先日いただいた水晶の玉のようなものを、
どう使ったらいいのか気になったので、
もう一度天照大御神様に伺いに行ってみました。
すると、その玉を通して一度太陽を見て、
そしてその玉を、今度は厚い雲の下方に見える地球にむけると、
そちらに玉が吸った光が伸びて行く…
といったようなビジョンがでてきました。
どうやら陽の光が直接届きにくいようなところへ、関節的に光を送る、
といったような役目を果たしてくれるようです。
先日、このような記事を読みました。
http://news.ameba.jp/20140207-49/
(NEWSポストセブン)
団塊の世代が退職後、クレーマーになるケースが多発している
という記事ですが、高度成長期を生きてきた方々が、
これからの経済中心的でない生き方にシフトしていく世の中に対応するということは、
きっと私が想像できないぐらいに大変なことなのかもしれないなと思いました。
この記事の中で、次のような部分が特に印象に残ります。
「寂しいのです、おそらく。心に寂しさが巣食っている。」
「自分という存在を他人に認めてほしいが、
ちっとも認めてもらえない。」
「いわば、現代的な「心の闇」です。「心の闇」が彼らを突き動かしているのです。彼らは現役バリバリの頃、忙しさに心を忘れ、心が貧しくなっているのです。だから闇に取り憑かれる。そしてちょっとしたきっかけで、「ホワイト・モンスター」と化してしまうのです。」
おそらくこの世代は、経済的に一番豊かな世代でしょうし、
日本が高度成長した時代の中心に生きてきて、
これまで乗りに乗って生きてきた方々も多いのでしょう。
でも、ふっと仕事がなくなると、
どうして自分の心を満たしたらよいのかわからない…。
これはこの世代の方々だけの問題ではないと思います。
そういう私も、以前はすごくキャリア志向の人間だったと思います。
仕事が面白くてたまりませんでしたし、
残業もさほど苦になりませんでした。
二十歳ぐらいの頃からスピリチュアルなことには興味があり本などは読んでいたものの、
興味も仕事関係のこと中心でしたし、
他に特にすごく打ち込んでいる趣味もなかったような気もします。
そんな私が変わってきたのは、やはり子供を産んでからでしょうか?
子供を産んでからの女性のキャリアは、
一握りのラッキーな方々を除いては、一筋縄ではいかなくなります。
時間も限られる。体力にも限界がある。
そして有機的な子育てと、無機的な仕事の合間での葛藤。
でも今から考えると、それが良かったのでしょう。
手探りで自分の幸せとはなんだろうと考えているうちに、
徐々に自分の内面へ、内面へと意識が向いてきました。
今は、他に興味があること、
時間があったら仕事以外にやりたいことがありすぎて、
仕事への興味が薄くなりすぎてしまい、
常にアップデートを求めれるコンサルティング業界にいるのは大変で、
反対に困っていますが、
少なくとも仕事でしか自分の価値を確認できない、
というところからは脱した気がします。
「亭主元気で留守がいい」などと言われ、
男は子供の顔を見れない時間まで毎日働いていて当たり前、
という風潮の中で必死に働き続けた団塊の世代の男性達は、
立ち止まって自分を見つめる機会などなかなかなかったのでしょうね。
それを今頃になってやれといわれても、かなり大変でしょう。
辛いと思います。
そんな方々も、今回の人生を終えられるまでに、
何か救われるような気づきと癒しに出会えるといいなと
願わざるをえません。
そんなエネルギーの変換にも、
この玉は役立つこともあるのかもしれないな、
などと思いました。
良かったら、お手数ですが応援よろしくお願いします *\(^o^)/*
にほんブログ村
にほんブログ村
ありがとうございます。