「史実」を学べない歴史の授業 (日米編)Part 9 | Subaruのブログ

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う前々回の blog では、

「天は人の上に人を創らず」

という崇高な理念が America から来たものではない、
ということを話しました。

では、この思想の発祥の地はどこなんだ?

という素朴な疑問が湧いてきます。

私は、この
「天は・・・」
の理念は、実は、
元々日本の文化伝統として受け継がれてきた考え方を、
あたかも America から来たもののように、
諭吉さん風に Arrange して表現したのではないかと思うのです。

本来、人間というものは、
先祖代々受け継がれてきた思想と、
余りにもかけ離れた考え方を聞くと、
拒否反応を起こしてしまうものです。

それが証拠に、
福沢諭吉の平等思想に感銘を受けた朝鮮の人々が、
朝鮮にも平等思想を伝えましたが、
この思想を伝えた人達はことごく処刑されました。
しかも、
死体は切断された上にさらし首にされ、
さらには、
家族全員に至るまで惨殺されてしまったというのです!

その後、韓国は日本に併合され、日本は、
韓国にあった奴隷制と両班制度を撤廃してしまいましたが、
余計なお世話をされたことを、
70年たった今に至るまで恨み続けているのです。

差別と独裁が公然とまかり通っていた国に平等思想などを伝えた結果がこの有様です。

日本が、永年に渡る差別社会であったなら、

「天は人の上に人を創らず」

などという思想が、
砂地に水がしみ込むように、
国民全体に受け入れられたはずはないのです。

ただ、日本では、
「平等」という言葉は使われませんでした。

日本は、秩序を重んじる社会です。

先生と生徒
師匠と弟子
親と子

こういった関係の人々を、
平等に扱うことなどできません。

また、男と女にしても、
身体の構造も嗜好性も全く異なる存在を、
単に同じホモ・サピエンスだからという理由で、
全く同じように扱ったとしたら、
かえって支障をきたしてしまうのではないでしょうか?

むしろ、
日本の先人達が受け継いできた思想、
それはい

「人間というものは、
 位置や立場において差はあるけれども
 
価値において差はない

これではなかったかと思います。

そして、
この発想の起源をはどこにあるかというと、
それは、

「日本神話」

の中に見ることが出来ると思うのです。

神話とは、民族の Identity を形成する上で、
非常な大きな影響を及ぼしています。

だから、国々の民族性を知る手がかりは、
民族神話の中にあると言ってもいいのです。

日本の神話の中には、
様々な神が登場しますが、
どの神も皆個性的で、
泣いたり、笑ったり、葛藤したり、
悩んだり苦しんだり、立ち直ったり、
喧嘩したり、仲直りしたり、

それぞれの神の生き様が、
活き活きと表現されています。

その神々は、
人間達と密接な関わりを持ち、
中には人間と交わり、
子どもを儲ける神もいて、
神と人間との、
明確な境目を儲けていないのです。

だから、
「いつも隣に神様」
がいるというような発想は、
先人達から受け継がれてきた可能性が強いのです。

そして、この日本神話の中でも、
特に重要な story、それが、

スサノオと天照大神の物語です。

この二人(二神?)は、
共にイザナギという親神から生まれました。
ちなみに、イザナギは男性神で、
イザナミという女性神もいましたが、
スサノオと天照大神が生まれた時は既に他界していたので、
二人は父子家庭で育ちました。

地上をあまねく照らす光としての使命を与えられた天照大神は、
全ての神々の尊敬を受けますが、
スサノオは、
成人になっても母を恋しがって泣き続ける有様。

遂にスサノオは、
黄泉の国にいる母に会いに行こうとするのですが、
その途中に天照大神に挨拶に行ったら、
攻撃しに来たと、あらぬ疑いがかけられました。

スサノオは、
持って生まれた並外れた power を control する術を知らず、
彼の行く所、山河は震え、
天候は荒れたりしていたので、
天照大神も警戒したのでしょう。

他の神々からも恐れられていた上に、
実の姉からさえも疑いをかけられたことが元で、
二人の間に亀裂が生じ、
その後、スサノオは、
荒くれヤンキー神となり、
様々な破壊行為を繰り広げます。

それまで全ての神々からの尊敬を受け、
順風満帆の道を歩んでいた天照大神は、
弟の問題を解決できない挫折感から、
天の岩戸に引き込もってしまいます。

天照大神が引き込もってしまったことで、
世界は光を失い、暗闇に包まれます。
そこで八百万の神達は、
どうしたものかと会議を開き、
その結果、岩戸の前で、
どんちゃん騒ぎをすることにします。

世界が暗闇に包まれたのに、
何を楽しそうに騒いでるんだと、
天照大神が岩戸から身を乗り出したところで引っ張り出されて、
この世に光が戻ったと言われています。

一方、スサノオの方は、
度重なる悪行の故に天界から追放され、
地上界に降り立ちます。

スサノオはそこで、
一人の女性とその両親が泣いているのを見かけます。
スサノオが、何故泣いているのかとを聞いてみると、
その地域には、
八岐大蛇という恐ろしい大蛇が住んでおり、
毎年その家庭の娘を食べてしまい、
8人いた娘も、ついに一人となってしまい、
その最後の一人ももうすぐ食べられてしまうため、
別れを惜しんで泣いていたのだそうです。

スサノオはその時、
娘に恋をし、ご両親に結婚の許しをいただき、
結婚することになります。

天界では厄介者扱いされ、
のけ者にされていたスサノオですが、
自分を暖かく迎え入れてくれる家庭を見つけ、
自分の居場所を見出します。

すさんでいたスサノオの心は癒され、
愛し愛される喜びと、
家族の温かみの大切さを学んだスサノオは、
愛する者達を守る為に、恐ろしい大蛇との、
命懸けの戦いを決意します。

大蛇との決戦当日、
スサノオは、家族の者達に、
8つの桶一杯に入った酒を準備してもらい、
それを大蛇に飲ませます。

大蛇は泥酔してしまいますが、
それでも大変な強敵です。
酔っていたとはいえ、この大蛇を倒せる者は、
天界においてさえ、
おそらくスサノオだけだったでしょう。

スサノオは、その時初めて、
自分が授かった、
本来の power を max で放出し、
大蛇の八つの首を切り落とし、
葬り去ります。

すると、
その大蛇の尻尾から見事な剣が出てきました。
おそらく、スサノオの前にも、
この大蛇を倒す為に、勇敢に戦い、
無念にも命を落とした者がいたのでしょう。

スサノオは、一命を取り留め、
大蛇をしとめることができたことに感謝します。

人間界で家族の愛を学んだスサノオは、
その剣を献上するという名目で、
天照大神との再会を果たします。

一度は引きこもりになるほど挫折した天照大神は、
試練を乗り越えることで、
彼女の光に、さらに輝きが増していました。
今度はスサノオを暖かく迎え入れ、
劇的な和解を果たします。

そして、この、天照大神の系譜から、
日本の初代天皇となる、
神武天皇が生まれるのでした。

・・・・・・・

どうでしょうか?

ざっくりかいつまんで書いた上記の story の中にさえ、
神々と人間との、
深い交わりが記されています。

日本の神々は、古来より、
人間と交わり、寝食を共にし、
苦楽を共にし、時に人間から学び、
時に結婚して、
子どもまで産んでいたというのです。

先人達は、神々と力を合わせて、
国作りに励んできたというのです。
その、日本民族には、
人間を価値 level において区分けするなどという発想自体が、
出てこないんじゃないかということです。

上記の神話は、かなり深くて、
多くの人々が、様々な解釈をしています。
それで、私も、次回の blog では、
上記の神話に関して、
もう少し自分なりの考察を入れていきたいと思っています。