「共生共栄共義」を目指したニッポン | Subaruのブログ

Subaruのブログ

ブログの説明を入力します。

イエズス会がキリスト教の布教を始めてから、
日本での Christian 達は日増しに増えました。
後に織田信長が権力を握るようになりますが、
その信長からも布教は公認され、
10万人以上もの人々が洗礼を受けるようになったといいます。

ここまでは Rome や中南米の状況に似ています。

しかし、Spain にとって頭が痛かったことは、
Christian は増えているのに、
日本征服がままならなかったことです。

イエズス会は、本国に時折本国に報告を送ったことでしょう。
「日本での信者は、10万人を超しました。」とか。

その報告を聞いた本国 Spain の人々は、
「そんなに信者が増えたのに、
何で国家転覆の動きが無いんだ?」
と、ツッコミを入れたことと思います。

何が違ったのでしょうか?

私はこれには、
仏教の影響が大きかったのではないかとにらんでいます。

そこで今回はこの件に関して、私自身の、
全く独自的な仏教解釈に基づいた推論を展開していきたいと思います。

まず、仏教では色々良いことが説いてありますが、
よく考えると、仏教は、
「再現性」が乏しいと言う問題があるとも感じます。

仏陀は、仏道の実践によって成仏できると言いましたが、
実際に即身成仏を果たせた人は、
ほとんどいなんじゃないでしょうか?

有名難艱大学への合格者を出せない進学塾みたいな。

では、仏陀は一体全体なんだって、
修行によって仏陀になれるなんて言われたんでしょうか?

その疑問を解く鍵は、
仏陀が生まれ育った当時の釈迦国の状況にあるんじゃないかと、
思うようになりました。

仏陀は釈迦国の王子として生まれ、親に溺愛され、
優雅な暮らしをしていたと言われています。

仏陀は外の世界を知らずに育ったので、
「いやー。我が国はさぞかし豊かで、
みんな優雅な暮らしをしてるんだろうなー。」
くらいに思っていたかも知れません。

ところが15歳の時、初めて外に出かけて、
庶民の暮らしの惨状を知るわけです。

Homeless の人々、
病気なのに介護を受けられない人々、
面倒も観てもらえないで死にゆく老人。。。

一体何じゃこりゃー????
僕は今まで、何不自由なく暮らしてきて、
みんなも似たようなもんだろうと思ってきたのに、
食うや食わずの人達がこんなにいたのか???

雷に打たれたような衝撃で、
その日から、仏陀の苦悩が始まったと思います。

仏陀は出家したのは29歳で、
その頃すでに結婚していたというので、
最初は、王子という立場を生かして、
治世によって釈迦国を変えようとしたかも知れません。

しかし、王宮の栄華を楽しみたい人々とは、
仏陀は意見が合わない。

ついに仏陀は出家の道を選ぶことになったのではないでしょうか?

王宮の栄耀栄華を欲しいままにできるはずの者が、
質素な生活を営むことによって実現される、

富める者から貧しき者への過不足無き富の供給。

別の言葉を使うならば、

「共生共栄共義」

そのような社会の実現を目指したかったんじゃないか?

しかし、仏陀の教えをもってしても、
王宮の人々の享楽ぶりは変わらず、
貧富の差は埋まることはありませんでした。

因果の法則として現れた結果は、

「釈迦国滅亡」でした。

釈迦国は、コーサラという巨大な隣国に滅ぼされ、
仏陀はその時、弟さんを失ってしまい、
弟の亡がらを抱えながら、無念の余り、

「須弥の宝船、大海に没す。世間、大いに苦なり!」

と言って嘆かれたそうです。

釈迦国が仏道を受け入れ、実践していれば、
釈迦国は崩壊は免れ、
発展の道を行けたかも知れません。

因果の理法を発見しながらも、
仏陀は自分の国を守りきれませんでした。

仏道は、仏陀の生誕の地、
釈迦国では受け入れられていなかったのです。。

・・・・・・・・・・・・・

仏陀入滅後1000年ほどの時を経て、
仏教は日本に伝来し、
人々の心に深く浸透していきます。

麦の穂は、実る程に頭を垂れる。
諸行無常
盛者必衰の理
生々流転
苦あれば楽あり
坊主が屏風に上手な坊主の絵を描いた。

何気ない言葉の中にも仏教が反映しています。

その中でも、特に強い影響を受けたのが
「武士道」でした。

キリスト教宣教師達が日本の社会を見て驚嘆したことは、
支配階級に属する武士達が、

「武士は食わねど高楊枝」

の言葉に代表されるように、貧乏だったこと。
そして、武士達が己の理念と信念に基づき、
誇りを持って生きていて、
貧乏を恥じている者が一人もいないということでした。

その当時の日本は、貨幣流通経済が発達していて、
庶民たちも、そこそこにお金を持っていたそうです。

前の blog に書いたように、
中南米では、貧民層がキリスト教を受け入れ、
裕福な支配階級の人々と戦い、
国家転覆を実現させました。

しかし、当時の日本においては、

庶民が金持ちで、支配階級が貧乏。

世界の常識が当てはまらない、
不思議の国、ニッポン。

そんな状況の社会で、
国家転覆など、起こりうるでしょうか?

仏道を受け入れなかった釈迦国は滅びましたが、
仏道を受け入れた日本は、
仏陀の願いに近い形での社会を実現をし、
そのことが結果的には、
日本を崩壊から救った一つの要因となったと、
私は思うのです。

日本は仏教に借りがあるかも知れませんね。。

にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ
にほんブログ村