高円の 野辺の秋萩 このころの
暁露に さきにけむかも (大伴家持)
万葉の歌人大伴家持は、萩の花が咲くのを待ちわびていたの
でしょうか?「高円の野辺の秋萩は、初秋の夜明けの朝露
で、もう咲いただろうか?」と、詠んでいます。なんとなく春の
桜(あの時代は山桜?)を待ちわびる気持ちと似ていますね。
萬葉人の最も愛した花と言われる萩の花。
山上憶良の有名な秋の七草の筆頭にも詠まれています。
万葉集には百四十一首も萩の花を詠んだ歌があるそうです。
万葉集と言うからには、その時代の限られた人たち、いわゆる
貴族や豪族達に愛された花ということなのでしょうか?
私が知りたいのは、その時代の、一般の、言葉は悪いのですが、
しもじもの人々にとって、萩の花はどのように映っていたのか?、
ということなのですが・・・。
八月の下旬、京都に行った時、お寺の石段横に咲いていた
「盗人萩」、ぬすびと萩とは、、と驚きましたが、その名に似合
わず、ピンクのとても可愛らしい花なのです。なぜこんな名前が
ついたのかと言うと、聞くところによると、花が咲いた後の果実に
節があり、節果と呼ばれその形が盗賊の忍び足に似ていること
に由来しているそうです。
私はその話を聞いて、この可愛らしい萩が盗んだものは、物では
なく、もっと素敵な何か、目には見えない何か、、、、。
言葉にすると、すーと消えてしまいそうな、陽炎のような、、、何か
では?と、思わずにはいられません。
私も度々盗まれましたが・・・苦しむことのほうが多いですね。
きょうの一曲は、モーツアルト作曲ピアノ協奏曲変ロ長調です。
- モーツァルト:ピアノ協奏曲第25番/同第27番/ラローチャ(アリシア・デ)
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