小学生の頃、私は大人の人が手で何かを作っていく過程を見
るのが好きでした。特に興味を持ったのは、左官の仕事です。
飽きることなく毎日毎日見に行っては、その手つきに見とれた
ものでした。
あの頃の家の壁は、竹を細長く縦割りして、タテタテ、ヨコヨコに
組んで、それを壁の下地にして(芯)荒壁(泥に藁を混ぜたもの)
を塗ってつくる土壁です。
その壁のことを「木舞壁(こまいかべ)」、と呼ぶと知ったのは大人
になってからでした。
今から思うと、竹が私の中に深く印象づけられたのは、竹トンボや
竹馬など、日常の子供の遊びより、左官の手仕事、匠の技に魅
せられたことにあるようです。
先日通りすがりに、一軒の家と溝を隔てた一本の竹の前で足が
止まり、一瞬ドキッとしてしまいました。
竹を一本剪って低く横たえてあるだけで、踏み入れてはいけな
い領域であるということを、明らかに物語っていたからです。
ちょっとした結界?(空間を内外に分けて、俗界と浄界とを区別)、
私的空間と公的空間の区別がはっきりと表されていました。
この横たえられた一本の竹を、奥ゆかしい、優雅な立入拒否、と
見るか否かは別として、子供の頃、私を捉えて離さなかった身近
な竹とははっきり違う、竹の深遠なる世界を垣間みる思いでした。
