ジュネーブ半径500Mな毎日 -50ページ目

私の周りの人達〜サナ〜


子供を迎えに行った学校の校庭で、サナという友達に会いました。


元気?
元気元気
そっちは元気?
うん、元気ありがとう!
おー、それは良かったね!
うん、ありがとう!


この会話は実は全て身振り手振りによって行われた会話でした。



サナと私は実は50メートルぐらいはなれたところにいて、
二人とも場を離れる事ができなかったので、
身振り手振りで上記のような会話を(多分)したわけです。


サナは最後に「ありがとう」ってジェスチャーで示す時に
中国式の挨拶をしました。

モロッコ出身でイスラム教徒のサナが、両手のひらを胸の前できれいにあわせて、頭を下げてお辞儀した時に、
私は心が温かくなりました。

それは日本式の挨拶ではないけれど、サナが自分の文化を超えて、他人の文化にあわせて感情を表現しようとした態度が素晴らしいと思ったからです。私はモロッコ式の「ありがとう」を知らない。



そんなサナと私の出会いは、2年ぐらい前の事でした。

校庭で立ち話していた私たち、サナは仕事を探していました。

聞けば、以前は仕立ての仕事をしていたというのです。

なので、私は丈を直したいと思っていた冬用のコートを彼女にお願いする事にしました。

もちろんお金を支払うつもりで。

「これから暖かくなるし、このコートは次の冬まで着ないから、時間のあるときにやってもらえたらいいから」

そう言って、コートを預けました。

しかし、それから半年たっても、サナからは何の連絡もないのです。

それどころか、サナはあまり子供を迎えにも来なくなっていました。

私はだんだん自分の判断を疑い始めました。

・あまり知らない人に、仕事をまかせてしまったかしら?
・あのコートをもしかして誰かに転売していたりするかな?

あまりにもコートが帰ってこないので

’もうあのコートは諦めよう、これもジュネーブで学んだ授業料だと思う事にしよう。

そう自分に言い聞かせていた11月の終わり

サナが校庭に現れました。

私のコートを持っていました。

丈もきれいになおっていて、仕事もとても丁寧でした。

私は自分が彼女を疑っていたことを恥ずかしいと思いました。

世の中、というかジュネーブ、本当に薄情な事をする人も数多いのですが、

真面目な人達も多いのです。

サナは、その後、老人ホームのパートの仕事に就いたので、とても多忙になったのですが、家事と育児の後で、きっと寝る間を削って私の仕事をやってくれたのだと思います。

とても大変だっただろうと思って料金をお支払いしようとすると

サナはいらないといいます。

今回の私の仕事を気に入ってくれたら、次からはお金をもらう

と言い張るのです。

なので、私は「また次の機会もお願いするし、他の人にも紹介するね」といってその場を終わらせ、

そのあと、彼女へプレゼントを買いに行きました。

11月末のお店はどこもクリスマスムードです。

「お友達にお礼を送りたい。彼女はキリスト教徒じゃないから、クリスマス時期の新商品はいらない。普遍的なデザインで、彼女が自分のためだけに使えるようなものを下さい」

そういって、私は白鳥のデザインのスワロフスキーのチャームを買いました。

普段、髪を全部隠し、いつも同じ洋服を着ているサナはとても喜んでくれました。



それからサナと私は、あまり会う事もないものの、なんとなーく友情を感じ合うようなおつきあいをしているのです。

学校で持ち寄りパーティーがあった日は、サナが豚肉以外の料理を探しているので

「わたし、今日は鶏を持って来たよ!あっちのテーブルに置いてある。見た目は地味だけど美味しいよ!」

と言うと、サナはとても喜んでくれたり、

私のフランス語の勉強にいつも発破をかけてくれるし、子供達の事もいつも気にかけてくれます。



気がつけばそんなおつきあいをしてもう2年になるんだな。

先日、サナが中国映画で見るような、少しぎこちないお辞儀の「ありがとう」を私に見せてくれてから

そんな感慨に耽りました。

今度はモロッコ式の「ありがとう」を聞いてみようかな。










映画「ユキとニナ」(Yuki & Nina )



お友達から

「ユキとニナ」

というDVDをお借りしました。



日本人の監督と、フランス人の監督によるコラボレーション映画です。

公開時に見たいと思っていたのですが、今日まで忘れていました。お借りできて嬉しいです。


ユキとニナ公式サイトはこちらです。

ユキとニナのあらすじは以下の通りです。

9歳の女の子、ユキはフランス人の父と日本人の母とフランスで暮らしている。
最近、両親の仲が良くない。
ある日、ユキは両親が離婚し、母がユキを連れ、日本に帰ろうとしていることを聞いて、大きなショックを受ける。
親友のニナとも離れたくないし、今の生活を変えたくない。
なにより、両親に離婚してほしくないと考えたユキは、ニナと一緒に、両親がもう一度仲良くなるために計画を立てる。
2人に手紙を出したりするが、なかなか上手くいかない。それでも何とか仲直りさせようと考えたユキとニナは、最後の手段として家出をするが、やがて森へ迷い込んでしまう―――。

日仏の国境を越えた、家族・夫婦・親子の普遍的な人間ドラマが、誕生いたしました。

(公式ブログより抜粋)



お友達(フランス人とスイス人のハーフ)の言う通りに、
「日本の、蝉の声と、森の景色と、子役の子供の存在感が素晴らしい」
のであります。



ユキ役のノエ・サンピも、ニナ役のアリエル・ムーテル、二人とも素敵です。

ノエ・サンピには、陶磁器みたいな透明感があり、アリエル・ムーテルは天才子役の香りがします。映画「ピアノレッスン」で同じように天才子役と言われた女優のアンナ・パキンを彷彿させます。

日本人監督の諏訪敦彦も、フランス人監督のイポリット・ジラルドも、とても丁寧に映像化したという映画です。

パリのオスマン風な住宅が並ぶブールバードを歩くユキはとてもおしゃまで、
アールヌーボーな一角に大人の目から身を隠す二人も、健気なかわいさがあります。
森で遊ぶ二人の映像は自然で目を奪われます。監督達も、子供達から出来るだけはなれて「素」の部分を引き出そうと努力したようです。

あらすじ、プロット、脚本は、それほど視点が新しいとも思いませんでしたが、

まさにフランス映画的なラストシーンまでたどり着くと、確実にユキが成長したことに気付くのです。

避けては通れない子供時代の苦難と成長

一人称小説を読んでいるかのような感情移入は映像の透明感によるのかもしれませんし、

観た後に残る瑞々しい感情は、ノエ・サンピの演技力でしょう。



この映画、テーマが現代社会に普遍的なテーマであることから、
フランスや日本をバックグラウンドにする必要はあるか
という事を問いたい人がいるかもしれません。
日本とトルコだったら、
フランスとチリだったら、
もちろんきっと違ったテイストになったと思います。

しかし、きっと国は変わってもこの映画のカメラワークは変わらないのではないかと思いました。
二人の監督はどこの国でも、森を見つけ、少女達を迷い込ませ、悩み、孤独、成長、再生のシンボルとして利用したでしょうし、超日本びいきだったロシアのタルコフスキー監督の映画をつい思い出してしまうようなカメラワークを使って、湿度の高い風を感じさせるような映像を撮った事でしょう。

そんな訳で、この映画を見ると、タルコフスキーを見たくなりました。














立派な大人が真剣にやってる小さな事



いつも同じような時間に犬の散歩をするので、いつも同じような犬の飼い主達に会ってしまう。

例えばこの二人

一人は新聞記者。新聞記者らしく、切り口はいつもするどい、形容詞が豊富で、その形容詞をもじったジョークが私には理解できないのが残念

もう一人は東京大学大学院を出た経営コンサルタント

この二人が出会うと

まあ大抵は世界の経済ニュースで話しが盛り上がっているのですが、

今日だけは違ったのであります。



私たちが犬を遊ばせていると

遠くから赤いチェックのシャツをきた男性が近寄ってきます。

すると、新聞記者が

「Yoko, 彼は最近飼い猫が死んじゃったところで深く落ち込んでいるから、

あの「「いつも猫なのに犬みたいにリードを付けて散歩していた、豹みたいな美しい猫は最近どう?」」なんて、絶対聞いちゃだめだよ」

と言います。うんうん、とうなずいて、赤シャツに挨拶だけする私。

赤シャツの人は、亡くなった猫を懐かしむかのように、それぞれの犬を撫でている。

犬達もそれに答えるように身を寄せて従順だ。

新聞記者も経営コンサルタントも、猫の話は一切しない。

・iPadのメモリーはどのくらいあったら良いのかな~
・パソコンのハッキングってどのくらい難しいの?

赤シャツはどうやらパソコンに詳しいらしく、新聞記者も経営コンサルタントもパソコンの話ばかり振っているではないか。

その時に赤シャツがふと

「うちの猫がいなくなって寂しいよ」

と自ら漏らしたのであるから、

新聞記者も経営コンサルタントもここぞとばかりに

「新しい猫を飼ったらいいじゃないか。いや犬だって良いぞ!確かにあの猫は素晴らしかったよ。肩に乗って散歩する猫と君なんて、まったく絵になっていたよ。その猫も亡くなってしまって、残念だったね。ほんと。だけど、次の猫を飼えば良いよ。」

とまくしたて励ましています。

赤シャツは

「いや、でも、今度、母が再婚するんだ。相手は弁護士なんだよ。」

新聞記者は話につながりがない事を承知の上で

「でも、猫を飼うのは月200~300フランもあれば十分じゃないか。」

と強引につなげる

赤シャツの頭の中がどうなっているのか分からないけれど

「でも、母が再婚するのは弁護士だから」

と、貧乏な弁護士なのか、母が貢いでいるのか、弁護士が猫アレルギーなのか分からないけど、

どうやら弁護士が理由で次の猫を買えないらしい。



この赤シャツの悲しみぶりは、ペットオーナーの間ではちょっとした噂になっているのか

みんながものすごーい彼に気を使っている



ペットが死んだくらいで、と思う人もいるかもしれないけれど、皆が大事件みたいに赤シャツがいるところでもいないところでもこの話しをしているのです。

「彼に猫の話題は振るな。いや、自分から話しだしたら次を飼えって薦めたら良いよ」

みんな優しいんだな~

と思う日曜の昼なのでした。



photo:01

なぜか怒っているカレン
どしたの?