私には意図的に避けていた話題があります。
それは、子育て。
子供を産むのが遅かったので、ある程度の年はいっているものの、
まだ子育て四年目の新米。
そんな私が、子育てについて語ってよいものかと迷いもあったからなのですが、
現在の私のメインロールの一つでありますし、
日頃思っていることを自戒の意味も込めて書いてみたいと思います。
きっかけとなったのは、学生時代からの友人のあるメール。
彼女は、母親としては私の先輩。小学生のお子さんが二人います。
メールの中には、彼女が子供達が輝けるようにと、
できる範囲でベストな環境を用意してあげているつもりなこと、
でも子供達は一般受けが悪く、何かと評価が得られなくてかわいそうになること、
子供の意思を尊重してるけど、レールを敷いてやるのも一つなのかと迷っていること、
などが書かれてありました。
うちの息子は、まだ三歳とはいえ、もう三年保育所に通っているので、
私にも少しは彼女が経験していることを経験したことがあります。
親って、子供の事になると、自分のこと以上に悔しくなったり、
心配したりするものですね。
特に母親は、自分の中から出てきた子供。
父親に比べて冷静になりにくいところもあるのかな、と思います。
自分の子供には、誰からも好かれ、認められ、頭もよく、運動もでき、
素晴らしい人生を送って欲しい!
親なら誰しもが多少ならず持っている願望かと思います。
そこに、こういう思いが混じってしまうこともあるかもしれません。
この子には、私のような惨めな思いはして欲しくない!
叶えられなかった私の夢を叶えて欲しい!
私が憧れたような人になって欲しい!
ただ、そういった気持ちが湧き上がるとき、
私には思い出すようにしている事があります。
それは、この子は、一人の魂なのだと。
彼は、彼自身の人生の目的を持ってこの世に生まれて来たんだということ。
私達親は、彼らが今生で独り立ちするまで導き、見守る役割をになっているだけで、
彼を支配する権利はないこと。
やるべきことは、彼を私達の作品にすることではなく、
彼の自由意思を尊重し、そして彼の魂が輝けるように、
彼がどんな人間であっても無条件に愛されている存在であることを忘れない様に、
常々色んな形で伝えてあげること。
そして、彼が経験しに来たことを経験することを、見守ってあげられるように自分が強くなること。
それが例え、自分が望むような子供の幸せではなかったとしても。
これは、甘やかし、なんでも自由にさせるという意味ではありません。
彼が宇宙との繋がりをできるだけ忘れず、自分を大切にでき、
だから人も大切にできるようになる様に、という意味です。
親が子供を思うあまりに、自分の希望を子供に重ね、一喜一憂すると、
子供は、ありのままの自分ではダメなのだ、と勘違いしてしまう可能性がある…
私がそうであったように…と思うのです。
私の親、特に母親は、私のことをめいいっぱい愛してくれていました。
愛してるが故に、私に期待し、自分を満たしてくれることを望んだのだと思います。
私は、そんなに豊かではない暮らしの中でも、色々と与えてもらい、
教えてもらい、期待してもらい、本当に感謝しています。
でも、私が一番欲しくてたまらなかったのは、
「あなたがどんな貴方でも、私は見方よ、かわいいよ、愛しているよ」という言葉と
スキンシップでした。
それを得られないのは、私が可愛くないから…
よその家なら喜んでもらえるような成績をとってもたいして喜んでもらえないのは、
私が天才じゃなく、見苦しい努力をしなければならないから…
そんな風に感じていました。
今、大人になればわかるんです。
私がどれだけ愛されていたか、そして親が彼らのベストを尽くしてくれていたか。
そして愛してるからこそ、最高を期待するのだと。
がっかりしているのは、私にではなく、親自身の満たされない想いになんだということ。
でも子供の私には、わからなかったのです。
一番幸せな子供は、一般受けしなくても、頭はよくなくても、
スポーツができなくても、自分がありのままで素晴らしい、愛されている、
と知っている子供なのではないかな、と私は思っています。
だから、それを伝えることを一番大切なこととして、今私は子育てをしています。
もう少し大きくなれば、それだけではすまされないんだよ、と言われるかもしれません。
でもこれが、今現在の私の考えです。
私が完璧にできてるとは全く言えません。寧ろ失敗の連続です。
私の悪いところを息子の中にみると、「全くどーして!」と思います(笑)
でも時々でも、この信条を思い出すようにしていれば、
自尊心に不要に大きな傷を残すことは避けられるかもしれない…。
それでも、私の息子からしたら私は完璧な親ではないでしょう。
私の親がくれていたものであげられていないものも沢山あります。
完璧な親なんてどこにもいないのだと思います。
でも、究極の話、それでいいのかな、と。
子供も、私達の未熟さを分かっていて私達を選んだのだから(笑)
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