地球に貢献するには(1) | Bliss of Gaia 〜本当の自分を生きよう〜

Bliss of Gaia 〜本当の自分を生きよう〜

新しい地球では「本質で生きる」「自立する」がキーワード。
本質で生き、自由に自分の世界を創造していくことをナビゲートします。

前回の続きです。

背伸びをしたおままごとはやめなさい

というメッセージ。


シェアしようかどうか迷っていたのは、

かなり厳しいメッセージであること、

やや批判的にとられかねないこと、

自分自身、100%それに沿えている自信がまたはっきりとは持てなかったこと、

などが原因でした。


さて、これをシェアするにあたり、かなりの時間がかかりました。
というのも真意を伝えるのに、どう伝えればよいのかが難しく、今の私の表現力に限界があるからです。
真意が曲がって理解されたら困るので、まわりくどい話になるかもしれませんが、ご興味があればお付き合いくださいm(_ _)m

また、ご存知でしょうが、私は完璧な人間ではありませんから、偉そうなことを言える立場ではまったくありません。
ですから、これらは誰かを批判する意図はなく、私が自分を律する上で使っている指標であるとご理解くださいm(_ _)m

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私はずっと、私自身の上の人(守護神)を厳しいなぁと思っていて、その無口な方に、ときには泣き言を言ったり、「もっと優しくしてよ」と悪態をついたりしてきました。
でも、最近本当の意味で理解でき始めたと感じることの一つに、「スピリチュアルを仕事にすることの本質とリスク」があって、これまで私は上の人にどれだけ愛され、守られ、導かれてきたのかに気づき、深く感謝しました。

その全ては長くなるので詳細は省きますが、一つシェアしたいことがあります。

もしあなたがスピリチュアルなことを仕事としたいと思っている、もしくは実際にしている場合(有償でも無償でも)、自分のエゴの真意(動機)を見極めるのに使えるなと思う質問があります。

「もし『あなたが宇宙や地球、そして人類にに最も貢献できる道は、人知れず公衆トイレを掃除して歩くことです。それは世界に多大なる貢献をすることになりますが、誰からも気づかれず賞賛されないかもしれません。しかもその仕事を続けるためには常に自分の身を清めておくような生活をしなければなりません。それは時にとても孤独な道です』と神様に教えられたら、あなたはそれをすることを選べますか?」

これにイエスと言えるか?

誤解しないでくださいね。
トイレ掃除が悪いというわけではありません。それどころか、人のお役に立つ素晴らしい仕事です。
世の中一般で我先にやりたいと言われにくい仕事の比喩として使わせていただきました。


正直な話、スピリチュアルなことを仕事にしたいなぁと漠然と思っていた頃の私は、これに「ハイ」と即答することはできなかったです。
(今は手段はなんでもいいと思っています)

そしてまた同時に、世の中に溢れる情報の矛盾に混乱もしていました…

その「混乱」に関して、本題に入る前に一つお話ししたいことがあります。

近年、世間では、 

「好きなことをやってワクワクを追求すれば幸せになれ、豊かになれる」

「辛抱や覚悟や修行なんて古臭い!~ねばならないから脱しよう」

「引き寄せで豊かにハッピーライフ」

とかって流行っていますよね。

ここでは自分の本音を生きること、欲望に嘘をつかず忠実に満たしてあげることなとが焦点です。
そしてそれ自体は全く間違っていないし、実際、それが今の日本に必要なメッセージだから広まってきたのだと思います。  

ただ、これは真理の一面でしかなく、その真意もやや曲がった形で理解されているケースは少なくないと思います。
そして収入やセミナーなどの集客、やりたいことにお金が使えるか、有名かどうかということが豊かさの指標として使われる傾向にあるようです。

一方、

「魂を成長させるためには、生活習慣を律し、エゴの暴走を厳しく見張り、様々な不要なものをそぎ落としていかなければならない」

とも言われますね。

素晴らしい生き方をされているなと感じる方の中には、幸せそうでも、社会的には普通であったり、生活はギリギリという人もいます。

どちらの発信も理解できるけど、お互いは矛盾しているようにも見えます。
そして何より、私自身の「理解」が進み、内側が平和になるほど、社会的成功への興味が薄れていって、社会的には退化した様に思えるのはなんでだろう?と思っていました。


そんな時、魂のステージ(成熟度)という概念に出会いました。
それについて書かれた殆どが古い書籍になるので、私が実際に手にできたのはこの本です。

惑星地球を癒す5つの魂
宇宙進化の鍵
ジョヤ・ホープ著

これは1990年代前半に書かれたものなので、各国の描写など内容的にはかなり古く、私も全てを読んではおらず、全部に納得しているわけでもありませんが、大まかなことを理解するには役立ちました。
この本では、地球人の魂を
乳児期、幼児期、青年期、成熟期、老年期に分けてあります。
(もっと細かく分けている本もあるみたいですが、高価だったので購入せず…。)

すみません、全部転記する気力がないので、写真で…
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各期についてはもう少し詳しい説明がありますが、大まかな感じは掴んでいただけるかと思います。

どうも近年流行りの発信はここで言う「幼児期」の魂を「青年期」に押し上げるためのものだったのではないかと思ったのです。
日本がステージを移行させなければいけない時期がきているということでしょう。
(因みに、本文中にも書かれていますが、あるレベルが他のレベルより優れているわけでも、劣っているわけでもありません全てのレベルが相互作用を持って人類の成長に影響を与えているのです。)

ですから、幼児期の魂を持つ者、そして幼児期の魂の影響を強く受けている魂にとても響く内容なのではないのかなと思います。

全体的には、現在日本は青年期主流の社会から、成熟期主流の社会へと移行しようとしているところにあるのではないかと私は思っています。
(あくまでも私の主観です)
その為に底上げが必要だったのかもしれません。

以前に世代の話をしましたが、「旧世代」ぐらいまでに、この幼年期の魂が多いのではないかなと思います。
日本の封建的な社会というのは、秩序と規律を好む幼年期の魂の割合が多い社会が作り出すからです。
もちろん「旧世代」だけではなく、その世代に育てられた後の世代もこの「幼年期」の魂の作り上げた社会概念に染まっていますから、今の社会の「大人」の大半が、この影響を色濃く受けている。
とりあえずそこからの脱却が必要だったのではないかなと思うのです。

ですが、青年期の魂は物質的なことに囚われる傾向にあります。これは一つの過程ですから、ここを通ることも必要で、必ずしも悪いことではないと思います。
また、青年期主流の社会で成功するには、青年期な魂であることは好都合ではあります。

一方老年期の魂というのは、内面的には豊かで賢いけれど、行動を重視する物資主義の世界ではあまり評価されないことが多い様です。
おそらく、現存する中で本質を突いているスピリチュアルリーダーやヒーラーは、この老年期の魂が多いのではないかと思いました。


ですから、流行りの考え方や教えには、一理あるわけなのですが、そこから脱却すべきステージにいるときに、それに留まったり、反対に、幼児期の魂が青年期を飛ばして成熟期や老年期の発信を理解しようと無理をしても、その歪みがくるのだと思います。

あなたの中にまだ満たされない部分や閉じている部分が大きいと感じたら、無理やりいい人を演じたり、他人を救うことで自分を満たそうとするよりも、直接自分を満たすことに集中することが最優先だと思います。

また、日本を含む先進国の大半が青年期の価値観が未だ色濃く残っている世界になります。
ところが近年急速にスピリチュアルな考えが広まったため、霊能者やヒーラー、スピリチュアルカウンセラーと言ったスピリチュアルな仕事に憧れる人も増えてきました。
その手のセミナーが増え、神社などを周ってご神事をしたりする方も増えてきました。
しかし、霊性が十分に伴わず、肉体・物質的な欲望が霊的な部分を上回る状態でこれを行うと、低級霊とのつながりによりこれらを行うことになりかねません。

前置きが長くなりましたが、ここからが本題になります。

以前にも何度か書きましたが、「霊能力の高さ」は必ずしも「霊性の高さ」や「人間性の高さ」に比例しないようです。

霊能力は、先天的に備わった一つの能力(先天的と言っても、必ずしも幼少期に発現するとは限らず、後発の場合も多い)であり、霊界と繋がりその影響力(エネルギー)を物質界に影響を及ぼすエネルギーに変換して降ろすことができる能力だと理解しています。
これは、運動能力が高いとか、頭がいい、とか言う他の能力となんら変わりがないものです。 
誰もが多少は持っている能力だけど、それを人生の目的に使うレベルにまで開ける人は、やはり限られているようです。
例えば、たいていの人が走ることはできるけれど、プロのアスリートになれる人は、その天性とそうなる計画を持ってきた人だけです。
それと同じで、霊能力も皆持っているものですが、それを使って貢献できるレベルとなると、その天性とそうなる計画を持ってきた人だけです。

ですが、霊能力は誰にでも多少はあるものですから、無理な禁欲的修行やセミナー・グループへの参加によっても一時的、部分的に開花するもののようです。
(なぜかは長くなるので割愛します)

霊能力を使って霊界とつながると言っても、霊界には様々なレベルがあります。
浮遊霊などの低級霊の階層から高級霊、はたまた惑星霊など人間ではなかなかコンタクトが取れない様な高次元のものまで。

どこと繋がっても「霊能力」です。

そこに問題があるのだと思います。
霊性や魂の成熟がともなわなければ、利どころか害にしかならないのが霊能力であると思います。
低級霊や闇の世界のターゲットになり、その影響力を地上に蔓延させる手助けをすることになるからです。
また、霊能力などないと思っている場合でも、ある種のことをやっていれば、無用に霊を引きつけることになります。(例えば、コックリさんなどのように。)

ですから、一見スピリチュアル的、または反スピリチュアル的に見えるセミナー(どちらも似た様なもの)などのリーダーが、華々しく成功し、フォロワーの物質欲を刺激したり、無理に霊能力を開発する様な場合、その背後で手助けをしているのは、低次の霊界であることは少なくないのではないかなと思います。


では、反対に「霊性の高さ」や「人間性の高さ」がある人の場合はどうでしょう?
「霊性の高さ」や「人間性の高さ」がある人が必ずしも霊能者であるとは限りません。
それは、実際に周りを見渡してみるとわかるかと思いますが、それぞれの分野で輝き、地球に大きな貢献をしている方々は、大抵「霊性の高さ」や「人間性の高さ」を備えていますが、魂の使命が「霊能者」や「ヒーラー」ではないだけなのです。

このことからもわかる様に、地球に貢献するには、必ずしも霊能者やヒーラーになる必要はないのです。

ただし、どの分野であっても霊性が高くなると、ある種の霊能力ともいえる感が冴えてくる様です。これは霊性の高さゆえ、それぞれの分野の高級霊からの支援を受け取りやすくなっていることに起因するのではないかと思います。

つまり、霊能者やヒーラーというのも、その他の何千とある役割の中の一つとして、先天的にその種を持って生まれてきているわけです。

ただし、霊能者やヒーラーという役割が、他の役割よりも気をつけなければならないことがある様に感じます。

それは、その「動機」と「生き方」なのではないかということです。

次回は「動機」から見ていきたいと思います。

つづく









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