幸せだなぁって思っている時に、未知の世界に飛び込んだり、変化をするって時、なんとなくうっすらと怖くなるんです。
幸せを感じていない時なら、新しいことの方が良い様に見えるからあまり躊躇もないのだけど、幸せだなぁって思っている時に、その場を抜け出して未知なるものに行くのは楽しみでもあり、なんだかソワソワもします。
でもその先にはもっと素敵な世界が広がっているかもしれないし、ドアは開けてみないと何もわからないのですよね。
このホリデー中はそんなことを感じています。
楽園…こんな景色が見える家に住みたいなぁ…)^o^(
更に、このホリデーの最中に、また一つ自分のことを知ることができました。
レイキやエネルギーヒーリングって、体や心の不調を「なおす」ってイメージが強いと思うし、よくその様に誤解されているなぁと思うのですが、本当は「魂の成長を促すツール」であると私は理解しています。
私は周りに色々と言われて、ずっと迷い悩んで来ましたが、辿り着いた結論はそこでした。
反対にその部分まで理解していない人は、本当にはレイキやエネルギーヒーリングの部類を理解していないのではないかと思うのです。
私は地球や宇宙のエネルギーワークをするのはとても好きだし、それをさせていただける身を頂いてきたことはすごくありがたく、幸せなことだと思っています。
そして、それと同じ気持ちを人相手のエネルギーワークに対しても感じています。
地球や宇宙の何処かに働きかけることはダイナミックで、大きな変化をもたらすけれど、それと同時に、人間一人ひとりが変化して行かなければ恒常的な変化にはならないのです。
だから私は人間に小さな宇宙を見ています。
小宇宙に働きかけることも、大宇宙に働きかけるかけることも、私にはどちらも大事なのです。



そんな私ですが、これまで家族や仲間内を除いては、殆どエネルギーワークを人間相手に行って来ませんでした。
ある方(Aさんとします)に、「人間相手のヒーリングやセッションなどをやらない方が良い、やってはいけない」と言われてからは、更にその傾向がありました。
自分の中では自分を納得させたつもりでしたが、ものすごい違和感とモヤモヤがありました。
それなのに、きっと私にはまだわからない知恵や叡智があるのだろうと、その言葉を鵜呑みにして自分を無理やり納得させようと必死でした。
それでも納得できなかった私は、自分を納得させるための証拠を探し始めました。
Aさんが正しいと自分に言い聞かすために、証拠を探しまわりました。
ものすごく他人軸でした。
それでも完全には納得できなかった他人軸な私の目の前に、宇宙は見せつけてくれました。
人間相手のセッションやヒーリングなどをやってはいけないと言ったAさんが、他の方(Bさんとします)にはそれを許していることを知ったのです。
Bさんがやっているのはれっきとしたエネルギーワークであり、レイキよりももっと色の濃いエネルギーを扱うものであるのに、それはエネルギーワークではないみたいだよと理解し、許している。
それに私はものすごい違和感を覚えました。
怒りなのか、吐き気なのかよくわからない感じで、モヤモヤしました。
それまでにも何度か感じたことがあったのですが、蓋をしてみないふりをして、無理やり自分を納得させてきました。
その方が都合が良かったからです。
この時はもう無視できないレベルでしたが、私はまたもや即座に蓋をしてしまいました。
見たくなかったからです。
それなのに、今回ホリデーに来て、体と心を少し緩めた拍子にうっかり蓋があいてしまいました。
あけてしまった蓋は元には戻らず、私はそれに向き合わざるをえませんでした。
そこでしっかりそのモヤモヤや怒りを感じてみたのです。
「なんで他の人に許すことを、私には許さないの?」
すると、あまりのことに唖然としてしまいました。
私にヒーリングワークをすることを許していなかったのは、他でもない私だったのだと気づいたのです。
私が、他人には許せることを私自身には許してなかったのだとハッキリと気がついてしまったのです。
Aさんは、私の想いを現実化するために、カルマをつくる危険を犯してまで一役かってくれていたのです。
これまでもそれを疑ったことはありましたが、こんなにもハッキリと腑に落ちたのは今回が初めてで、真新しい考えではないのに、ガツーンときました。
(「思考での理解」と「腑に落ちる」の違いですね)
きっと過去生などが絡んでがっちりと蓋をして来たのでしょうが、今生の私は「ヒーリングや他者への奉仕を通して自らの学びを体験すること」になっているようなので、今世において私とヒーリングは切っても切り離せないものなのではないかと思います。
それは何が対象であってもです。
それをなんらかの原因で自分に禁じてきた。
だけど魂の本音にまでは嘘はつけなくて、それは恐ろしいまでの違和感として私を襲い続けていました。
私は私自身に深く謝らなければなりません。
そして普段どんなに気をつけているつもりでも、人は頻繁に自分より他人を優先しているものなのだと改めて気がつきました。
先人がなんと言おうと、
賢者・聖人がなんと言おうと、
イエスキリストや仏陀がなんと言おうと、
あなたの感じることが、あなたの世界では一番大事。
あなたの感じることを優先してたとえ間違っても、それはそれでいいのです。
それは必要な回り道で、必要な学びなのだがら。
普段このブログを通じても散々言っていることなのに、私自身ができていなかったなんて恥ずかしいです
でもこれだけ気をつけていても、それは起こりうるということを改めて学ぶことができましたので、シェアさせていただきました。
少しでも多くの方が外ではなく自分の内に心を向けるきっかけになれば…。
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