小説 ♪絶唱♪ -4ページ目

小説 ♪絶唱♪

ドキメンタリ-風小説絶唱
epilogue《エピローグ》小説それから
第3部 こころ 75歳になった男が感じる天の役事
第2部 共鳴太鼓 未来を背負う若き世代の物語
第1部 やまぶきの花 戦後まもなく生まれた男が生きた昭和、平成、令和の物語。

  

 12月大師走。近くのスーパーに立ち寄ったが師走の雰囲気は無かった。いつもの同じような買い物客でノンビリと買いモノを続けていた。そのスーパーは明日の正月もオープンすると張り紙にあった。

 車を運転しながら”買い物忘れ”を思い出してもう一つのスーパ―に立ち寄った。

 アルバイトの学生が数人が忙しく立ち働いて、上司の店員が右や左のアルバイトに指示を出して一昔の年末恒例の慌ただしさだった。店内の冷陳や棚、台車には空きが目立っていた。入口には正月1、2日は休業の知らせが張り紙が有った。橘京助は東京上野のアメ横の年末のごった返した雰囲気を思い出していた。懐かしい思い出だった。

 

  自家用軽自動車””アジト”の出かけた。ある時は軽トラックになり、ある時は患者搬送用救急車にもなった。

今年の年越しはこの”アジト”だ。この前の会合もここだった。

 築70年の母屋に15年ほど前に義理の姉と妻の協議で改造建て増した。父の逝去後、独り暮らしになった母のため風呂とキッチンとダイニングルームを集約した造りにした。

 

 京助は庭に車を止め母屋の縁側に荷物を降ろし、建て増した部分の裏口ドアから入った。

 「寒い!」右肩をブッルと振るわせた。

 人の住んでいない家屋の寒さだった。

 縁側から荷物を運び冷蔵庫に食料品を入れ、その他の雑貨品は段ボールのままキッチンの床に置く。

 裏口ドアの天井にあるブレーカーの本電源スイッチを入れる。次にキッチンの照明。

 数年前自分で取り換えたLED照明が点灯した。

 昔は電熱線がみえるガラス玉の電球がくぐもった光を放ったものだった。室内照明はすべてLEDだった。

 記憶にある電球の光線の思い出は昭和40年代の生まれの京助にも妻育代にとっても孤独に繋がっていた。

 義母の逝去後、住人の居ないこの家屋のLEDの光線の裏側にも孤独が張り付いているようで心が沈む。

 この家に入る度にいつも京助は思った。太陽光線を身体いっぱいに浴びて過ごした夏休みの光景を想起させる昼の明るさが恋しい。

 再び外に出て庭の片隅にあるボックスを開き水道の元バルブを開ける。

散水用の水道蛇口から勢いよく水が吹きでた。再び家屋に入ってキッチンの水道バルブを開く、ボコボコと続き勢いよく塊になった水がシンクの金属板を打ち付けた。

 

 電気ストーブの赤外線が衣類を突き抜けて肌を照射してくる。IHコンロに水を入れたヤカンを乗せ沸騰するまでジッと待つ。

 身体を取り巻く空間が時間と共にゆっくりと流れているのが感じられる。

 独り夕食を済ませて外に出る。

 雲の切れ間から時々、月が顔を覗かせ、すぐに白いベールに覆われる。月の輪郭がベールを明るくする。

 月の下に星が瞬いていた。星に名前が付けられる数千年前も同じように光輝いていただろう。

 今晩が月齢13夜、正月3日が満月とか

 満月に向かって吠えるかな♪~~

 次回につづく