橘京助は三人分のコーヒーカップを用意し、コーヒーメーカーのフイルターに粉コーヒーをセットしてスイッチを入れた。
水は家の後ろの岩盤から流れ出てくる水を水道管を使って水屋まで引き込んで甕に溜めてあった。
大山が「この前入れてくれたコーヒーは旨かったね。確かに水が違った」と言った。
「俺がこの家に引っ越してきた当時、水量はもっと多かったがね。年々水が減ってきたね。特に最近は森林組合の山林の一斉伐採で湧き水の量がぐっと減ったね」橘が答えて言った。
「義理の母親が言っていたが『この湧き水は私が嫁に来た時、主人とお父さんが岩陰から出てくるチョロチョロ水を見つけてココまでパイプで引いてきたんだ』と言っていたね」
「義理の母親っていうのは奥さんの母親?」松江匡が興味顔で聞いてきた。
「あぁ、そうだよ。昔々の話だよ。今では町水道が全戸で使えるがその昔は各家庭は井戸水や山から引いてきた湧き水を利用していたね。今75歳の家内の幼少の時代の話だよ。俺の知らない、ざっと遡れば70年も前の話だね。俺は立場としては養子だからね」橘京助は笑った。
橘がコーヒーを用意していると松江匡がテーブルの上のプレートの焼きソバのカスをペイパーで綺麗に拭き取り
ポットから温水をコップに入れプレートに注いだ。プレートからジューと蒸気が上がり焼けカス浮かびあがった。大山が「松江君、上手だね。焼けたプレートに水を注いで残りカスを処理するなんて!さすが理系の発想だね。家内に教えてやろう。狭いシンクの中で大きなプレートを洗うのに苦労しているんだ、毎回ね」
大山はテーブルの上の小鉢や皿、ハシをシンクにいれ洗剤のついたスポンジで洗い始めた。これも手慣れた動きだった。
「大山も松江君も台所作業は手慣れたもんだね。毎日の生活が出てきているね」と言って笑った。
夫婦に多少の身体にガタツキは有ったが三家庭とも現役で仕事をして生活するには困らなかった。
洗い場の作業も終わり、注がれたコーヒーの香りが鼻から肺に向かって流れ込んで鼻腔の奥の神経を
撫でる。
「酒を飲まない俺たちには一番の神経細胞が弛緩する瞬間だね」橘の言葉に大山も松江も黙ったままだったが
納得した表情をした。
橘が自分のスマホのスイッチをいれ家庭連合の田中会長の記者会見のドキメンタリー映像を映し出した。
「この記者会見会場は東京の本部教会だね。司会をしている若い人を初めて見るね」
「俺が本部教会に入ったのは何時だったかな。もう何十年も昔だね」「俺なんか東京の本部教会は建て替えられる前の三階か四階のコンクリートビルの思い出だよ。階段を上がると木製の簀の子の横に下駄箱があったのを記憶しているね」
「俺は新しいビルには88年頃だっかね。ブラックフンジンニムの大告白の有った時だね。会場で貧血で倒れてスタッフに助けられながら会場の外に出たね。十二指腸の出血でやっと退院して東京まで新幹線で出かけたんだ。確か東京にも雪が積もっていたね。廊下に出て窓の外の庭石に雪が有ったもの。私の実家では父親の葬儀が行われていてね。家内と2歳の息子が葬儀会場、俺は東京。12月12日だったね。父親の葬儀にも出ないで信仰儀式を優先しても負債は感じなかったね。今、冷静に振り返ってみると波乱万丈な人生の一コマってところだね」
「古参の教会員は誰でも似たような大なり小なりの経験をもっているものね」
三人には三人それぞれ思い出のある東京渋谷区松濤町の本部教会だった。
橘のスマホから『今日は田中会長の記者会見にお集まりいただきましてありがとうございます。今日司会を務めさせていただく広報のタナカともうします。実は私の実家が青森でして・・』と最近発生した青森での地震の話題に触れながら始まった。
「会長の交代挨拶が10分くらい、その後記者質問で記者にマイクを手渡すのでその場で質問してください‥。終了は5時を予定しています」
写真撮影の後、会長の挨拶があった。内容は辞任に至る経緯の説明だった。つづいて集まった各社の記者が質問。
最初に質問に立った記者はテレビ朝日の記者だった。「退任は韓国の教団本部から指示があったのか?」だった。
これに対しての回答は「この質問はこれまで何度も受けました。交代するということは何度も言ってきたが、解散問題の裁判の審理が思った以上に長く続いてきたため今日になりました」と辞任が今日の発表になったかという言葉から始まった。
さらに後任人事に至る経緯の話が続き「役委員会の了承を今朝終わって次期会長の発表も今日になりました」と結んだ。
橘や松江、大山も会長辞任のニュースはネットの速報ニュースだった。
「・・・最高裁の最終審議が11/21と決定したのを受けて後任人事の人選に入ったは6月でした。定款にあるように役員会で『現会長が次期会長を推薦する』と規約にのっとり人選に入りました。今の解散問題の裁判の継続と新しい未来の教団を担う人材を選ぶため6カ月近くかかりました・・・・」と次期会長の人選の時間経過を具体的に口にして質問に答えた。
その後朝日新聞のキタノという記者が前の質問者の返答を受けて質問した。11月韓国の本部役員の来日についてだった。
「・・・11/28の件の質問には『私は日本の会長であると同時に日本という大陸の会長を兼ねています。大陸会長は世界本部のコントロールかになっていたので、世界本部から来てもらって大陸会長の辞任式を行っもらうために来てもらったのが真実です。その時日本の大陸会長の就任式も執り行ってもらい、今日役員会で私の辞意が認められて発表したというのが正式な流れです」と語った。
「次に『お詫び』の件ですが、法律の専門家による第三者委員会も発足したので、これまでの法の枠組みでの被害者という枠を越えての『お詫び』をさせていただいたという事です」と述べた。
続いて共同通信の記者も『お詫び』と「謝罪』に対する質問をした。
3人目の質問者は毎日放送の記者だった。天地正教との関連性とに関連性に対する質問を行った。
次に質問したのはTBSテレビのナガハシという女性記者が質問した。
「今回の『お詫びと謝罪』は個人的な事であって本国の本部を含めた事ではなくてあくまで個人的なことでしょうか?そして補償委員会に訴えた方に分派の方がおられてこれを知った本国の教団本部の幹部が激怒したという情報があるんですけど本国の意向に沿わない賠償はすすめられるのでしょうか?」と質問した。
田中会長はこれまでマスコミでとりあげられた”お詫びと謝罪”の違いの質問に対する教会サイドの見解を述べ、これまでの”お詫びと謝罪”の意味と今回話した”お詫びと謝罪”の違いの説明があった。
田中会長が”お詫びと謝罪”の見解は法的な加害者、被害者という認識に立ったうえでの語句であり、裁判に結論が出ていない段階で”お詫び”と”謝罪”の語句を使用する違いを述べた。
そして会長が口にしたのは「分派の人が補償委員会に訴えてそれを知った世界本部が激怒した・・・・という質問に対するものだった。
田中会長は「どこからの情報ですか?」と逆質問した。
これに対してTBS記者は」「それはこちら側で取材して・・」
田中会長 「どこで取材さらました?」
記者 「それはこちらで・・・」
田中会長「取材されました?」
記者「ハイ、それは情報が有るという事で・・」
田中会長「どこに取材さらました?」
記者「それは取材源を秘匿という事にさせていただいて…ポイントは今後補償委員会に被害を訴える方が出てき
きて、本国の意向にそわない賠償が行われるか・・」
田中会長「ちょっと待って下さい。話をそらしてはダメです。情報を確認しましたか?これほど重要なポイント
です。確認しないて聞くことは‥…確かな確認をもって聞いてほしいんです。
この事に私が答えさせていただくと私も始めて聞く事です。補償委員会に分派の人が申し出て、
世界本部に人が激怒した…。激怒してどうしたというんですか?」
記者「そこまでなのです。たとえばそういう・・・」
田中会長「世界本部は激怒して、それからどうしたんですか?」
記者「そこまでは・・・・」
田中会長は「…補償委員会は世界本部から全く独立した立場です。また私たちからも独立した立場です・・・」
さらに補償委員に訴えがあったのは初耳です。どこからの情報ですか?」と明言した。
記者の質問はそれ以上は無かった。
その後4人の記者の質問が続いて1時間10分余りライブ録画は終わった。
いつもは冗談がまず唇から零れてくる二人だったが、今日は松江匡も大山巌もまだ画面を見つめ黙ったままだった。
橘京助は記者会見で一つ一つの質問に真摯に答える会長の言葉に感謝した。
橘京助は今日まで統一教会が辿ってきた65年の歳月を丁寧に紐解いてゆくことが自分にとって大切な事のように思えた。
統一教会の歴史、それは目に見えない神を信じ(信仰の)命綱を離さず保ってきた自分の人生の証明書のように思えるようになったからだった。大きな船に命綱を託したように・・・。
証明書は他人から証明されてこそ証明書になりうる
他人の証明記録を自分の証明書として提出したなら窃盗罪?。
偽の内容をもって証明したら偽証罪?
自分で自分を証明したものは?自己宣伝と言って証明書としては?