明治政府の背後で暗躍した侵略勢力の「悪魔の知恵」3 | Subaruのブログ

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徳川幕府を倒し、欧米追従型の政権を築いた明治政府は、
欧米のユダヤ・キリスト教侵略勢力に対抗する為、
日本国内を、天照大神を中心とする神道によってまとめ上げ、
挙国一致を図る、という政策をとりました。

もともと神道とは、宗教と言うよりも、
先人達から受け継がれてきたな文化というもので、
日本の人々の自由意思によって保持されてきた伝統でした。
しかし、日本の中央政府によって行なわれたこの政策は、
神道を国教の如く扱い、信仰に強制力を持たせてしまった為、
結果的に日本の「信教の自由」が侵害されてしまいました。

また、外来のものを除去するという名目で
「神仏分離令」が発布され、それが「廃仏棄釈」という、
仏像や仏塔などに対する過激な破壊行為が行われました。

「外来のものを排斥する」という、明治政府の取った政策は、
国粋主義的とも言えますが、実はこの考え方は、
全く日本的ではないのです。

例えば、日本に住んでいる多くの外国人は、
カレーライスが日本料理だと、
長年に渡って思い込んでる人が多いそうです。

このように、日本人には、伝統的に、外国の物を日本に輸入しても、
土着の文化との collaboration をはかり、
renewal して日本の original のように変化してしまう、
という powerful な文化を持っているのです。

仏教にしても、神仏習合とか、鎌倉新仏教とか、
日本特有の思想も現れ、日本仏教は、
既に日本の宗教へと変遷を遂げていたのです。

ところが、明治政府は、神道を宗教と位置づけ、
神社参拝に強制力を持たせ、
他の宗教を排斥する、という政策をとりました。

実は、このやり方はむしろ、

「Israel の神のみを拝し、Israel の神以外、
何ものをも神として拝んではならない。」

と戒める、
ユダヤ・キリスト教文化圏の人民支配の形態にそっくりなのです。

Israel 民族は、古くは旧約聖書の時代から、
Israel の神以外の神を邪神と決めつけ、
「邪神を破壊し、邪神崇拝者に天誅を下す」という名目で、
近隣諸国に数多くの侵略・破壊・殺戮行為を行ってきました。

その後、
イスラエル神崇拝宗教の変形バージョンとして、
ユダヤ教はキリスト教へと変貌を遂げ、
Christian 達もまた、ローマにおいて、
土着の神々を祀る者達を攻撃し、
他宗教の神殿や像をことごとく破壊していきました。

明治政府樹立後、
日本各地で行われてきた仏像や仏閣への破壊行為は、
旧約聖書に出てくる Israel 民族や、
Christian 達のやってきた他宗教への弾圧行為に、
これまたそっくりなのです。

明治政府主導で行われた国粋主義的政策は、皮肉にも、
本来の日本的伝統から外れ、極めて独善的で、
民族主義に陥ってしまったと言わざるをえませんが、
この時点で日本は、独善的な選民思想を持つ、
ユダヤ・キリスト教の伝統を模倣する形になってしまったのです。

前にもお話ししたように、侵略勢力は、侵略したい国に、
あらかじめ国内で分裂と混乱を生じさせ、
その後本格的に侵略を行う、という方法をとってきました。

その手段として、
Europe 侵略勢力は主にキリスト教を用いてきましたが、
別に手段はキリスト教にこだわらなくてもいいのです。

むしろ、神道と仏教を切り離し、
国内に分裂をもたらすという手口は、
かえって当時の日本人には受け入れやすかったでしょう。

1549年、Europe 侵略勢力は、日本にキリスト教を流入させ、
長崎などの地域で、多くの Christian を獲得しました。

しかし、Christian の多い地域では、宣教師たちによる、
仏像や仏閣の破壊行為が行われていたといいます。

その破壊行為を、
その当時、九州平定に乗り出していた豊臣秀吉が知り、
秀吉の逆鱗に触れたキリスト教は、
cult 認定を受け、その後弾圧の道を辿り、
最終的に徳川家康によって完全に禁教となり、
その後日本は永きに渡る太平の世を築きました。

ある意味仏教が、
日本侵略に対しての防波堤になってくれたとも言えます。

ところが、「廃仏棄釈」の場合、
あくまでも日本人自らの意思によって、明治政府主導のもと、
日本人が自主的に仏像を破壊したことになっているので、
cult 的行為とみなされることもなかったのです。

これも前に書きましたが、私は、本当に恐ろしい cult とは、
cult 的行為をしていながら、
cult 認定を受けない宗教・思想・政治体制等だと思っています。

例えば、一発で何十万人を殺す爆弾を神の名の下に落としても、
cult 認定を受けないで正当化される思想があるとすれば、
そのような思想は、
cult 認定を受けた思想よりも恐ろしい思想ではないでしょうか。

仏像や仏塔を破壊するという、重要文化財を破損する重大な犯罪で、
天に唾する行為が行われながら、
cult 認定を受けるどころか正当化され、
政府公認の元で cult 的破壊行為が行われてしまったとは、
本当に恐ろしいことです。

このように、本来信仰心に篤い日本人が、

mind control でもされたかのように、
或いは何者かにとりつかれたように破壊行為を繰り返したことは、
大変不自然なことではあります。

なぜ、そんな奇妙なことが起こりえたのか?

このことについては、次回の blog でも取り上げたいと思いますが、
私なりの結論を下すとすれば、明治政府の支配下に入った日本人は、
その時点で、

欧米侵略勢力の術中にはまっていた、

と考えざるをえません。

歴史を表面的に学んでも、殆んどぶつ切りの知識しか得られません。
日本史と世界史は全く別に教えられ、
日本を取り巻いてきた世界の状況を、日本と、
線や面で繋いで考えることなど出来ません。
まして歴史の授業などは、
人々に目隠しをするためにするようにやっているようなものです。
日本が今に至るまで何度も侵略の危機に遭ってきたことなど、
見事に隠蔽されています。

私は、長い間、教育とは、
人間を利口にする為にやるものだと思っていましたが、
人間を阿呆にする為の教育というのもあるようです。

その昔、支配者達は、被支配者達に、学校に行かせず、
教育を与えず、人々を無知に保っておくことによって、
支配をしやすくしました。

その後時を経て、支配者達は、今度は人々を学校に行かせ、
偽の情報を真実と信じ込ませることにより、
人民支配を容易にする、という手段に変更したようです。

彼らのやり口も、大変巧妙になりました。

だから、「悪魔の知恵」だというのです。

豊臣秀吉や徳川家康、そして彼らと共に生きた人々は、
仏像や仏塔が破壊されたことに心を痛め、
仏教を守ろうとしました。

その結果として築かれた、永きに渡る太平の世。

それに対し、明治政府の支配下にあった日本人は、
自らの手によって仏像や仏閣を破壊し、その後、
日本は泥沼の戦争の道へと突入し、
焼け野原となってしまいました。

日本古来より伝わる “oneness” の精神に亀裂が生じたことで、
何らかの狂いが生じたのではないでしょうか。

次回の blog では、上に書かれた「廃仏棄釈」という行為が、
どうして和を重んじ、
神仏を尊ぶ日本人に受け入れられてしまったのか。
この奇妙な現象が実現してしまった背景について、
考察を入れてみたいと思います。

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