新型コロナで観光業・旅行業は大きな打撃を受けています。十分に気を付けていれば大丈夫かもとは思っても、やはり、二の足を踏んでしまいますね。私も本当は温泉などに行きたいのですが、現時点ではなかなか難しい感じです。
そのため、「巣ごもり需要」が伸びているようです(→ニュースはコチラ)。また、旅行に行けないとなると、自宅でリラックスできるようなものも売れるかもしれません。
例えば、弁理士会の『ヒット商品を支えた知的財産権 Vol.52』に紹介されている、ツムラライフサイエンス株式会社(現在の株式会社バスクリン)の「きき湯」という入浴剤があります。
この入浴剤の開発プロセスは、発明などの「発想」にとても参考になるので少し検討してみましょう。なお、以下の『 』内は、上記『ヒット商品を支えた知的財産権 Vol.52』をKOIPが引用、加工しました。
◆「きき湯」のコンセプトはどこから来たか?
まず、『各地の温泉を研究してきた開発チームは、新しい商品の着想を、日本一の炭酸泉である大分県・長湯温泉で得』、そこから『長湯温泉の肌にまとわりつく泡の感覚から、豊富な発泡というテーマ』を創出しました。
温泉の泡といっても、入浴している人が心地よいと感じる泡ってどんなものか?を数値化することは難しいでしょう。とすると、開発チームの人々には、科学的知識だけでなく「五感」(五感の全て若しくは一部)、つまり、温泉に入ったときにどんな雰囲気でどんな感覚のお湯に浸かったかを感じ取る力が要求されると思います。
といっても「五感」を培うのは一朝一夕ではいかないでしょう。上記記事では『各地の温泉を研究してきた』とあるので、きっと開発チームの人たちは、「研究のための出張?」と称して、全国の温泉に入りまくったのではないか、と推測します(体はふやけ、もしかしたらのぼせるかもしれませんが、楽しそうですね。)。
つまり、実際に体験した感覚を基に、温泉の泡を『肌にまとわりつく豊富な発泡』『湯の底から湧き上がるような発泡』というコンセプトに具体化し、皆で共有できるようにしたと考えられます。
「五感(若しくは感性)」でとらえたことも言葉にして共有することで、複数の人々の力を合わせることができるので、コンセプトを言葉などで「見える化」することは非常に重要です。
◆コンセプトをモノとしてどう具体化したか?-入浴剤の形状
通常、入浴剤の形状は、粉末状や顆粒状、又は錠剤ですよね。開発チームは、『湯の底から湧き上がるような発泡』を実現するために様々な『温泉ミネラルと有機酸、炭酸塩の種類・配合量の組み合わせ』を試しました。
そして、『試作した発泡形成物が小さく砕けたものを、なにげなく浴湯に投入』するという偶然の結果、あるアイデアが生まれました。
それが、『ブリケット』という形状です。ブリケットは、『顆粒より大きく、錠剤よりは小さいランダムな形』のものをいいます。
試験をした結果、『湧き上がるような発泡』を実現できることを開発チームは見出したのでした。
◆「感性」による発想のマネジメントの在り方(私見)
上記「きき湯」の形状にたどり着いたのは、一見、偶然に見えます。しかし、偶然に見えたとしても、そこには確固とした発想のマネジメントがあると考えます。
つまり、
偶然発生した現象を見逃さないこと(現象をヒントとして捉える事)
偶然発生した現象を基に製品の実現に向けて努力をすること
の2つが少なくともあると考えられます。
「きき湯」の開発では、通常なら廃棄するであろう試作品の屑をお湯に投入し、その発泡を目にした開発者がそこからヒントを得、実現に向け努力した点がポイントです。ある現象を偶然発生させるようにマネジメントすることは不可能ですが、偶然に発生した現象をヒントとして捉えることのできる素地を提供すること、及び捉えたヒントをヒントで留めるのではなく、ヒントを基に製品の実現に向けてマネジメントすることは可能だと思います。詳しく検討してみます。
-偶然発生した現象をヒントとして捉える素地の提供
「湧きあがるような発泡」というコンセプトを実現すべく、開発者は様々な試作品を作製していました。しかし、なかなかコンセプト通りの発泡は得られません。そのような状況下で、試作品の屑をお湯に投入したときの発泡を、開発者はたまたま観察したと思いますが、それを見た開発者は、「ブリケット」という形状が有効であると思いついています。
入浴剤の屑といっても、その大きさ、形状は様々存在したはずです。その中に、おそらく、現在販売されている「ブリケット」形状に近いものが含まれており、その形状の屑の発泡が、開発者のイメージに合致したのでしょう。
開発者は、「湧きあがる発泡」の実現に向けて懸命に努力していたため、屑から発せられる泡を見てピンと来たのだと思います。努力していなければ、屑から出てくる泡を見ても何も思いつかないでしょうし、そもそもその泡を観察すらしないかもしれません。
つまり、予め解決すべき課題が明確に開発者の中にあり、かつ、課題の解決に向けて懸命に努力していたため、たまたま起こった事象もよく観察し、観察結果をヒントとして「ブリケット形状」を発想できたと考えられます。このようにできた理由は、開発チームが各地の温泉地をめぐっていたであろうことも影響しているはずです。
すなわち、入浴剤の開発において最も重要な「入浴する人」の感性を、温泉巡りで実際に体験し、それを基に入浴剤の開発、改良を進めていたからこそ、発泡の様子が目に飛び込んできたときに、「これだ!」と発想したのではないでしょうか?
入浴剤を、温泉地のお湯の成分を単に再現するモノ、というように捉えていては、温泉地を巡って入浴する必要はありません。各地の温泉の成分データを入手すれば済むからです(温泉を送ってもらって分析すれば済む話です)。
しかし、「きき湯」開発者は、温泉地に赴いていたと考えられます。つまり、「入浴剤は単に温泉地のお湯を再現することではなく、入浴する人の感性に訴えるモノである」という考えを持っていたからではないかと推測します。だからこそ、『長湯温泉の肌にまとわりつく泡の感覚から、豊富な発泡というテーマ』が出てきたのでしょう。『泡の感覚』を体験していなければ、このようなテーマは出て来ようがありません。
このように偶然をヒントとして捉えるには何らかの問題意識・課題を予め「明確に」認識しておくことが有効で、体験をもとに問題意識・課題を設定することが、偶然を必然に変える第1歩だと考えます。
-偶然発生した現象をヒントにし、製品の実現に向けて努力をすること
そして、得られたヒントをお蔵入りさせては意味がありません。
「きき湯」の開発者は、「ブリケット」形状を実現すべく、製造方法について試行錯誤しました。入浴剤の成分の種類や配合量の組合せを色々と検討し、様々な失敗を経験したでしょう。
しかし、失敗にもめげず開発者は、「ブリケット」形状の入浴剤の開発、量産工程の確立に成功しています。
これは、開発者自身が『湧き上がる発泡』という「実物」を体験しているため、開発の成功時の状況を具体的に明確にイメージとして持っていたからだと考えます。もし成功イメージを具体的に思い浮かべることができない状態であったならば、失敗にめげ、開発を諦めていたかもしれません。
したがって、ヒント・発想が得られた後のマネジメントとしては、ヒト・モノ・カネ・情報の供給をバックアップすることはもちろんですが、それだけではなく、成功時のイメージを具体化して共有するプロセスを、開発初期に入れることが必要になると考えます。開発のゴールとして、具体的なイメージがあるとないとでは、開発者のやる気の持続性に大きな違いが生じる気がします。
◆おまけ
ちなみに、「きき湯」には特許があります(特許4014546号)。
その請求項1の記載は、
『有機酸と炭酸塩を含有する固形浴用剤組成物であって、有機酸としてリンゴ酸とフマル酸との混合物を用い、かつ組成物全体のリンゴ酸の含有量が20~40質量%、フマル酸の含有量が2~10質量%、炭酸塩の含有量が20~60質量%であり、ブリケットであることを特徴とする固形浴用剤組成物。』
となっています(下線は、出願後、補正により入ったことを示します)。
「ブリケット」という形状の限定が入っていますね。ここが、この特許の肝ということです。
(Photo by BLM 渋谷カフェにて。本文とは関係ありません)
by KOIP
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