつ、冬季内職として松川達磨を制作し」、「被告Y1の義父Eは,遅くとも昭和56年ころには、副業として堤人形を制作するようになり、C家の堤焼製作を手伝っていた被告Y1は、堤人形の制作を手伝うようになり、現在、堤人形を制作している」。

 

■争点
 本ブログでは、争点3のうち、不正競争防止法2条1項1号に関する裁判所判断を主に見ていきます。

 争点1 原告Xが粘土を素材として制作した土人形等に著作権が認められるか。

    また、被告らの人形置物等の製造販売行為が原告Xの著作権を侵害する行為に該当するか。
 争点2 被告らの行為が、原告Xの商標「つゝみ」及び「堤」を侵害する行為に該当するか。
 争点3 被告らの行為が、不正競争行為に該当するか。

 

■当裁判所の判断

Ⅰ.不正競争防止法2条1項1号の混同惹起行為について
1.認定事実
 (ア)「宮城県では、「県内の地域においてはぐくみ受け継がれてきた伝統性の良さを見直し、宮城県伝統的工芸品として指定することにより、その工芸品を製造する事業者等の製造意欲の高揚及びその工芸品の健全な育成・振興を図ることを目的」として、宮城県伝統的工芸品振興対策要綱が定められている(要綱第1)。
 その要綱第5には、「事業者等は、第2の規定により指定を受けたときは、当該工芸品が伝統的工芸品として指定されていることを知事が別に定める方法により表示することができる」ものと定められている」。
(イ)「原告Xは、昭和59年2月16日、宮城県知事から、工芸品名を「堤人形」とする宮城県伝統工芸品の指定を受けた」。
(ウ)「宮城県産業経済部新産業振興課長の見解によると、堤人形について、再度、宮城県伝統的工芸品の指定を行うことはなく、他方、堤人形を制作しても、宮城県指定の伝統的工芸品である旨を表示しても支障ないとされている」。
 

2.判断基準
 「不正競争防止法2条1項1号は、「他人の商品等表示…として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し…他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」を不正競争と規定しているが、同号の趣旨は、人の業務に係る商品の表示について、同表示の持つ標識としての機能、すなわち、商品の出所を表示し、自他商品を識別し、その品質を保証する機能及びその顧客吸引力を保護し、もって事業者間の公正な競争を確保するところにある。
 この趣旨を踏まえるならば、同号の不正競争行為というためには、単に他人の周知の商品等表示と同一又は類似の表示を商品に付しているというだけでは足りず、それが商品の出所を表示し、自他商品を識別する機能を果たす態様で用いられていることを要するというべきである。けだし、そのような態様で用いられていない表示によっては、周知商品等表示の出所表示機能、自他商品識別機能、品質保証機能及び顧客集引力を害することにはならないからである。」

 

3.本件に関する判断
(ア)「宮城県伝統工芸品堤人形」の使用について
 裁判所は、前記認定の事実によれば「「宮城県伝統的工芸品」の指定は,工芸品に対してなされるものであり,工芸品の制作者である個々の工芸士に対してなされるものではなく、「宮城県伝統的工芸品」との表示も、当該工芸品が宮城県によって伝統的工芸品に指定されていることを表しているにすぎず、工芸品の制作者を特定する表現は用いられていない」とし、「とすれば,被告Y1が、堤人形の販売箇所に「宮城県伝統工芸品」と表示したとしても、それは、商品の出所を表示し、自他商品を識別する機能を果たす態様で用いられているとはいえないから、被告らの行為は誤認混同惹起行為に該当しない」と判断しました。


(イ)「堤」,「つつみ」,「つゝみ」の使用について
 裁判所は、「被告商品は、仙台市の堤町で制作された土人形であるところ、「堤人形」という表示そのものは、前記認定のとおり、同表示に接した需要者をして、仙台市の堤町で制作された土人形であることを理解させる表示にすぎず、結局、「堤」、「つつみ」、「つゝみ」という表示も、仙台市の堤町を意味するにすぎない」とし、「したがって、被告商品を「堤人形」との名称で販売し、また、被告Y1の店の看板に「堤」、「つつみ」、「つゝみ」という表示を用いたとしても,それは,他の地域で制作された人形と区別させるための認識手段にとどまり、堤人形の制作者を特定する等商品の出所を表示し,自他商品を識別する機能を果たす態様で用いられているとはいえないから,被告らの行為は誤認混同惹起行為に該当しない」(下線筆者)と判断しました。


(ウ)堤人形の形態について
 さらに、裁判所は、「原告らは、原告Xの作品形態そのものが原告らの商品表示であるとして、被告らが類似の堤人形を制作し、「堤人形」として販売する行為が,誤認混同惹起行為であると主張する」ところ、これに対し、「しかし、前記認定のとおり、堤人形の制作は江戸期以来の伝統を受け継ぎ改良を加えながら行われていること、「堤人形」が、堤町で制作される人形の普通名称であること、本件の各人形について,原告Xに著作権を認めることはできず、被告Y1の商品形態そのものが商品の出所を表示し、自他商品を識別する機能を果たす態様で用いられているとはいえないから、被告らの行為は誤認混同惹起行為に該当しない」と判断しました。
 そして、「原告らは、昭和初期、堤町では、唯一○○家のみが堤人形を制作し、後世に伝えてきたと主張する」ところ、これに対しては、「○○家のみが堤人形を制作、販売し度重なる苦難を乗り越えてその伝統を守り抜いてきたとしても、それは、堤人形の制作家がたまたま一時的に1つとなったにすぎないのであるから、その事実をもって堤人形を制作し、「堤人形」として販売する行為が、いずれかの者の商品表示となったとまで認めることはできない」と判断しました。(下線筆者)

 

Ⅱ.その他の争点

 原告は、不正競争防止法の主張で、2条1項4号の不正取得行為によって取得した営業秘密であるとの主張をしています。これについて、裁判所は、「被告Y1の商品である〔1〕牛乗天神、〔4〕鯉かつぎ(大)、〔5〕福神川越、〔17〕恵比寿大黒鯛かつぎ、〔21〕政岡は、原告ら商品の型を被告らが何らかの方法で盗用して石膏型を作成し」、「それに基づき制作したものであると認めることができる」とし、「被告らがどのような方法を用いてこれらの型を盗用したのかについて,これを認めるに足りる証拠はないが」、同号の「不正取得行為によって取得した営業秘密であるということができ,被告Y1はこれにより原告らの営業上の利益を侵害するおそれがあ」り、「その他の商品について,被告Y1が原告らの商品の型を盗用したとの事実を認めるに足りる証拠はない」と判断しました。

 

 原告の商標権侵害の主張については、裁判所は、「被告Y1は、その店のガラス戸、看板に「堤人形」、「つつみのおひなっこや」と表示し」、「堤」又は「つつみ」なる文字を使用しているが、「その使用態様は,客観的には堤人形の販売所であること、仙台市の堤町にある雛人形屋であることを示し、他方、その表示に接した需用者は、もっぱら、「仙台市の堤町で生産された土人形の販売所である」という被告商品の産地、普通名称、被告Y1の店舗の種類を示す表示であると認識するに止まり、それ以上に被告商品の出所が被告Y1であることを示す表示であるとまでは認識しないと解するのが相当である」とし、「被告Y1が使用する「堤人形」、「つつみのおひなっこや」、別紙広告の「堤人形」等は、自他商品の識別機能を果たす態様で使用されていないから、原告の商標権を侵害する行為と認めることはできない」(下線筆者)と判断しました。

 

 そのほか、裁判所は、著作権侵害も否定しています。

 

■BLM感想等
 今回取り上げた裁判例と関連して、結合商標の類否判断に関する重要判例である最二小平20年9月8日〔つつみのおひなっこや事件・上告審〕平19(行ヒ)223があります。この判例は、商標権侵害や不正競争防止法2条1項1号の請求に関するものではなく、審決取消訴訟(特許庁の判断を争うもの)に係るものです。本ブログで取り上げた紛争とは別に、特許庁の判断を巡って争いが繰り広げられました。原告の「堤」の商標権は、商標法3条2項※の適用(※自他商品役務識別機能を発揮しないようなものであっても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものと認められた場合に登録されます。)を受けています(J-PlatPatの「こちら」参照)。今回取り上げた裁判例では、「被告Y1の店の看板に「堤」、「つつみ」、「つゝみ」という表示を用いたとしても,それは,他の地域で制作された人形と区別させるための認識手段にとどまり、堤人形の制作者を特定する等商品の出所を表示し,自他商品を識別する機能を果たす態様で用いられているとはいえない」等と判断したのは納得のいかないところであったでしょう。

 また、「つつみのおひなっこや」は、指定商品を第28類の「土人形および陶器製の人形」として商標登録を受けているわけで(J-PlatPatの「こちら」参照)、今回取り上げた裁判例では、商標権侵害か否かの判断において「被告Y1が使用する「堤人形」、「つつみのおひなっこや」、別紙広告の「堤人形」等は、自他商品の識別機能を果たす態様で使用されていない」等としている点についても、原告として、同様に納得のいかないところであったでしょう。

 

 BLMが原告の代理人であったなら、「商標権取得した意味ないじゃん!!!」おーっ!むかっと叫びたくなるところですが、むしろ堤という地域における伝統的な土人形の業界を活性化し、そこで一番を目指した方が原告のためかもしれません。「堤」の文字を独占することが原告のためになるのか判断が難しいところです。

 翻って、事実状態に着目して判断する不正競争防止法2条1項1号に係る紛争事例を色々見ていくと、特に下級審では、結論ありきで、判断がされている場合も多いような気がします。本件については、被告らも、この地域で土人形の製作に関わってきた家系の者のようなので、裁判所は、不正競争防止法2条1項1号の不正競争と認定することに躊躇したように思えます。一方、原告の元従業員の行為の一部を、行き過ぎた行為として、営業秘密に係る不正競争(1号とは別)と認定し、落としどころを見つけたように思いました。つつみのおひなっこや事件については、他の裁判例や審決例併せて、紛争全体を把握しないと見えてこないものがありそうです。

 

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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