庭の手入れをしていても、道草が多く、ついこんな可愛い
友達と、あそんでしまいます
どこへ行くのにも歩くのが当たり前だった子供の頃、学校への
往復や、学校から帰って、一時間もかかって、友人の家に遊び
に行く途中の楽しみは、道草でした。冬だったら、焚き火にあたっ
て手を温めたり、夏はスイカ畑に入って叱られたり、蛇を棒でつ
ついて遊んだり、小川があれば魚を追いかけたりと、今から思う
と、知らず知らずのうちに自然の草花や、虫やら、魚やら、四季
折々に遊びの中からいろんなものに出遭いながら、自分の世界
が広がっていったように思います。
道草といえば、本の中でも、とてもいい出合いをしました。
今から10年以上も前、大庭みな子の連載(小学館、月刊誌)、
「雲を追い」のなかで、、、。「辞書を引きながら、探している言葉
の前後に目についた言葉が別の角度から近づいてきて、目的か
ら脱線してそれをまた愉しむことが多い」と、辞書を引く楽しさに
ついて述べてあり、そのことを「言葉の道草」と表現されていた
ので、私はさすが小説家、と感心したことがあります。
その後、大庭みな子の「言葉の道草」という言葉について、小学
館の読者蘭宛に、自分の思いを書いて投稿しました。それから3
ヵ月先の8月号に、私の投稿記事が本の巻末に載ったときは、ほ
んとうに驚きました。それ以後投稿には縁がなくなりましたが、小
さな本の中で出合った心に残る一つの言葉が、私にとっては、忘
れられない、「人」と「言葉」との出合いになったのです。
私と大庭みな子さんを結びつけるなんて、そんな失礼なことは、
思いもつかないことですが、でも、一つだけ共通点があるとすれ
ば、辞書を引くことが大好き、ということでしょうか。
目的の言葉に行き着くまでに、目についた言葉の意味を噛みしめ
たりしながら、ページをめくるワクワク感、ドキドキ感は、言葉では
言い表せないほどの快感なのです。
道草という言葉に、サティを思い浮かべてしまいました。
サティの、3つのジムノぺディを聴きながら・・
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