「史実」を学べない歴史の授業 (日米編) Part 23 | Subaruのブログ

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イエス関連の話が長引いていますが、
結構大切なとこかもしれないな、
という感じがしているので、
今回も、イエス様のみ言葉を、
少し引用してみたいと思います。

今回は、マタイ伝7章1節から5節まで、
引用してみたいと思います。

「人を裁くな。
あなたがたも裁かれないようにするためである。
(2)あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、
自分の量る秤で量り与えられる。(3)あなたは、
兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、
なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。
(4)兄弟に向かって、
『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、
どうして言えようか。
自分の目に丸太があるではないか。
(5)偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。
そうすれば、はっきり見えるようになって、
兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。」

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

イエスは「目の中に丸太があるのに」と言いましたが、
これは、イエス独特のユーモア(Sense of humor)
と言っていいでしょう。
このように、イエスという人は、結構、話す時、
Joke を言ったり、情熱的に語ったりする、
とても人間味溢れる、熱い人だったんじゃないかと、
私は、個人的には感じています。

しかし、皮肉にも、この、
イエスを本尊とするキリスト教は、
イエスを完璧な神の化身として祭り上げ、
完璧な神の子であるイエスを救い主として受け入れない限り救いは無く、
その教理に従わない者達は排撃する、という、
言わば、

「自分の秤で他者を計る宗教」

となってしまったのです。

キリスト教を中心宗教とした Europe の国々は、
世界の国々を侵略し、
その過程において様々な殺戮や略奪行為を展開しましたが、
その侵略は、
キリスト教伝播と set になっていました。

その昔、世界各国には、
多種多様な宗教と信仰が存在していましたが、
それらの宗教において祀られていた神々は、
Israel の神のみを拝せよと命じる聖書の教えにおいては、
皆、邪神と見なされました。

それ故、Europe の人々は、他国に侵入する際、
キリスト教を現地の人々に受け入れさせ、
土着の宗教を邪教と見なし、
土着宗教の神殿や寺院を破壊し、
代わりにキリスト教の教会を建てたのです。

邪教を駆逐し、
その代わりに高等宗教であるキリスト教を普及させるという名目であれば、
抵抗する現地の人々を殺すことも、
正義の名の下に正当化されたのです。

この、
自分の物差しで他国を計るユダヤ・キリスト教の伝統を受け継いだ国家の最終形態として出現したのが、
他ならぬ、America 合衆国でした。

かつて America は、第二次大戦において、
広島、長崎の地に、原爆を落とし、
30万人以上の死傷者を出しました。

何故これほどの大量無差別殺戮を、
問題なく行なうことができたのか?

そこには、日本は、
八百万の神を祀る多神教国家であり、
偶像崇拝者達の国であるから、
報いを受けたのだ。

本気でこのようなことを考える人々がいたからできたのです。

America の人々は、2001年、
9/11テロ事件が起った時、
約3,000人の死者を出しました。

その時、America にいた人々は、

“Forever remember!” (永遠に忘れない!)

と言ってました。

また、この事件を

“The world saw the evil.”

と描写して、America の敵は,
全世界の人々にとって “evil"(悪)なんだと決めました。

しかし、
America に住む人々が3000人殺されたのが、
世界にとって悪だというのに、

30万以上の民間人が死んだのは、どうなの?

何故かここは突っ込まない。

極めて自己都合で考える国なのです。

また、現代においては、Obama 大統領が、
平和の speech をして Nobel 賞をもらったにも関わらず、
前 Bush 政権に続いて Iraq 攻撃を実行しましたが、
ここにおいも、
キリスト教超保守派勢力の圧力がありました。

かれらの主張は、このようなものでした。

Iraq においては、
キリスト教は禁止されており、
Christian 達が迫害されている。
だから America 政府は、
Obama 大統領を push して、
Iraq を激しく攻撃し、
天罰を食らわせ、Christian 達を救出すべきだと、
鼻息粗く語っておりました。
あくまで普通の公共の Radio 放送で、です。

このように、Christian 達を助ける為に、
Islam 教国家に爆弾の雨を降らせ、
結果として、
その地域に住む人々がが死んでも、
それはケンチャナヨ、という考え方なのです!

Iraq では、
Christian 達が迫害されてるというけれども、
基本的に、Iraq は Islam 教国家なんだから、
Islam 教の伝統に基づいて運勢されているのは、
当然のことなのです。

それを、Christian 達が押し掛けて行って、
「Muhammed は偽予言者だ。」
などと公の場で大声で言ったら、
投獄されたり、
弾圧されたりする可能性は大です。

それはそれで問題かもしれないけれど、
そのことを理由に、
Islam 圏の国に爆弾を落としても、
何の問題解決にならないどころか、
かえって問題を悪化させるだけです。

そして今度は、Islam 圏の国々においては、
退廃した America こそが Satan であると考えるだろうから、
お互いがお互いの物差しで相手を計るようになります。

戦力において劣る Islam 教圏の人々の中には
Guerrilla 戦術を行なったり、
Terrorism に走る人々も出てくるでしょう。

America の、
このような自己都合な考えによる他国への攻撃が、
結果的に terrorist 達を産み出し、
争いを泥沼化させてしまっている、
という見方もできてしまうのです。

ただ、侵略勢力にとっては、
戦争は必須の Item なので、
このように、イエスのみ言葉を逆手に取り、
侵略戦闘行為を正当化する logic を構築してしまい、
「神の正義の為の戦い」という、
果てしなき戦闘行為へと、
人々をいざなうことに成功したとも言えます。

このような、イエスの名を用いながら、
戦争と殺戮を繰り広げたキリスト教勢力と比べて、
日本はどうだったでしょうか、

日本は、古くから八百万の神を祀り、
異なる神、宗教、考え方を認めてきました。
また、誰がどの神を信じ、どの宗教を信じるかも、
基本的に、個人の自由意志に委ねられていたので、
日本は、太古の昔から
「信仰の自由」
が認められた国であり、
民主主義の基本形ができていた国でもあったわけです。

この二つの国が、
歴史の転換点において相まみえるようになったことは、
偶然とは思えません。

神とイエス、平和を叫びながら、
戦渦を拡大させ続ける America。

真の世界平和実現を目指す日本。

「どちらが本物か、決着を付けようじゃないか。」

と、挑まれてきた、と考える方が、
妥当ではないかと思います。