特許要件には「進歩性」があり、この「進歩性」を特許庁での審査でクリアすることが最大のポイントと言えます。
進歩性の判断は、先行技術に基づいて、当業者(その道の専門家)が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理付けができるか否かを検討して行われます。その判断において、発明が解決しようとする課題が重要な役割を果たすことがあります。
◆平成22年(行ケ)第10075号審決取消請求事件
今回は、とある裁判例から考えます(以下、『』は裁判例からの引用)。
この裁判例は、原告(特許権者)の特許に無効審判請求がされ、特許の請求項1~4が無効にされたため、係る審決を不服とする原告が提起した裁判で、結果として、無効審決が取り消されました。なお、対象特許は、『発明の名称を「換気扇フィルター及びその製造方法」とする特許第3561899号』であり、特許請求の範囲は以下の通りです。
『【請求項1】
金属製フィルター枠と,該金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って,該金属製フィルター枠に接着されている不織布製フィルター材とよりなる換気扇フィルターにおいて,該金属製フィルター枠と該不織布製フィルター材とは,皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いて接着されていることを特徴とする換気扇フィルター。
【請求項2】
皮膜形成性重合体のガラス転移点が-10℃~+30℃である請求項1記載の換気扇フィルター。
【請求項3】
金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って,該金属製フィルター枠に不織布製フィルター材を接着して換気扇フィルターを製造する方法において,該金属製フィルター枠に設けられた開口縁部及び/又は桟部の面に,皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を塗布し,次いで該塗布面に該不織布製フィルター材を押圧すると共に加熱して,該不織布製フィルター材を該開口縁部及び/又は該桟部に接着することを特徴とする換気扇フィルターの製造方法。
【請求項4】
皮膜形成性重合体のガラス転移点が-10℃~+30℃である請求項3記載の
換気扇フィルターの製造方法。』
つまり、特許に係る発明は、『従来の換気扇フィルターでは,アルミニウム箔片面全面に,感熱性接着剤皮膜を設け,これに,張出成形や膨出成形等の成形を施すと共に,打抜加工して開口を設けて金属製フィルター枠とし,この金属製フィルター枠の開口を覆うようにして不織布製フィルター材を張り,押圧加熱し,感熱性接着剤を溶融固化させて,不織布製フィルター材を金属製フィルター枠に接着するという方法で製造されていたので,使用後に,不織布製フィルターを金属製フィルター枠から剥離しようとすると,両者の接着が強固であるため,不織布製フィルターが破れてしまい,両者を分別することができないという欠点があったため,本件各発明は,金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを接着する際,通常の状態では強固な接着が達成でき,水を付与すると,金属と不織布間との接着力が低下する性質を持つ接着剤を用い,使用後の換気扇フィルターを水に浸漬することにより,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とに分別し得るようにすること』を目的としてなされた発明です。
したがって、『「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」を解決課題とし,「(換気扇フィルターにおいて),通常の状態では強固に接着させるが,水に浸漬すれば接着力が低下し,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別し得る皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いること」を解決手段とした発明』が特許の対象です。
この解決課題の設定・着眼について裁判所は興味深いことを判示しています。
◆裁判所の判示
まず、容易想到性判断と発明における解決課題について裁判所は以下のように判示しています。
『当該発明について,当業者が特許法29条1項各号に該当する発明(以下「引用発明」という。)に基づいて容易に発明をすることができたか否かを判断するに当たっては,従来技術における当該発明に最も近似する発明(「主たる引用発明」)から出発して,これに,主たる引用発明以外の引用発明(「従たる引用発明」)及び技術常識等を総合的に考慮して,当業者において,当該発明における,主たる引用発明と相違する構成(当該発明の特徴的部分)に到達することが容易であったか否かによって判断するのが客観的かつ合理的な手法といえる。
当該発明における,主たる引用例と相違する構成(当該発明の構成上の特徴)は,従来技術では解決できなかった課題を解決するために,新たな技術的構成を付加ないし変更するものであるから,容易想到性の有無の判断するに当たっては,当該発明が目的とした解決課題(作用・効果等)を的確に把握した上で,それとの関係で「解決課題の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠となる。
上記のとおり,当該発明が容易に想到できたか否かは総合的な判断であるから,当該発明が容易であったとするためには,「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく,「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合がある。
すなわち,たとえ「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」としても,「解決課題の設定・着眼がユニークであった場合」(例えば,一般には着想しない課題を設定した場合等)には,当然には,当該発明が容易想到であるということはできない。ところで,「解決課題の設定が容易であったこと」についての判断は,着想それ自体の容易性が対象とされるため,事後的・主観的な判断が入りやすいことから,そのような判断を防止するためにも,証拠に基づいた論理的な説明が不可欠となる。また,その前提として,当該発明が目的とした解決課題を正確に把握することは,当該発明の容易想到性の結論を導く上で,とりわけ重要であることはいうまでもない。』
つまり、解決課題がユニークであった場合、課題解決のために特定の構成を採用することが容易であるだけでは足らず、解決課題の設定について容易であったことを示す「証拠」が必要ということです。
そして、裁判所は、
『審決は,前記甲18,19及び32の例から,「換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別して廃棄すること(を容易にすること)」は,周知の技術的課題であることから,当業者は,甲2に接すれば,上記の課題を解決するため,接着剤成分が溶解または膨潤するものを選択することが容易であると判断している。
しかし,審決は,上記課題が周知であるとすると,なにゆえ本件発明1の引用発明(発明A)との相違点に係る構成が容易に想到できることになるのかに関する論理について,合理的な理由を示していない点において,妥当を欠く。のみならず,甲18,19及び32の記載を子細に検討してみても,本件発明1が解決課題としている「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」と同様の解決課題を示唆するものはない。
すなわち,①甲18,19及び32は,換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠及びフィルター材の廃棄を容易にするものではあるものの,いずれも,金属製フィルター枠とフィルター材とが「接着剤で接着されている」ことを前提とした発明とは異なる技術を示すものである。また,②甲18記載のレンジフード用フィルターは,金属製フィルター枠と不織布製フィルター材が「強固に接着されている換気扇フィルター」ではなく,「金属箔を成形可能な繊維不織布に代えることにより金網フイルターへの取り付けを簡略化すると共に使用後の廃棄に際し,分別することなく全体を容易に家庭ゴミとして処分せしめることを目的とする」ものであり,本件発明1とは,解決課題及び解決手段において異なる。さらに,③甲19も,金属箔製の換気扇カバー枠体と金属繊維を用いたフィルターから構成され,フィルター部分と換気扇カバー枠体とを分離する必要性を解消させて,そのまま一体物として出しても問題が起き難く,ゴミとして出す場合の作業性に優れ,かつ,再資源化が容易な換気扇カバーを提供することを目的としており,本件発明1とは解決手段において異なる。
すなわち,本件発明1は,フィルター枠とフィルターとの剥離を容易にしようとすることを目的とするのに対し,甲18,19は,一体物としてゴミ出しをしても問題が生じることがないようにして,作業を高めるものであって,本件発明1における,解決課題の設定及び解決手段は,全く逆であって,本件発明1の異なる構成に想到することを容易とする技術が示唆されているものとはいえない。
以上のとおり,甲18,19及び32において,本件発明1と発明Aとの相違点(相違点A)に係る構成,すなわち,「接着剤につき,本件発明1では,皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いているのに対し,発明Aでは,かかる接着剤を用いていない点。」に関する解決課題及び解決手段についての示唆はない。
したがって,審決において,本件発明1における「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得ることを容易化すること」という解決課題設定及び解決手段の達成が容易に想到できたとの点について,証拠を基礎とした客観的合理的な論理に基づいた説明が示されていると判断することはできない。』と判示しました。
◆KOIP感想
発明の課題を記載する際はかなり気を使います。つまり、詳しく書くと特許性は向上しやすいものの、書きすぎると権利範囲を狭めることにもなりかねません。一方で、上位概念的に書くと権利範囲を狭める可能性は低減できるものの、特許性向上にあまり寄与しないことがあります。
そして、「これはすごい」と感じる発明の場合、なるべく広い権利範囲をとりたいので発明の課題には更に気を使うことになります。そういった発明ほど、後から見ると本当に簡単そうに思えてしまうからです(課題も、誰でも簡単に思いつきそうに思えてしまいます)。
しかし、それは後知恵であることが多いのが実際です。すごい発明であればあるほど、それに至るための発明の課題は発明者のこれまでの経験やひらめきに大きく関わってくることが多いので、上記裁判例で言うような「証拠を基礎とした客観的合理的な論理に基づいた説明」はほとんどできないと思います。
発明の多くは既存技術の組み合わせと言えますが、Aという既存技術とBという既存技術とを組み合わせる場合、AとBとが非常に「離れた」技術であれば、それを組み合わせようとは通常は思いません。しかし、発明者が何らかのアイデアによりAとBとを組み合わせた場合、アッと驚くような発明が生まれることがあります。この「アイデア」を何らかの証拠により客観的な論理によって説明できれば進歩性を否定できるかもしれませんが、それはなかなか難しい話だと思います。
最近では上記裁判例のように少なくとも裁判所では発明の課題を適切に把握し、そして把握した課題が進歩性判断の重要な要素になるので、特許性向上と権利範囲の広狭とをバランスさせ、かつ、明細書の「記載個所」にも気を配って「発明の課題」等を記載していくことが後々効いてくるのだろうと思います。
by KOIP
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