N e w  Y o r k B l o w -NYでもタコ焼きを焼く英国人へ- -220ページ目

密かな時間-3-

高い入会費+月謝に慄いた俺ッち。
四捨五入で2万円近くなる費用が、
習字を習いたい一心で、
向学心の高くなった俺ッちを打ちのめしていた。
そんな時、思い出したのが「お姉ちゃん」の存在だった。

「お姉ちゃん」とは子供の頃住んでいた家の近所の、
海苔屋の事務員のお姉ちゃんで、親と1-2歳違う年齢。
おしめも替えて貰う程両親がとても仲良くしていたので、
毎日事務所に日参し手伝っていた。(=邪魔していた)
本当に子供だったのでお中元・お歳暮の時季は、
その事務所宛に送られるお菓子類の消費者として、
いつも残る洋菓子を食べては見事に働いていた。

そのお姉ちゃんは昔から「男前」で、
本当に「男として生まれるべき人」だと今でも思う人だ。
一人で決算まで出来る高い事務処理能力が有るのは勿論、
実際の会社の資金繰りから何から切り盛りをしていたのだった。
或る日お姉ちゃんは勤めていた海苔屋が遠くへ越すことになり、
徒歩8分の徒歩通勤から45分の電車通勤を余儀なくされた。

しかし仕事と病気がちの母親の世話をすると決意し、
結婚しないと決めたお姉ちゃんは、(色々有ったんだよ...)
何か有った時に直ぐに帰って来れない事を理由に、
熱心に引き止められたにも拘らずあっさり仕事を辞めた。

その後も何年にも渡りカムバックの要請を受け続けたが、
今迄の近所のお客さんの為に小口販売する以外は、
生活ありきと考えたお姉ちゃんは頑なに受けなかった。
仕事を辞めたお姉ちゃんは、
事務員をし乍ら勉強していた習字の先生になったのだ。
丁度師範免状を貰えた直後でだったので、
近所の子供相手に習字の先生をしようという計画だった。

何故お姉ちゃんが習字を習い始めた理由は、
それは海苔屋だったからだ。
「海苔屋→贈答品→熨斗→熨斗書き→毛筆→必須」という訳だ。
最大の理由はもう一つある。
いつも海苔を買いに来る近所でも筆自慢のバーサンが、
「アンタみたいな下手な字、眼ぇつぶってても書けるわ~」
と言って本当に眼をつぶって書いて見せた時が、
比較にならない程綺麗だったからだ。
(こういう憎まれ口を叩ける程、バーサンとは仲良しなのだ)

前々より習字を習おうと思っていたお姉ちゃんは、
それを気に本格参戦することになり、
人の3倍早く師範免状を手にする事が出来た。
そして近所相手に習字を教えだした。

sumi4
 左が俺ッち作、右が相方作。どっちも、も一つ...。(TOT)


早速その他の近所の習字教室へ行く事も考え、
近所の習字教室へ出掛けて費用調査。
お姉ちゃんの所へは、海苔を買いに行くついでに色々聞いた。
結局一番値段が安いお姉ちゃんの所へ行く事に決めた。
貰った入会案内+料金表には1書体\500追加と書いてあり、
ここも同じかぁと思ったが、紙を渡しながら意外な事を言った。

「ウチは、基本だけやっても、全部やっても¥5,500や。」

入会金                         ¥3,000
基  本-硬筆・毛筆1書体、            ¥5,500
全  部-硬筆・楷書・臨書・細字・条幅・仮名 ¥7,500→¥5,500!

「他の先生は料金表通り取ってるけど、
 うちは近所の子相手やから金儲けはせん。
 それに子供の通い事にそんな高かったら、
 よーさん(沢山)の子に教えたいのにけえへん様になる」
というのがお姉ちゃんの考えだ。

1書体追加の¥500だけでも安いのに、
全部やっても¥5,500だなんて、本当に魂消た!
この内¥500は習字の会派の会誌代の¥500。
なので実質の月謝は¥5,000で激安!
子供の習字の延長で考えていた私が、望んでいた価格帯!
幾ら繁華街の場所代込みの価格とは言え、
初期投資に2万円もつぎ込むなんて有り得ん!!

会誌には毎月の「出品票」が一人分付いていて、
競書として出品するにはこの票が毎月必要で、
出品票貼付無しに清書出品作の競書として扱って貰えないのだ。
出品票貼付分のみ級位・段位の審査をしてくれ、
成績順に氏名が毎月会誌に発表され最優秀作2作には、
写真発表されて毎月作品に取り組む強い動機付けにもなる。

費用の事ばかり書いていると、
どれも金額だけを見て決めている様に思えるだろうが、
私が電話でなく直接話を聞きに行ったのには、
最大の理由が有った。
先生の書く、「書」が自分の好みか否かを見る為だった。

説明を聞くのは勿論、実際眼の前で書いて貰った。
中には書く事を断る先生も居て、
そんな先生にはその場で断ってやった。
自分がこれから習おうとしている先生の字を知らず、
習える訳が無い。

最初に習いたいと思った時、
自分の好みの字を書く人に教えを請いたいと思った。
その字を書く事自体を拒否されたら、
それから先の話は全く考えられなかった。
だからその場で断る以外無い状態だった。
だって、自分の「師匠」となる人だ。
その人の仕事振りを知らないまま、習える訳は無かった。

そして7人の先生の字を貰って帰り、
じっくりと見てパッと決める事が出来た。
私よりも習字に熱心に取り組んでいた弟が、
「習字は、フィーリングや!」
と言っていた理由が解った瞬間だ。

結局それからタイミングの加減で、
暫くしてから習字に通う事になった。
で、ニューヨークから「通信教育」となったのだ。
勿論日本に行った時にはお姉ちゃんの所へ行き、
稽古をつけて貰うのと同時に海苔を大量に買って帰るのだ。

世間で「高い」と言うイメージの有る海苔を毎日食べた、
私の海苔好きはあの海苔屋さんとの付き合いがあったため、
子供の頃からふんだんに海苔を食べられた事だと思う。
今でも美味しい海苔は、お姉ちゃんの所から全て来ている。
銀座の高くて「古い」海苔を買うより、
習字の様に安くて確実に実の有る得してる。