前回の裁縫の記事を書いて思い出したことがありました。
うちの母は家政科を出ていたこともあるのか、器用で裁縫が得意だったんです。
私もフェルトやビーズで何かを作ったりするのが小学生の頃は好きでした。
夏休みの課題にも裁縫で何かを作っていったりしていたと記憶しています。
…が、母は教えることを面倒くさがり、やれ縫い目が粗いだの、センスが悪いだの結構ダメ出しをする癖がありました。



そんな私が高校生の時。
家庭科の授業の課題で、制服のブラウスを制作するっていうのがあったんです。
散々ダメ出しされていますから、その頃には自分は雑で裁縫には向かないと思っていた訳です。
ですから、さほど情熱もなく、適当に仕上げて、提出したのです。
ところがそのブラウス制作の点数。
2クラス合同の女子の中で、なんと1番
ただただびっくりしましたね。
当時はそれ以上何か思った訳ではないのですが、今思い返してみると、結局、得意不得意、できるできないなんて、分母(=比べる対象)がどこにあるかだけなんだなって思うのです。
サッカーが地域で1番上手だと思っている子だって、ブラジルにいったら普通以下かもしれないし、ブラジルで普通だと思っている子が日本のある町に来たらスーパースターかもしれない。
じゃあどこからが得意で、どこからが得意じゃないんだって話になるんだと思うんです。
結局、ただの比較論なんだなぁと。
だとしたら、上手い、上手くないより、
好きか、嫌いか、の方が重要なんじゃないかな?
私のブログを読んでくださっている
方は、スピリチュアルなことを多少なりと好きな方だと思うのですが、
スピリチュアルな能力でも、
見える、見えないとか、
流せる、流せないとか、
正直、そんなことにこだわっていること自体多分承認要求のためにスピリチュアルなことをやりたいだけなんだと思います。
スピリチュアルに生きるって、
もっと地に足が付いていて、
もっと普通なこと。
誰に認められなくてもやりたいか、やりたくないか、それが大切なんだと思うのです。
呼吸をするようにやりたいこと。
そのことを通じて、人は一番世界に貢献できるのだと思います。
少しでも多くの方が外ではなく自分の内に心を向けるきっかけになれば…。
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