アート作品、芸術作品は基本的に一品製作物なので、その現物があるところに行かなければ観ることができません。しかし、複製品や模写などがあれば、現物があるところに行かなくても観ることができます。
しかし、例えば、壁画など、その下地がその場にしかないような作品の場合、どうしても「質感」まで再現するということは難しいと思います。
そういった課題を解決するような特許を、東京藝術大学が持っています。
◆どんな特許か?
発明の名称を『質感を表現した素材の製造方法及び絵画の製作方法、質感を表現した素材及び絵画、建築用材料』とする特許(特許4559524)がそれです。
上記特許の特許公報の段落[0004]に発明が解決しようとする課題が記載されています。
『岩や石・土等(以下、「岩等」という。)でできた支持材・基底材の上に直接描かれた壁画や、天井、床、塀、屋根、窓、扉、柱、梁、枠等の建築物に描かれた絵画の模写を行う際、オリジナルと模様や色がまったく同じ岩等を用意することは困難である。その上大きい画面を必要とすると、岩等が衝撃などで割れないようにするために、十分な厚さが必要となってしまい、非常に重たくなってしまう。従来、これらの理由により岩等に直接描かれた壁画等の絵画の模写・複製の場合、小さい画面でトリミングして描くことしかできず、絵画の規模や造形を表現することができなった。また、従来は、例え小さな画面で描いたとしても軽量化には限界があり、取り扱い・運搬・展示などに支障をきたしていた。』
つまり、岩等でできた支持材上に直接描かれた壁画や、建築物に描かれた絵画の模写をする場合、これらの作品に使われている壁や建築物と全く同一の岩等の材料を用意することは困難です。また、オリジナルが巨大だと、同様の材料を用意したとしても非常に重くなってしまいます。そのため従来は、オリジナル作品を小さい領域にトリミングして描く必要がありましたが、オリジナルを適切に表現することが困難であり、小さい領域を描いても軽量化には限界があったとのことです。
そこで、『絵画が描かれた岩等と同様の質感(マチエール)を紙・布等のような薄く軽量な素材を用いて表現及び形成すること』等を目的として、上記特許に係る発明が創作されました。
上記特許の請求項1のみを見てみます。
『和紙若しくは他の紙又は布を用いた支持体に、胡粉若しくは白色系顔料又は他の顔料又
は染料を、膠又は接着剤の水溶液で溶いて水を加え、下塗りを施す工程と、
表現する岩又は素材又は基底材の版下を製版したスクリーンを用い、第1の岩絵具を膠又は接着剤の水溶液で溶いて水を加え、糊又は増粘剤を加えたものをインクとし、シルクスクリーン印刷する工程と、
第2の岩絵具を膠又は接着剤の水溶液で溶いて水を加え、塗布した後、表現する岩又は素材又は基底材の表情をつけるため、ブラシでたたき込むことで上塗りを施す工程と、を含む質感を表現した素材の製造方法。』
おおざっぱに言えば、和紙等に岩絵具を使ってスクリーン印刷し、更に他の岩絵具を使って表情を付けることで質感が表現された素材が製造される、というところでしょうか。例えば、壁画等のデジタルデータがあれば、和紙等に岩絵具を使って印刷し、更にブラシでたたく工程を経ることで、オリジナルに近い質感まで表現された模写が出来上がることになります。
上記特許の特許公報の段落[0013]にも『一般に、岩等を砕くことによって製造されている岩絵具という、岩等と同素材の絵具を、本発明によると、和紙に使用して製作するため、本物の岩等と同様の質感が非常に軽く且つ薄く表現することができる。また、本発明によると、シルクスクリーンとインクジェット機等のプリンタで印刷をするため、表現したい岩等の写真データを用意することができれば、いかなる種類・模様・色の岩等であっても製作が可能である(以下略)』と記載されています。
◆模写というか、文化財保護がキッカケだったと思われる
東京藝術大学のHPにも上記特許が紹介されていますが、古墳の壁画の調査・記録が元々のキッカケだったようです。古墳の壁画なので持ち運びはできず、一般公開して温度変化や湿度変化が激しい状況にしてしまうと、壁画が損傷してしまいます。
そこで、模写や複製品の登場というわけですが、単なる模写等では時間がかかるだけではなく、本物の質感を表現することはできません。そのため、上記のような発明がなされた、というわけですね。
上記HPには、『この方法により、岩や岩絵具の質感を薄い紙の上に表現でき、岩を非常に薄く軽く表現することが可能となりました。』と記載されています。本物そっくりの質感を紙の上に表現できるわけですから、軽くて持ち運び容易なので、様々な美術館や博物館にもっていくことができそうです。
アート作品をデジタル化したとしても、質感まではデジタル化できません。何らかの方法で人間が感じ取ることができるカタチにする必要があります。もちろん、将来的には人間の感覚器官に電気刺激を与え、実物がなくてもあたかも実物の質感を感じ取ることができるようなデバイスが発明されるかもしれませんが、それはあくまでも電気刺激であって「モノ」がある訳ではありません。そういった観点からも、上記特許に係る発明はとても良い発明だと思います。
by KOIP
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