夢見つつ深く植えよ(小さきものたちへのブログ) -10ページ目

夢見つつ深く植えよ(小さきものたちへのブログ)

私はこの自然界に存在する小さな物が好きです。

私の小さな庭に咲く花々や、そこにやってくる日頃見過ごしてしまうような虫たちにもスポットを当てながら、私も小さき者の仲間として、この自然界で共存していければと願っています。

毎週水曜日、一番に開く新聞のページ(岡山県内版)は短歌の

投稿蘭です。そこに、ある一人の投稿者の歌を認めた時、「あ、

まだ健在でいしゃる」と、ほっと胸をなでおろします。

その方の歌が特選あると、なんだかうれしくなるのです。


死にたしと 思いて幾度 我来しや 断崖に佇てば 秋の日暑し

この歌は社会と断絶された瀬戸内海の小さな島、長島愛生園で

長い歳月を過ごされた方が作られた、高貴な精神性に貫かれた

絶唱の一首です。

その病ゆえにある日突然社会から隔離され、白眼視され、耐え

難い偏見のなかで、絶望の淵に立たされたとき、言葉には言い

尽くせないショックで、死への誘惑に駆られた人の心の慟哭

想像にあまりあるものがあります。



   オキザリス



この方に思いを馳せる時、うわべだけの励ましの言葉や同情は

優しさにはつながらない。私にできることは善意の御旗を掲げる

ことではなくて、自分の心を直視し、自分の心のなかを厳しく監視

していくことなのです。


長島愛生園に一人渡って、長い間精神科医として治療を続けた

神谷美恵子医師はこのように語っています。

・・・・・なんらかの意味で幸運に恵まれた人、生存競争に勝った人

は、不幸な人、不運な人に対して負い目を持っているのだと思う。

どうしてこちらではなくてあちらが不幸や不運に見舞われている

のか。この疑問がつねに心に生じるのは当然であろう。

                           (『人間を見つめて』)


いつも衿を正して読む詩です。

 「らいの人へ」より。 神谷美恵子


   なぜ私たちでなくてあなたが?

   あなたは代わってくださったのだ

   かわって人としてあらゆるものを奪われ

   地獄の責苦を悩みぬいてくださったのだ


   ゆるしてください らいの人よ

   浅く かろく、生の海の面を浮びただよい

   そこはかとなく 神だの霊魂だのと

   きこえのよい言葉をあやつるわたしたちを

                         (『人間を見つめて』)





生きがいについて 神谷 美恵子
¥1,680
Amazon.co.jp
人間をみつめて 神谷 美恵子
¥1,890
Amazon.co.jp



風のない静かな冬の夕暮れ、天を指して立つ一本の木を見上げ

て美しいと思った。今まで地球は丸いと決め付けていたけれど、

「地球はとがっている」といったジャコメッティの言葉は本当だ

思えたのです。


物を見る目は人さまざま、美の感覚は心のありようで、、、、、

その時、その時の心の働きにより、ある物が美であったり醜であ

たりすことがあります。



     冬の夕暮れに




心そこに在らざるとき、一般的に美と称されるものの氾濫する中

にいて、その美しさに心動かされないことがある。真の美を視る

目を失ってしまったのかと、自分の感性を疑いたくなること

しばしばですが・・・。


「つきかげの いたらぬさとは なけれども ながむる人の

こころにぞすむ。(法然上人行状絵図より)と、月になぞらえて、

幸せとはいかなるものかを法然は問うていますが、美に関して

同じようなことがいえるのではないかと・・・?

「ながむる人の、こころにぞすむ」この言葉が、一本の木を前

にして、心の奥に深く響いてきたのです









今日の一曲は、チャイコフスキーにこんな曲があったのかと

驚いた「協奏的幻想曲ト短調」です。

ヴァレリー・クレショフのピアノ、ドミトリー・ヤブロンスキー指揮

ロシア国立管弦楽団の演奏です。


チャイコフスキー








      花梨



似て非なり、個性とは「先天的な約束」と表現した人がいます。

この言葉は人間だけのものではなさそうですね。

自然界の全てがそれぞれの個性で満ち溢れています。


我が家の庭の果物の木といえば、さくらんぼと花梨の2本だけ。

になると同じように芽を出し同じように花を咲かせます。似た

な花なのに、色も形も香りもそれぞれどこか少し違ってい

ます。その実となると、どうしてこんなに違っているの?と不思

議なぐらい違ってくるのです。


花梨の花は(4月にUP)、濃いピンクと薄いピンクの混ざった可愛

しい色合いですが、ふっくらと豊かに咲いて、すぐに散っていき

す。それからが長いのです、夏から秋、そして冬、めぐる季

ともにその大きさをまして、黄ばんだ実が輝き始めます。

街に桜やイチョウ、プラタナスや楓の落葉が、風にさあっと吹き上

げらる頃、我が家でも色づいた花梨の葉が面を覆います。

その落ち葉の上に、いつとはなしに、一つ、二また一つと、

楕円形の黄色の実が落下していきます。


花梨はバラ科の植物で、別名を安蘭樹(アンランジュ)、中国では

「木瓜」と書くそうです。その姿はまさに木になる瓜そのものです。

語源がまた素晴らしく、ギリシャ語のchaino(開ける)melon(りん

ご)「裂けたりんご」からきていると知れば、一見無骨な風貌の

花梨の実には、濃厚なエキスが潜んでいることがわかります。



      花梨


ごつごつした黄色の楕円形の形からは、考えられないよ

い香りがします。花梨が色づきはじめると、我が家のは、たち

まち麗しい香りに包まれていきます。洋ナシよりもっと芳醇な強

香りとでも言うのでしょか、調べてみると、トリテルペン化合物に
よる香りだいうことです。トリだから三つの何かの香り?調べ

むずかしくてよくわからないのです。


よく熟れた(黄色が濃いくなる)花梨を手に持っただけで、独特な

甘い香りと、べたべたとした油が染みついて、手を洗わない限り、

いつまでも強く香りが残るので、時々、手や洋服に香りを滲ませ

て楽しんでいます。残念ながら花梨の果実は、すぐに捥いで口

にすることはできな いのですが、収穫した花梨の果実は、天然

の芳香剤として、玄関や部屋のいたるところに飾っ一ヶ月以上

楽しんだ後、砂糖漬けにしたり、ジャムにしたり、花梨酒を作って

のどの痛いときなどに役立てています。


年によってはたくさん実をつけるので、貰い手を捜すのに一苦労

します。香りだけでは、なかなか人は振り向いてくれないものです

ね。「香りの王様の花梨よ!」と売り込むのですが、「めどくさい

から要らない」と言って敬遠されてしまいます。

今日のようによく晴れた冬の日、冷たい風に乗って、遠い遠

まで、花の芳しき香、、、とどきますように・・・・








熊谷家 表札
   


いくら言葉を尽くしても、出会ったことのない人物について、その

人となりは語れないものですが、たとえば画家の場合だったら、

その人が描く世界により、ある程度その人間像を知るということ

はあります。そういう意味で、熊谷守一は彼の描く世界を通じて

彼の人間性にも深く触れてみたいと思った画家の一人です。


今回熊谷守一没後30年を記念して開催された展覧会(於成羽町

美術館)で一番私をひきつけた作品は、守一89歳の作品「泉」

でした。


熊谷守一はこの絵について、このように言っています。

木曾にいたころ、山小屋を建てなくてはならない。小屋の

場所に水がないと生きてゆけないから、岩に耳を当てて

水のありそうなところを探す。岩のなかで動いているよう

な気配がすると、その近くに必ず水があるものだ。

風が動く感じでもいい・・・・・・。

泉って形があるんだよ」



     守一 1969 泉



この絵を見て画題の「泉」を想い起こす人は稀だと思います。

私も同じですが、手元にある一冊の本の言葉を引用すれば、

「具象、抽象の別など不粋の画域へ」・・・・・。

心象風景などというありふれた言葉ではおさまりのつかない景色

がそこにはあると、、、、。別冊太陽 (気ままに絵の道 熊谷守一)


熊谷守一は多くの言葉を残していますが、この絵の前で足を止

めて、「絵というものの私の考えはものの見方です。」

「絵の中に音がある人とない人とあります。持ち味が違い

す。」という二つの言葉が私の中に甦りました。


いつか見た景色を、一瞬のひらめきにより対象物の核心(こころ)
をつかんで、独自の表現法、(見えない世界を描いたり、見え

る世界を描かなかったり)で描いた作品だと言えるのでしょうか。


人はよく熊谷守一を、哲学者のようだと称しますが、やはり私は、

熊谷守一のなかに色即是空の世界を見てしまうのです。

万物は常に変化する・・・・・ひたすら物を見ることにより、意識

ないで、あるがままにその境地にたどり着た人ではないかと思

るのです。彼は哲学者でも仙人でもなく無心に、ただただ哲学

人だっのでは・・・・・?。








熊谷守一―気ままに絵のみち (別冊太陽)
¥2,520
Amazon.co.jp

ひとりたのしむ―熊谷守一画文集/熊谷 守一

¥3,150

Amazon.co.jp









    成羽美術館


高梁市成羽町は岡山県の北西にある緑豊かな町です。

町立成羽美術館で10月から12月2日まで熊谷守一展が開催

されていました。熊谷守一は好きな画家の一人なので、何回も

展覧会に足を運んでいますが、あまり身近な所での開催だった

ので、延ばし延ばしのまま、晩秋のある日、やっと重い腰を上げ

ることができました。ほんとうに、成羽というひなびた田舎町で

熊谷守一の絵に再び出会えるとは夢にも思っていませんでした。


以前から成羽美術館の存在は知っていたのですが、一度も訪れ

る機会がなく、なぜ成羽美術館で熊谷守一の絵画展が・・・?と、

すこし不思議な気もしたのですが、この美術館は成羽出身の

画家あり絵画収集家でもあった、児島虎次郎を顕彰するため

開設されたといういきさつに、、、、、

ふと、熊谷守一と児島虎次郎は、東京美術学校で同級生だった

ことを思い出したのです。

それが縁で成羽での開催に繋がったのかも知れないと、勝手な

想像を膨らませながら出かけた成羽町でした。



  成羽美術館 2



大名屋敷後の石垣を残し、緑の急斜面が迫っている場所に建つ

美術館をはじめて見て本当に驚きました。みんなが口をそろえ

て、「成羽美術館に行った?」と、私に聞くわけですね。

それは一見して、紛れもない安藤建築(安藤忠雄設計)だと、すぐ

にわかる、巨大なコンクリートの箱でした。


私は、建築のことは全くわからないのですが、成羽であって成羽

ない、ここだけ別世界という感じを最初は受けました。


田舎町に、こういうコンクリートの箱物を持ってくるには、賛否両論

あったのではないかと思いつつ、玄関(入り口)を探すこと数分

(ここでも方向音痴?)、やっと見つけた建物左端の2階入り口

と続く長いスロープを上がっていくと建物の裏側にでます。


そこで目にした光景は、、、、あっ!と驚くような、天地を逆さまに

映した水の世界が広がっていました。あえて裏側に入り口を設

け、そこに、成羽川をイメージした「流水の庭」を配し、成羽の自然

借景とした、思いもよらない美しい景色でした。



     成羽美術館 3

      

水の流れは人の心をなごまして、しばし心に落ち着きを与えてく

ることがよくわかります。無限性を秘めた空間を、騒がしい存在

ではなく、視覚的に美しく切り取る安藤建築によって、成羽自然

手厚く扱われていることに感動しました。


そして、入り口をあえて裏側に配した安藤建築が意図するもの

は?、、、、、成羽の自然を借景とし、そこに人工的な水の流れを

配することによって、コンクリートの近代建築を、違和感なく、人々

が受け入れられるように工夫した、安藤忠雄の心憎いばかり

演出がされているのでは・・・・?

私がそう思っただけなのかも知れないのですが、、、、。



  成羽美術館 水の流れ



人々は、スロープをゆっくりのぼりながら、絵世界入ってい

ため心の準備をするのでしょうね。

内部は自然の彩光がうまく取り入れられており、そこにも小さな水

の流れ、「静水の庭」を配置してありました。

私は熊谷守一の絵より安藤建築の方が気になって、絵に集中で

きなくて、絵の世界に入っていくまで相当の時間が必要でした。


安藤建築が好きか嫌いかは関係なく、水は生きとし生ける者の

命の象徴であり、そして水辺は、人々の憩いの場であることに変

わりはありません。たとえ自然の流れでなくても・・・。









   吹屋 〒

  べんがら格子の郵便局


若い頃から「紅をさす」という言葉が大好きでした。

「頬に紅をさす」「口紅をさす」、うっすらと紅を差すだけで外見

だけでなく、ぽっと心にも紅色が広がっていく感じがして、気持

ちまで明るくなったりします。

先日その紅色を求めて、ベンガラの町「吹屋」へと、一人ぶら

り旅、、、と言っても日帰りのささやかな旅だったのですが・・・。

同じ岡山県、それも故郷(県北)に近い場所にありながら、訪れる

のは約25年ぶりでした。



   吹屋

   吹屋の町並み(残念!あまり上手に写せなかった)


岡山県高梁市成羽町「吹屋」は、江戸時代、天領地となり、銅山

と、べんがらで栄えた町です。私が子供の頃は「吹屋銅山」と

んでいたように記憶しています。

昭和49年「吹屋ふるさと村」として県指定になってからは、べん

がらの町として、岡山県だけでなく全国の人に知られるようにな

っていきました。

先日訪れてビックリしたのは観光客の多さでした。


郷土館を中心に、べんがらのあか茶色(赤錆色)と赤銅色の石州

瓦の外観で統一された整然とした町並みが、かつての面影をそ

まま残しながら約300メートル続いています。

美しいべんがら格子の郵便局や、べんがら壁の家々が、(ほとん

どお土産やさん)生活の場として、長い歴史とともに現在に受け

がれています。



     吹屋
     ちょっと気に入ったお店。


べんがら(オランダ語Bengala)の由来は、

インドベンガル地方に産する黄土(天然酸化鉄)より命名されたと

伝えられています。そもそもべんがらは酸化第二鉄主成分

とする無機赤色顔料の一種で、人類が使用した最古の顔料

ということです。

私だけが知らなかったのかもしれませんが、最近は、鉄が磁力に

反応する特性を利用し、フロッピー・ディスク、ビデオ、音楽用の

テープ、鉄道の切符の裏など、色以外の目的で使われていると

いう話に驚きました。


また、べんがらは弁柄、紅殻、と呼ばれ鉄赤(てつあか) 

鉄丹、酸化赤、血珠のように地味目の色で鮮明さに欠けるこ

とが欠点ともいわれていますが、鮮やかな橙赤色系高級品と

されています。

インディアン・レッド、マースレッド、ベネチア赤 、テラロ

いった、べんがらを使って作られた絵具は、赤というより

茶色として認識される方が多いとのことです。

                           『ウィキペディア(Wikipedia)]

   吹屋小学校
  ただいま小学生8人の吹屋小学校。明治6年開校、明治32年

  現在の場所に移転。まだ現役です。

成羽町吹屋の特産物としてのべんがらは鉱山の捨石から偶然

に発見されたもので非常に高級品として伊万里 九谷 などの

級陶磁器の模様書き、漆器の下塗り家具塗装、染料、

印肉、船舶のさび止め、などその用途は多岐に渡っている。


べんがら、といえば、、、、。

洞窟の壁画や、遊里のしっとりと塗られた鉄さび色の紅い壁

思い浮べてしまうのですが・・・

偶然にも発見された吹屋の紅色のべんがらは、時代を超えて、

人々の心を魅了してきたことは間違ないと思います。

私がお土産に買った和紙のハガキは、親しい友人に一筆したた

めてみたくなるような、美しい紅色(すこしくすんだ紅が魅力)

した。


余談ですが、映画「ほたるの墓」で「吹家ふるさと村」の町並みが

使われていました。





  
      晩秋のある日
  
      

今年の紅葉はあまり美しくないのかな?と思いながら山みち

を歩いてたら、思いもかけない美しい風景に出合いました。


晩秋の面影を残しながら、、、、冬へと続く小径。

冬来たりなば 春遠からじ、という言葉もあるくらいだから、

この小径は冬から春へ続く小径ともいえるのでは?


そんな想いを込めながら、紅葉の綺羅を敷き詰めた小径を
遠目に、ふっと小さなため息をついてしまった。

刻々と移ろいゆく自然と、その時の流れの速さにわが身を

ねてのため息だったのでしょうか?

別に感傷的な気持ちになったわけでもなかったのに・・・


移ろいゆくものには無限と有限の世界があるのだと。

ただそう思っただけだった。

それを無常と感じるかどうかは人それぞれ。

そんな私の想いをよそに、頭上に足元に、逆光に透けた赤や

黄色の色彩が広がっていた。







ブラームス作曲弦楽六重奏曲第1番を聴きながら・・

ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団,
ブラームス:弦楽六重奏曲第1番

       

       薔薇 マチルダ 蕾
 

   

   恋の対象は何も異性とは限らない

   同じ女からみても美しい女性に出会うと

   ほのかな恋心を抱いてしまう。

   たとえ美人でなくても、

   時々街でみかける

   歩き方の美しい人や、

   なにげない仕草の可愛らしい人、

   生来の明るさを放つ人に

   心ときめく。

 
       薔薇 マチルダ
      


   その想いは美しい女性だけにとどまらず

   今我が家の庭に咲いている薔薇マチルダに

   私は恋をしてしまったのです。

   すこし波打った淡いピンクの蕾は

   清純な少女のような初々しさ。

   初冬のやわらかい陽ざしをうけて

   澄み切った青空に放たれる

   マチルダの香りは、

   野ばらを想わせる

   恥じらいを秘めた甘酸っぱさです。


それは独りよがりの恋と言ってもいいかもしれない。

もしかしたらきまぐれの恋かもしれない。

愛のコミュニケーションなど期待しない

傷ついたり、破れたり、嫉妬心も生じない

何のしがらみもない

いってみれば気楽な恋なのです。








今日の一曲はベートーヴェン作曲ヴァイオリン協奏曲です。

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲/チョン(キョン・ファ)

¥1,300

Amazon.co.jp




     
 



小学生の頃、私は大人の人が手で何かを作っていく過程を見

るのが好きでした。特に興味を持ったのは、左官の仕事です。

飽きることなく毎日毎日見に行っては、その手つきに見とれた

ものでした。


あの頃の家の壁は、竹を細長く縦割りして、タテタテ、ヨコヨコに

で、それを壁の下地にして(芯)荒壁(泥に藁を混ぜもの)

を塗ってつくる土壁です。

その壁のことを「木舞壁(こまいかべ)」、と呼ぶと知ったのは大人

になってからでした。


今から思うと、竹が私の中に深く印象づけられたのは、竹トンボや

竹馬など、日常の子供の遊びより、左官の手仕事、の技に魅

られたことあるようです。


先日通りすがりに、一軒の家と溝を隔てた一本の竹の前で足

まり、一瞬ドキッとしてしまいました。

竹を一本剪って低く横たえてあるだけで、踏み入れてはいけ

領域であるということを、明らかに物語っていたからです。


ちょっとした結界?(空間を内外に分けて、俗界と浄界とを区別)、

私的空間と公的空間の区別がはっきりと表されていました。

この横たえられた一本の竹を、奥ゆかしい、優雅な立入拒否、

見るか否かは別として、供の頃、私を捉えて離さなかった身近

な竹とはっきり違う、竹の深遠なる世界を垣間みる思いでした。








       

      
    散歩の途中「美しい!」と思わず声が・・。

    案外身近に美しい秋があるものなんですね。



  日本の美の原点といわれている「雪・月・花」

  日本人は古くから、消えゆくもの、移ろうもの 

  散りゆくものに心を寄せ、それを糧に深い精神性を

  培ってきたと言っても過言ではないと思うのですが・・・


  静かに思索する竹林に白昼の濃い紅葉あかり、

  これもまた一つの原点

  「日本の美」といえるのではないでしょうか。