サンケイ新聞は5月2日のデジタル版で・・・・
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)は2日、総本山を置く韓国の京畿道加平で合同結婚式を開いた。教団によると、日本からの約430人を含む計約千人の新郎新婦が会場を訪れた。教団を巡っては、日本で解散命令を受け清算手続きが進み、韓国では韓鶴子総裁が前政権との癒着疑惑を巡り逮捕、起訴された。
昨年の式では、韓氏が新郎新婦を前に婚姻成立を宣言したが、今年は出席していない。 会場の教団施設には朝から大勢の新郎新婦や家族らが集まり、記念撮影した。兵庫県の20代の新郎は、教団を巡る現状について「(解散命令で)教会が使えなくなり、集まる場所が失われ悲しいが、心の在り方は変わっていない」と語った…と伝えていた。
サンケイ以外の新聞社、全国の地方紙、ブロック紙でも掲載されているようだった。
京助の知っている夫人の4人の子供さんの長男がこの結婚式に参加した。
御主人は2024年2月長女の家で突然亡くなった。亡くなる少し前ファミリーレストランで父親と会食する機会が有った。彼は会社で経理に仕事についていた。真面目一本のような人だった。名前は長峰誠と言った。京助は長峰誠と長男との間に溝が有るのを感じていた。長峰は長男を心配し愛しているのは時々の話から聞いていたので不思議に思っていた。その事を聞いた時、長峰誠は言った。「高校生のころ貧しかった事もあり欲しがっていたモノを買ってやれなかったんだ。余りにも要求してくるので私も怒鳴ってしまったんだ。それから彼が僕に心を開かなくなった。私も反省して彼の心の動きを何時もみながら声をかけるようになって長男との見えない溝が益々深まるようになっていった。あの時、怒って口にした言葉で彼の心に傷を付けてしまった・・・。それが発端だった・・・」
目を落としながら言った。長峰誠はそれ以上は口にしなかった。
京助は長峰誠の長男に対する思いを何度も聞いていた。長男に対する思いやりを知っていたので長峰親子の溝が何時かは埋まるだろうとは思っていたが一昨年突然亡くなった。長峰誠と夜10時から行われていた教会での深夜祈祷会で顔をあわせていた。
「仕事帰りで祈祷会に参加して終わってから家に帰るんだ」と言っていた。彼が長男の結婚式を夢見たのは知っていた。
今回の合同結婚式に参加したという連絡を受けて京助も安堵した。
『きっと亡くなったご主人の長年に渡って注いで愛情と霊界からの協助で彼が参加したんだね』京助の妻の言葉に素直に「そうだ」と思った。
『宗教は民衆のアヘンである』と言われる。
その生みの親にカール・マルクスはみずからの著書で言った言葉。
その共産主義者はいう『自然界の全ての事物は内部に抱く対立する二要素の対立と闘争を続ける過程をとうしで発展する。この法則は人間の社会発展にも歴史発展にもこの法則に従っている」と。
彼らの思考は「対立する二要素を厳密」に峻別する処から始まる。
沖縄辺野古沖埋め立て反対も、政権与党の政策に反対するのも・・・
彼らは最後は勝利するという。持たざる者、差別される側、抑圧される側は革命が必然的に起こって、持つ者に、差別した者より優位な位置に、抑圧した者より優位な位置に・・・。
この位置に登るまで決して戦いは終わらない、終わらせない、執拗に糾弾し、追い詰める
何故って? 歴史が証明している。事物の発展法則がそのようになっているだろう!
連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることは辞さないが、力尽くさずして挫ける事を拒否する
・・・・京助は今、理解した。55年経って理解できた。
解散命令がでても必要以上に監視した内容を切り取り、ネット上に公開している人たちの姿を見て
共産主義に反対してきた勝共連合は『発展は事物になかにある相対要素(主体と対象)が共同目的のもとに相互作用により新しい事物を生み出してゆく』と
更に『宗教は民衆のアヘンである』の言葉に橘京助は思う
『見えない神を信じる信仰は何もいらない』
「何故なら無形な神は有形なモノを持ち出されも困惑するばかりだろう。アヘンなどと言う薬物などの物質用語を持ち出されても・・
また言論を重んじる人は、いにしえの政治家であり作家のエドワード・ブルワーが戯曲に書いた『ペンは剣よりも強し』の言葉を引っ張りだして言う。
橘京助は思う。『ペンは剣よりも強し』・・・『剣より強いペン。そのペンより、もっと強いモノ。それは無形にして視覚、聴覚の感覚では捉えることの出来ない神を信じる信仰心。
神も無形なら信仰心も無形、更に付け加えるな‶愛”も・・・故にこれを放棄させるにはもっと大きな深い‶愛”』と・・・
要は無形な神を慕う主体的動機がないところに神を認識する感覚など蘇ってはこない
無形の神への信仰がアヘンの誘惑より強く、剣より強いペンより更に強くなければ”神”は閃いてはこない
~次回に続く