最近また、ようやく知識ではなく体感で理解できたように思うことが幾つかありました。
「自分の環境は自分が創り出している」
「乗り越えられる試練しか与えられない」
「心を清め、愛を持って生きれば、大抵の困難は乗り越えられる」
「人のことは変えられない。変えられるのは自分だけ」
「人が成長する自由もしない自由も受け入れる」
「自分が変われば人も変わる、世界が変わる」
それは、スピリチュアルなことを学んでおられる方ならよく聞く言葉であり、なにも目新しいことではありません。
だけど、それを本当に忠実に理解して生きることができている人は多くはないのではないかなと思います。
少なくとも私は頭では理解していて、多少は実行できていても、それを人生の大きな試練に当てはめ、完全に生きることはできていなかった気がします。
それが最近ようやく身体が分かって来た気がしているのです。
自分の魂がウフフと喜んでいます( ^ω^ )
まだ具体的な物質としては現れてないけれど、エネルギーが流れ出しているのを感じて、ウキウキします。



何も仙人のように悟ろうと努力する必要も、俗に言う「清く正しい」人であろうとしなくてもいいのだと私はずっと思ってきましたが、やっぱりそれは当たっているみたいo(^▽^)o
それよりも大事だと感じるのは…
① 自分が自分に忠実であること。
② 人の真実・やり方をを鵜呑みにするのではなく、自分の真実・やり方を見つけること。
③ 意思の力だけでなんとかしようとしないこと(流れを読む)。
④ 自分が自分の世界を創っていることを忘れないこと。
①は、外側の神様に忠実に尽くすよりも大事だと思っています。
(詳しくは、「自分自神との対話」の過去ログを参考にしてください。)
清く正しい心を持つことは大事だけれど、これを勘違いして、いつも綺麗事、いつもポジティブに、ってやっていると、沢山自分自身に嘘を付くことになります。
それほど毒になり、自分自身の輝きを曇らせることは他にあまりないのではないかなと思います。
②は、私は比較的得意だったんです。
良くも悪くも頑固ちゃんですから(笑)、なかなか自分を誤魔化せません。
どれだけすごい人のいうことでも一旦自分で落とし込むまで鵜呑みにはできないのです。
お陰で遠回りをすることもあるかもしれないけれど、一旦見てみる、聞いてみる柔軟性とオープンさは一応持ち合わせているつもりなので、その時には見送りにしても、後に腑に落ちることもあります。
拝見していると、日本人の従順な性質からか、これが苦手な方が結構多いような気がします。
頑固すぎたり、慎重すぎたりして動けなくなっているよりは、まずはなんでも素直に鵜呑みにしてやってみる方がいいとは思いますが、度を越すと宗教的にもなりかねないなと思います。
③は私は苦手でした。
苦手と言うよりも、数年前までは意志の力だけでがむしゃらに目的を達成することがあまり良くないということすら気がついていなかったf^_^;
目標を設定したら、がむしゃらに泳ぐことで大抵のことは叶えて来ました。
それが正しいと思い込んでいました。
気がついていなかったんですね。
目標は海に辿り着くことで、私は流れを読みながら操縦していれば楽に川を下れることに。
私が立てた目標の中には、きっと今いる場所よりも川上にあったものもあって、私は流れに逆らい、無駄な力を消費して、一生懸命そこに辿り着いて満足していたけれど、それは大きな計画からしたら前進ではなく、後退していたのかもしれません。
(まあ、それ無駄ではなかったと思いますが)
頭では流れを読むとか、時期を読むとか、分かっていたつもりが、どうしても叶えたいことだったり、苦しさから抜けたいと思う時は、それが執着になり、盲目になり、どっちに向かって泳いでいるのかを見失うことって多くの人にあることではないかなとおもうのです。
人のことだとわかりやすいのに、自分のことはなかなか見えなかったりするかもしれません。
続きます…
