不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その9

 本日も、原告の元従業員が新たに会社を設立し、原告と同種の業務を行ったことにより紛争となった事例を見ていきます。

 

  大阪地判平28・8・23〔山高工務店対ヤマタカ事件〕平27(ワ)5281

原告・株式会社山高工務店
被告・株式会社ヤマタカ

 

■事案の概要等

 本件は、アスベスト除去工事、ダイオキシン類対策工事等を主な業務とする原告が、同種業務を行う被告による原告の商号と類似する商号の使用行為が、不正競争防止法2条1項1号の不正競争又は会社法8条1項の「不正の目的」をもった類似商号の使用に当たると主張して、不正競争防止法3条又は会社法8条2項に基づき、被告に対し、その商号の使用差止めと商号登記の抹消登記手続をするよう求める事案です。

 

■争点

 争点(1)原告商号の周知性
 争点(2)原告商号と被告商号の類似性
 争点(3)被告による被告商号の使用行為が原告の営業との混同を生じさせるか否か。
 争点(4)被告は「不正の目的」をもって被告商号を使用したか。

 

■当裁判所の判断

争点(1)原告商号の周知性
 裁判所は「アスベスト除去工事及びダイオキシン類対策工事等は、いずれも解体工事の一環として行われるものであるところ,解体工事の市場規模は、木造建築物を除くと年間少なくとも6000億円程度である…一方で、原告の売上高は多い年度でも年間20億円程度」で市場占有率は極めて僅か」とし、「需要者の範囲を、被告と実際に競合することが考えられる地域に限ってみても、アスベスト対策等の同種工事をできる会社は大阪市内だけでも100社程度はあると認められる(被告代表者)から,宣伝広告が大規模にされたなどの事実関係も認められない以上」、原告商号の周知性は認められないとしました。なお、原告は「ダイオキシン工事」等でインターネットを検索すると,検索結果上位に原告ホームページが表示されることや,原告が開発したアスベスト処理技術「YSR工法」が一般財団法人日本建築センターにより建設技術審査証明を受け,その旨公表もされていることを指摘するが、インターネットによる検索時に、ホームページがどの位置に表示されるのかは、メタタグの設定方法等による影響が大きく、その検索結果が必ずしも…知名度を反映するものとはいえ」ず、「YSR工法」の点も「同じカテゴリーに属する工法として、他に63の工法が同じく審査証明を受けて」おり、「YSR工法の当該業界内における認知度さえ明らかではなく」、「この工法が登録されていることを手掛かりに」周知性を肯定できないと判断しました。

 

争点(4)「不正の目的」をもって被告商号を使用したか
1.本件の経緯

 被告代表者の原告取締役辞任及びその後の経緯等は以下の通りです。
 ⅰ)被告代表者は,平成7年、原告に就職、平成23年11月に取締役となり、アスベスト除去工事、ダイオキシン類対策工事等の専門性を有する取引先を中心となって担当していたが、平成27年2月、原告取締役を退任。
 ⅱ)被告代表者は、アスベスト除去工事等を行うことを目的として、本店所在地を兵庫県宝塚市とする株式会ビルドアップを買い取り、同年代表取締役への就任登記,同日付け「株式会社ヤマタカ」への商号変更登記並びに同日付け建築工事業等から建造物の解体工事、改修工事,ダイオキシン類対策工事,アスベスト除去工事及び除去後の建造物修復工事等への目的の変更登記等、各登記手続をした。さらに本店所在地を兵庫県宝塚市から大阪市A区に移転する旨の登記手続をした。
 ⅲ)原告は,平成27年2月当時,従業員が約20名程度であったが,被告代表者の退任後,短期間のうちにアスベスト除去工事、ダイオキシン類対策工事等を担当していた従業員9名が退職し、原告において同種工事を施工できない状態となった。他方、上記の経緯で原告を退職した従業員のうち6名が就職した被告は、原告の取引先であったJFEメカニカル株式会社からもプラント解体工事を受注するなど、アスベスト除去工事、ダイオキシン類対策工事等を受注して営業している。

 

2.判断基準

 会社法の判断になりますが、裁判所は次のように判示しました。すなわち「本件は,原告従業員がほぼ同時期に大量に退職して原告の事業継続が困難ならしめられ、他方で、原告を退職した従業員を受け入れた被告において原告の大口顧客であった取引先をも対象に事業を展開して原告と競業している事案であるとい」え、加えて「被告代表者が、原告の顧客に対して挨拶回りをしていること、被告代表者の退職により原告においての事業継続に支障が出ることが予め見込まれていたことから」、「競業状態は,被告として事業を開始するに当たり,被告代表者が予見していた」といえるとし、被告商号が「競業関係において原告と被告の関連性を誤認させて原告から被告への顧客奪取を容易にさせる目的で使用されているのなら、被告は、被告商号の使用について会社法8条1項にいう「不正の目的」があるということができる」。(下線筆者)

 

3.本件に関する判断
 裁判所は以下のように判断しました。

 「原告と被告が競業する事業分野の顧客は,相当規模が大きい企業が多く、一般消費者を需要者とする場合のように商号の類似だけで顧客の獲得ができる関係にあるとは一般的に考えられにくい上、原告の既存顧客に対する関係では、被告代表者自身が挨拶した上(原告を退職し被告で事業をする経緯が説明されていると推認できる。)、さらには原告自身が、既存顧客の一部に今後、業務引受けを出来ない旨を通知したことから、原告の既存顧客との関係では、原告と被告との間に関連性がないことが明らかにされており、したがって、被告商号の使用により原告の既存顧客が誤認混同して被告との契約締結に至ることは考えられず、そうであれば,そもそも被告が、顧客が原告と被告を誤認するとの効果を期待して被告商号を選択したものとはおよそ認められない」。


 また「原告の既存顧客でない新規の取引先との関係では、そもそも原告商号に周知性がないから、原告を知らない新規顧客との関係で、原告商号に類似する商号を積極的に選択する意味は見いだせないし、また新規取引開始時に、過去の決算書及び登記事項証明書を提出することで原告と無関係であることを明らかにする必要があるから、この関係でも、被告が、何らかの不正な利益を期待して被告商号を選択したものとも認められない。加えて発注企業は競争入札により取引先を決定することからすると、この分野の取引では、商号を原告商号に類似させることで被告に利益が得られるわけではないことも明らかであり、その観点でも、被告が、何らかの不正な利益を期待して被告商号を選択したものとも認められない」。

 

 「確かに本件は、原告の元従業員が中心となって活動する被告の事業が、原告の顧客を奪うことで成立しているように見受けられる事案であり、また事業開始がそのことを見込んでされたようにも見受けられるが、原告の既存顧客が被告に奪われたとするなら、それはそもそも原告が当該工事を施工できない状態であった上、他方で被告代表者や被告従業員には原告在職時の施工実績による信用、少なくとも人的関係があったからと考えるのが自然でありそこに原告商号と被告商号の類似性が貢献している様子は認められず、また被告代表者がそのことを期待して被告商号を選択したとも認められない被告による被告商号の選択使用は,被告代表者が供述するように,原告創業者への尊敬の念に由来すると認めるのが相当であって,会社法8条1項にいう「不正の目的」があったとはおよそ認められない。」
 

 なお、「原告は,被告が原告従業員を大量に引き抜いたことにより,原告が従前の業務であるダイオキシン類対策工事の受注を停止せざるを得なくなったなどと主張し,この事情をも「不正の目的」を推認させる事情として主張するようであるが,「不正の目的」は,商号を使用することに関して認められる必要があり,原告のいう事情は,それ自体で不法行為を主張するのならともかく、商号使用についての「不正の目的」を推認する事情とは認められない」。

 

 以上のとおり,被告商号の使用につき,被告に会社法8条1項の「不正の目的」は認められない。
 

3 結論
 裁判所は、原告の被告に対する不正競争防止法3条又は会社法8条2項に基づく請求は、その余の判断に及ぶまでもなく理由がないから,原告の請求を棄却する等としました。

 

■BLM感想等

 本件は、不正競争防止法2条1項1号の請求については、「周知性」の判断を行い、これがないことで、原告の請求を否定しました。会社法上の請求については、同法上「周知性」は要件となっていませんが、商号が周知性を獲得していないということが、影響したものと考えます。すなわち、原告の商号を模倣したところで、何らメリットがなく、その一方で、原告の取締役、各社員として働く中で、人的な信用を得ていったという点に着目したようです。すなわち裁判所は、「被告代表者や被告従業員には原告在職時の施工実績による信用、少なくとも人的関係があったからと考えるのが自然でありそこに原告商号と被告商号の類似性が貢献している様子は認められず、また被告代表者がそのことを期待して被告商号を選択したとも認められない。」と判示しいます。原告にとっては酷な判断のようにも思えますが。

 不正競争防止法2条1項1号の適用上、仮に原告の商号に周知性が認められた場合であっても、原告の商号が「株式会社山高工務店」、被告の商号が「株式会社ヤマタカ」であるところ、山高は一般的な名字であるため、前者は「工務店」と一体となって一つの識別力を生じ、後者は「ヤマタカ」は片仮名であり、両者を比較すると非類似とされた可能性もあります。一方、周知性が認められれば、周知性への貢献や、積極的に周知表示にフリーライドする意図がある等が認定されれば、「山高」と「ヤマタカ」は少なくとも称呼上同一であり、類似性を肯定された可能性もあります。この点、裁判所は「被告による被告商号の選択使用は,被告代表者が供述するように,原告創業者への尊敬の念に由来すると認めるのが相当」としています。本件では、不正競争防止法2条1項1号の適用上、周知性が認められなかったので、それ以外の要件は検討する必要はなかった事例でしたが、周知性が認められれば、同号の請求を否定するためには、被告代表者が一方的に原告創業者を慕っているだけでなく、創業者とともに事業を大きくした主要人物であったり、創業者が「ヤマタカ」を使用するにつき許諾していたような事実が認められる必要はあると思います。従前の会社で信用を勝ち得た個人が、同社を辞めて同種事業を展開する会社を立ち上げる場合、本件のような関係解消時における紛争をどのように回避するか、結局、従前の会社で、個人が身に着けたノウハウ等は、法律の規制がない限り(例えば、営業秘密などで管理されているもの以外で)自由に使用できるわけなので、そのノウハウ等に基づき人のマネをせず、誠実に事業を行っていくべし、ということに尽きるのかもしれません。

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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