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夢見つつ深く植えよ(小さきものたちへのブログ)

私はこの自然界に存在する小さな物が好きです。

私の小さな庭に咲く花々や、そこにやってくる日頃見過ごしてしまうような虫たちにもスポットを当てながら、私も小さき者の仲間として、この自然界で共存していければと願っています。

     盗人萩 2007 8 20 京都にて



  高円の 野辺の秋萩 このころの

   暁露に さきにけむかも  (大伴家持)


万葉の歌人大伴家持は、萩の花が咲くのを待ちわびていたの

でしょうか?「高円の野辺の秋萩は、初秋の夜明けの朝露

で、もう咲いただろうか?」と、詠んでいます。なんとなく春の

桜(あの時代は山桜?)を待ちわびる気持ちと似ていますね。


萬葉人の最も愛した花と言われる萩の花。

山上憶良の有名な秋の七草の筆頭にも詠まれています。

万葉集には百四十一首も萩の花を詠んだ歌があるそうです。

万葉集と言うからには、その時代の限られた人たち、いわゆる

貴族や豪族達に愛された花ということなのでしょうか?

私が知りたいのは、その時代の、一般の、言葉は悪いのですが、

しもじもの人々にとって、萩の花はどのように映っていたのか?、

ということなのですが・・・。


八月の下旬、京都に行った時、お寺の石段横に咲いていた

「盗人萩」、ぬすびと萩とは、、と驚きましたが、その名に似合

わず、ピンクのとても可愛らしい花なのです。なぜこんな名前が

ついたのかと言うと、聞くところによると、花が咲いた後の果実に

節があり、節果と呼ばれその形が盗賊の忍び足に似ていること

に由来しているそうです。


私はその話を聞いて、この可愛らしい萩が盗んだものは、物では

なく、もっと素敵な何か、目には見えない何か、、、、。

言葉にすると、すーと消えてしまいそうな、陽炎のような、、、何か

では?と、思わずにはいられません。

私も度々盗まれましたが・・・苦しむことのほうが多いですね。







きょうの一曲は、モーツアルト作曲ピアノ協奏曲変ロ長調です。


モーツァルト:ピアノ協奏曲第25番/同第27番/ラローチャ(アリシア・デ)
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    稲の花



子供の頃、稲が黄色く色づきはじめると、

秋を感じたものでした。


白米

ご飯


米は呼び方も変わっていく。


コシヒカリ

ササニシキ

ヒトメボレ・・・・・


ブランド米にこだわるより

健全な大地に根をおろした

豊かに実る稲穂であってほしい


粉雪のように美しく咲く稲の花に

農薬の雨が降りそそぐ


かつて、外国の人が

日本列島の田園風景を見てこのように言った。


「農村の茶畑や田園の美しさが、そのまま庭である。

この独自の美しさをなくしては、とうてい世界の文化の

担い手とはなれない」


この話は、農薬や除草剤がまかれない時代、

政策的に田園風景が破壊されない時代、

そして、農業を受け継ぐ担い手がいた時代の、

日本の風景のことです。


古代から瑞穂の国と呼ばれる日本列島の美しい風景は

今も健在なのか?、と

稲の花に、そっと問いかけた。



    風景







シベリウス作曲交響曲第4番を聴きながら・・・


シベリウス:交響曲第2番&第4番/オラモ(サカリ)
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   2007 9 18 朝


家に閉じこもってばかりでは、と思いながら、長らく休んでいた

散歩に出てみると、爽やかな秋の風、見上げると秋の空、久し

ぶりに、朝の散歩、急に大好きなあの歌を歌ってみたくなりま

した。小椋佳の「飛べない蝙蝠」、、、。


「♪朝の光りが 今日は目に痛い」、と心の中で唄ってみる。


ほんとうに目に付き刺さるようなまぶしい朝の光りの中で、芒が

なびき、オレンジ色のコスモスがゆれて、昨日は確か風も強く

雨もしたたかに降った。それなのに、一夜明けると、もうしっかり

と真っすぐに立って風になびいていた。

風雨にうたれても根がしっかりしていると、「なびく」ことができる

いうことなのでしょうか。



     黄 コスモス



朝の澄んだ大気の中で、「飛べない蝙蝠」はちょっと変?、と

思いながら、大好きな2番を、、、、。


♪ 肩に気まぐれ 風の誘い声

  黒い翼で もう一度空飛べと

  がけに登り

  がむしゃらにただ君を呼んだりして

  はばたいてみようと思うけれど

  すぐに気がつくだろう 空の上から

  まいおりる場所がない



まいおりる場所?、確かに、、、、ない。





小椋佳はこの歌についてこう述べています。

「人に自分の唄の中でなにがいちばん好きかと聞かれるのは、

答えるのにいちばん難しい質問ですが、詩・曲両方という意味

では、この唄なんかが入ります。自分の部屋で家族さえいない

一人の時によく口にする唄です」


遠ざかる風景/小椋佳

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     秋海棠



お日さまはもう秋の匂い。

庭の片隅に秋海棠(しゅうかいどう)が咲き始めました。

強くさわるとすぐに折れてしまいそうな秋海棠は、日陰の花。

その風姿はいかにも弱々しくせつない思いのする断腸花。


透き通るようなピンク色の花びらは、小さな桜貝を二つあわせた

ような愛らしさ、茎や葉にもうっすらと紅を滲ませ、左右不対称

葉は、他の花ではめったにみられない「片思い」といわれるハート

型をしています。



秋海棠 2


胸のうちを開くように、ぱっとピンクの花びらがひらくと、まん丸い

の蕊が顔を覗かせる。秋海棠は、静けさと強さを持つ花、

初秋に、はかなげに咲くだけでなく、内に秘める思いの強さ

なのでしょうか、冷たい冬の風が吹く頃まで咲き続けるのです。


幼い日、この花を「ちぃちぃぱっぱ」と呼んでいた。

懐かしい祖母の匂いがする花。

子供の頃を思い出させてくれる花。

いまは、わが身を顧みる花として、

「断腸の花」、秋海棠、、、、、

大好きな花です。






きょうの一曲はブラームス作曲「ピアノ協奏曲第2番」です。

ブラームス : ピアノ協奏曲 第2番変ロ長調作品83/ツィマーマン(クリスティアン)

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       秋の味覚 くり


秋の気配があたりに漂うと是非歌ってみたいと思う歌があるのに

曲がわからないため、うたえない歌があります。

その中でも大好きなのが、サトウハチロウ作詞の「さわると秋が

さびしがる」です。

ぽろんと こぼれた 栗の実の いがの上にも 秋がいる

しずかに しずかに さわるな さわるな 

さわると秋が さびしがる


ぴちんと はじけた ほうせんか たねにちょこんと 秋がいる

しずかに しずかに さわるな さわるな 

さわると秋が さびしがる


ちゅるんと ちぢれた さざ波の しわに中にも 秋がいる

しずかに しずかに さわるな さわるな 

さわると秋が さびしがる


ぴょろんと ないてる こおろぎの ひげのふるえに 秋がいる

しずかに しずかに さわるな さわるな

さわると秋が さびしがる



サトウハチロウの詩はどことなく寂しさを漂わせながらも可愛ら

しさが随所に感じられるのはなぜなのでしょう?

何人もの女性を愛したといわれるように、寂しがり屋だったの

では?と思われる、彼の人間性からなのでしょうか?


あの「うれしいひな祭り」という詞は、奥さんと別れて、子供をつれ

て別の女性と暮らし始て、子供が母親を恋しがると可哀そうだと

いうことであの詩を書いたそうです。別の女性と暮らしても他に

二人も女性がいて、行ったり来たりの生活だったらしい・・・。


息子さんの話として、何かで(たぶんテレビ番組)知ったのですが

遺言は「女性は平等に扱うこと」、だったそうです。

いかにも・・・と、思わず笑ってしまいました。

最後まで憎めない性格の人だったんですね。



この話はさておき

きょう9月1日は娘の第28回目の誕生日です。

遠くからですが・・・

  

  ☆お誕生日おめでとう☆


大好きなこの詩を、栗の写真と共に栗が大好きな娘に・・・






思い出の愛唱歌
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薔薇 オメガ

     夏の暑い盛りに咲いた、ばらオメガ。

     百万本の薔薇は無理でも、一本のバラだったら・・・♪

先日、と言っても先週の金曜日のこと、いつものように朝、台所の

椅子に腰掛けて新聞を読んでいると、つけっぱなしのテレビから

聞き覚えのある声が・・・


恋とは、寂しさを知ること、恋をすることは、孤独になる・・・


獄中にいる恋人のために書いた曲「一人寝の子守唄」ができる

までのいきさつを語る、加藤登紀子のあの独特の声でした。

この歌を聴いた恋人(後に夫になる藤本氏)は、一言「寂しい

だね」と感想を彼女に伝えたとか。


その話に耳を傾けながら・・・

もし、それが一方的な恋だったら、ひと筋の光りを求めながら

底なし沼のような孤独が深く深く沈んでいく・・・


ふと、そう思った朝のひととき。






クラシック音楽の合間に時々聴くタンゴの中から

きょうの一曲は「バラのタンゴ」です。


マランド楽団

バラのタンゴ




     電線に・・・



今朝はめずらしく曇り空、二階の窓を開けて空を仰ぐと、

たくさん鳥が、空高く勢いよく、飛び回っていました。

私は、その鳥達のスマートな飛び方に目を見張りながら

夕暮れに飛び交うこうもりの飛び方に似ていてる、、、

でも、こうもりはあんなに空高く飛ばないのでは?


大空を自由自在に、風を切るように飛ぶ鳥はいったい何?

急いで階段を駆け下りて外に飛び出して行くと、電線に

何羽ものツバメが止まっているではありませんか。

ツバメは渡り鳥、秋の気配がする今頃日本に別れを告げる・・・?


それにしても、もう旅立ち?
少し気の早いツバメ達が南に帰るために、

早々とウオーミングアップをはじめたのでしょうか?

散歩道で慣れ親しんだ
ツバメ達との別れ

夏との別れ

人との別れ

こうして

出会いと別れを繰り返しながら


あぁ~夏が逝く

2007年の

忘れられない

夏が逝く・・・。







きょうの一曲は、久しぶりに聴く、ディーリアスの管弦楽曲集から

「去りゆくつばめ」です。


ディーリアス:管弦楽曲集/バルビローリ(ジョン)

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     水玉草
       すこしピンボケの水玉草になってしまって・・・


水引草や露草の中に、小さな小さな可愛らしい白い花が風に

れていました。

その小さな白い花の名は水玉草。

果実が露に光る水玉のように見えるとことから、水玉草という

がついたとのことです。

水玉草とは、おしゃれなネーミングですね。


京都の山深く、はじめて出会うこの小さな花は不思議なほど私

の心を捉えました。2弁の花びらから伸びた雌しべユーモラス

なかたちでつんと突き出ています。(雄しべは2本)

白い花と一口に言ってもいろんな白い花があるもので、水玉草は

洗練の白、まわりの水引草の赤や露草の青を、程よく引き立てな

、儚げに、それでいて凛と咲いていました。


  ♪ コロコロコロリン コロリン コロリン

   コロコロコロリン コロコロリン ♪

    ・・・・・・・・・・・・・・??

全部覚えてなくて残念、、

確か子供の頃こんなうたを歌った記憶が・・・。

水玉草を見つめながらコロコロコロリン、コロコロリンといつまでも

歌い続けながら、、、、、

そういえば

水玉草は別名「ひっつき虫」と呼ばれるとか。

幼い日、おとなしかった私はいつも母親の後ろに隠れ、引っ付い

いたので、近所の人や親戚の人に、引っ付き虫とからかわれ

いたこと、そして子供の頃、水色に白の水玉模様のスカート

ったことなど、忘れかけていた幼い日の記憶をよみがえら

可憐な水玉草に、言い知れぬ愛着を覚えました。





きょうの一曲は

モーツァルト作曲「ヴァイオリン協奏曲第三番」です。


モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全集/ムター(アンネ=ゾフィー)

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    アメリカンドリーム


まだぬくもりの残るコンクリートの上に寝そべって、娘と二人流れ

(ペルセウス流星群)を見ました。

遠く虚空から音もなく落ちてくる星に、「わぁ~綺麗 綺麗」と声

あげながら、、、あ、天の川が、、、、。

子供の頃、夕涼みがてら橋の欄干にもたれて、川に沿って横たう

「天の川」がくっきりと見えていた頃の話をしていると、娘が急に

をうたいだしました


♪ ちぎれ雲は 風に軽く 空を流れる 陽射し浴びて 

  ゆれるゆれる 朝の木立よ あふれ来る光を

 歌おうよ 僕らも やがてやがて 夢をのせて 高く響けと


丘に立てば 入り日赤く 海のかなたを しぶきあげて

 進む進む 船の姿よ 憧れる世界を 

歌おうよ 私も やがてやがて 夢をのせて 遠く響けと ♪

 

子供の頃大好きだっといいながら歌う娘の声は、天までも届くよ

な美しい声。あの頃私に伝えたかった歌を今まで胸に秘めた

だったのか、、、?

子供の頃の娘の夢に耳を傾けなかったことを、心の中で詫びな

、いましっかりと胸に刻んだ歌「夢をのせて」  クリック


宇宙の不思議、いまここに存在することの不思議、永遠と今、

存在と時間、などなど、誰もいない真夜中、田んぼの真っ只中で

時を忘れて語った娘と私の真夏の夜の夢。

いくら仲のよい母と娘でも、侵してはならないそれぞれの世界、

それぞれの人生がある。

それはお互い無言のうちに了解済みのこと・・・・。







きょうの一曲は娘の大好きなショパン作曲、

ノクターン第一番です。


憂愁のノクターン(K2HD)/フジ子・ヘミング

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