5月19日の記事で、周知な商品表示(旧不正競争防止法1条1項1号)を有する会社が倒産した後、その商品表示を構成する主要な容器の意匠を譲り受けたX1、X2については、同表示にも関わらず、周知性が認められなかったバター飴容器事件(札幌高裁昭和55(ラ)34 昭和56年1月31日決定)を紹介しました。

 なお、19日の記事では触れなかったのですが、どの部分が、商品表示なのか周知性を認めた札幌地裁昭和50(モ)920 昭和51年12月8日判決を、よくよく読んでいくと複数あるようです。

 すなわち、『本件容器、ラベル、包装箱を含めて全体として、債権者、債務者の商品表示を比較すると、』とあるので、商品表示はこれら全体であるが、『…その商品のイメージを構成する主要な部分は、バター飴の容器としてステンレス製牛乳缶型容器を使用している』とあり、かつ、『債権者の本件容器の胴の部分に牛と北海道の地図のマークを組合せた打出しがあることは細部の違いに過ぎず』とあるので、ステンレス製牛乳缶型容器が商品の要部と考えられたと言えそうです。

 BLM私見では、本件では、譲渡の仕方が中途半端だったのではないか、つまり、容器の意匠のみ譲渡されたとも捉え、かつ、この容器自体では意匠権を取得していなかったことを考えると、それ単体で、不正競争防止法で争うという場合は、結局、譲受人側でも周知性を取得したことを主張立証する必要があるということになるのだろうと思います。

 

 では、どのような場合に周知性(著名性)の承継が認められるのか、今日は、以下をちょっと見ていきます。

 

VAN 事件(東京高裁平成10年(行ケ)第202号平成11年4月13日判決)

 被告は、第22類の「はき物、かさ、つえ、これらの部品及び附属品」を指定商品とする下記商標(登録第1880128号)(昭和59年3月5日出願、昭和61年8月28日登録、以下「本件商標」。)の商標権者です。

 原告は、商標法4条1項7、8、15号を理由に、下記引用商標等を引用して、本件商標の商標登録の無効の審判を請求しましたが、不成立とする審決がなされました。原告は、かかる審決に対し、取消訴訟を提起しました。

(別紙の商標は、LEX/DBインターネットデータベースより引用)

 

 

 今日は15号の判断のうち、「著名性」の認定に着目します。

 

 同号は、「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)」と規定され、周知・著名性は要件となっていませんが、同号は『周知表示又は著名表示へのただ乗り(フリーライド)及び当該表示の希釈化(ダイリューション)を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護することを目的とするものといえよう』(髙部眞規子「実務詳説 商標関係訴訟」金融財政事情研究会249頁)と説明されるように、商標の使用により一定程度、周知、著名に至った登録商標と抵触する出願又は登録が適用対象となります。

 

 VAN事件について、上記書籍で、『商標法4条1項15号の判断の基準時は、商標登録出願時及び査定時であるから、引用商標について著名性の継続があるか否かは、事実認定の問題である。破産した企業が保有していた被服等についての著名商標が譲渡された場合にも、譲受人について商標の著名性を肯定した上、これを引用商標として商標法4条1項15号該当を認めた事実がある(東京高判平成11・4・13判時1685号86頁〔VAN事件〕)』(髙部253頁)と説明されています。

 

 では、判決を見ていきますと、

 まず裁判所は、『旧社ないし昭和49年に旧社に合併された株式会社ヴァンヂャケットは、服飾関係の会社であったが、昭和30年代後半にアイビールックの流行をひき起こし、「アイビーのVAN」などと呼ばれて若者に非常に人気があり、昭和49ないし51年ころには300億円以上の年商を売り上げていたが、その商品であるジャケット、トレーナー、シャツ等の多くには、別紙(3)ないし(6)商標や「VAN/・JAC・」商標が付されていたこと、旧社と日本製靴株式会社と提携して、「VAN/・JAC・」商標の下に「REGAL」商標を付した靴が販売され、昭和40年ころには爆発的な売れ行きを示したことを認め』、『別紙(3)ないし(6)商標は、その大きな部分を占める「VAN/・JAC・」商標が極めて人目を引くものであることを総合すると、昭和51年ころには、「VAN/・JAC・」商標は、旧社の商標として、ファッション関係の取引者、需要者の間で非常に著名なものであった』と認めました。


 次に、旧社から原告への「VAN/・JAC・」商標の譲渡の事実について、判決では、『旧社は昭和53年4月6日に倒産し、同年10月12日に破産宣告を受けた後、各事実を精査した上、『「VAN/・JAC・」商標は、上記譲渡契約によって、破産裁判所の許可を得た旧社破産管財人から原告に譲渡された事実を認めることができる』としました。

 BLM私見では、譲渡対象が登録商標を含み、バター飴事件が当事者間では対象が明確であったとはいえ、客観的には、権利の対象が、いわば掴みどころがないものとは異なる事例かと思います。

 

  えー?うーんはてなマークにやりひらめき電球

 

 そして、以下が重要な点ですが、譲渡を受けた後、著名性を引き継いだのか、という話になるのですが、なるほどこういう事実があったのかと、思います。

 

 譲受人である原告の商標としての「VAN/・JAC・」商標の著名性については、

『「Hot Dog PRESS」(昭和56 年8月10日株式会社講談社発行)には、「いまこそVAN精神を学びたい!」 (表紙)、「VANが再建されるという。兄貴たちから伝説のように聞かされたあのVANが帰ってくるのだ。アイビー・シーンがどう変わるのか、ドキドキ」(66頁)、「78年4月6日。VAN がなんと500億円もの負債を抱えて倒産した日である。「そうか、もう、あの見慣れた“VAN”の 三つ文字を見ることもなくなってしまうのか」・・・が、現実はそうはならなかった。倒産の翌年の 79年1月には、青山通りにヤタラとVANの袋を持った連中が出現していたのだ。・・・組合の力 で、・・・在庫処分というスタイルでVANの商品を売り始めたのだ。さらに3月には組合が母体と なって生まれたヴァン・カンパニーがケント・ショップをオープン・・・その後もヴァン・カンパニ ー系列の店は次々と増え・・・現在は全国で堂々8店が開業するまでになった。そして、ご存じのと おり、遂にヴァン・ヂャケットも再建された・・・ヴァン・カンパニーや全国のメンズ・ショップに 新生VANの商品が並ぶ日も近いようだ。』等の事実とともに、『第1期(昭和54年11月16日から昭和55年10月31日まで)に は、4億8000万円余、』…『第5期(昭和 58年7月1日から昭和59年6月30日まで)にはいずれも約14億円程度の売上高があった』こと等を認めています。

 

『「別冊Hot Dog PRESS FASHION SPECIA L 石津謙介のNEW IVY BOOK」(昭和58年10月10日株式会社講談社発行)には、 「ホットドッグ・プレスの読者ファッション・アンケートで、最も好き、最も買いたいブランドのナンバー・ワンの座をしめたVAN。再びよみがえったVAN、そんなVANに敬意をこめて、この4 ページを構成しました。」(194頁)として、同頁から197頁まで「VAN/・JAC・」商標 を使用した旧社の広告や、別紙(5)商標を付した原告のブレザーを「VANのエンブレム付きフラノ・ブレザー」等と紹介する記載があ』り、原告は、『昭和55年12月3日から 昭和56年11月30日までは約2億6000万円』…『昭和58年8月1日から昭和59年7月31日までは11億6000万円をそれぞれ超える売上高があったこと、昭和58、9年ころの原告の製造する商品の多くには、「VAN/・JAC・」商標が使用されていた』こと等を認めています。


 裁判所は、『以上の事実によれば、旧社破産後も、「VAN/・JAC・」商標は、なお旧社の商標として著名であって、これを付した商品は強い顧客吸引力を有しており、原告がこれを前記譲渡契約によって譲り受けて使用したことによって、一般の取引者、需要者は、原告を旧社が再建された会社ないし旧社を継承する会社と認識し、原告の製造する「VAN/・JAC・」商標を付した商品について、最も買いたいブランドと考える需要者が多数現れ、また、「VAN/・JAC・」商標を付した商品の顧客吸引力に期待して特約小売店舗となる業者が数十業者にのぼるなどの状況であった』と認め、『「VAN/・JAC・」商標は、本件商標の出願時には、原告の商標として著名であった』と認めました。

 なお、『原告の売上高は、旧社のそれと比較して相当少ない』としたものの、『「VAN/・JAC・」商標は、旧社の倒産、破産後もなお著名であり、一般の取引者、需要者は、原告を旧社が再建された会社ないし旧社を継承する会社と認識したのであるから、原告の売上高が前記認定の程度であることは、「VAN/・JAC・」商標は、本件商標の出願時には、原告の商標として著名であったとの前記認定を左右するものではない。』としています。

 

 以上を検討するに、一事例のみでは確固とした意見は言えないとは思うのですが、BLM私見では、当事者間の商標の譲渡契約は、それが客観的なものであれば、一定の手続きを経て(例えば特許庁への移転登録申請により)、移転されるものと考えますが、商標の周知性又は著名性の承継が認められるには、「一般の取引者、需要者は、原告を旧社が再建された会社ないし旧社を継承する会社と認識し」たか否かにかかっているように思います。

 

VAN事件に対する渋谷達紀先生の見解(肯定説)

 渋谷先生は、『周知表示が譲渡された場合に、その表示がしばらくの間、譲渡人の商品や営業を示すものとして周知であるとしても、譲渡人は表示の使用について固有かつ正当な利益を失っている。その利益を有する者は、譲受人であるから、周知表示の冒用によって営業上の利益を侵害されるときは、譲受人は差止などを請求することができる(東京高判昭和48・10・9 無体裁集5巻2号381頁)。譲受人の表示として周知であることを要求する事例(札幌高裁決昭和56・1・31 判タ440号147頁)もないわけではないが、そのように解釈すると、商品の出所や営業の主体には、匿名の存在であるものが少なくないから、請求権者の範囲が狭く限定されることになる。また、請求権者を周知表示の譲渡人に限ると、表示が自分のものでなくなっている譲渡人には、混同将来行為を防止する動機がないから違法行為が放任されることにもなりかねない。』と述べておられます。

 さらにVAN事件については、『譲受人は、著名表示「VAN」の使用について固有かつ正当な利益を有しているので、利害関係人として、登録無効審判を請求することができるのである。』としています。(渋谷達紀「知的財産法講義III[第2版]」(第2版・2008年・有斐閣)57頁)

 

否定説

 清水節先生は、「周知性の承継の可否 バター飴容器事件(札幌高裁昭和56年1月31日決定)」『別冊ジュリストNo.188 商標・意匠・不正競争判例百選』138-139(2007)における解説で、「自らの商品表示が周知性を取得していない者が、不正競争防止法上の保護を受けるために、第三者の有する周知性または周知表示を承継することができるか否かについては、学説が分かれている」と説明されておられます(5月19日の記事)。今日は渋谷先生の説(肯定説)を紹介しましたが。今後、おいおい否定説についても見ていきたいと思います。

 

by BLM

 

 

 

 

 

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