2026年9月中旬
森本芳樹は飛行機の窓越しに外を見つめた。機体は大きく円を描いて離陸コースに向かっていた。
やがて広島空港の出発用滑走路を疾走し始め,機体の振動音が全身に響く。轟音と共に数秒後、身体に伝わっていた振動波が突然消え機体が離陸していく感覚が伝わってきた。
このまま無事離陸できますように・・・
旅客機に乗りシートベルトを締め離陸する度にいつもこの気持ちに襲われる。
始めて飛行機で韓国に渡ったのは・・・?今から50数年前だった。日付だけは憶えている。2月6日、東京羽田空港からだった。
森本芳樹が早朝便で韓国に行くためには九州福岡空港か広島県の西部三原市本郷の広島空港だった。どちらもホテルか自家用車内で一泊しなければならなかった。午後に到着するには山陰鳥取の米子空港では可能だった。妻の実家に婿養子として入ってしまってからは何処かで一泊するしかなかった。
東京近辺に住んでいた20歳の頃は東京から離れる気持ちなどサラサナなかった。妻と偶然出会って、所帯をもった。入籍届を出しに大田区の区役所に出向いた時『婚姻届けの氏名欄の苗字はどうされますか?』と聞かれた。二人で顔を見合わせた。二人とも故郷に帰る気持ちなどなかった。「僕の苗字の森本で」言いながら横にいる女性に顔を向けた。何も言わずに目で合図した。
森本芳樹は機内の窓から外を見た。残念ながら山間を抜けて日本海が拡がる住まいの地域は厚い雲の下で上空から見る事は出来なかった。白い煙のような雲の中を進んでいた。時折雨に当たって飛行機の翼が小刻みに揺れている。
先月の下旬、長男が今年41歳になった。妻の実家に帰って40年の歳月が過ぎ去った。
12時40分。韓国インチョン空港は晴れていた。空港待合室を出て車道に停車していた送迎用のバスまで歩く。立体車道を抜ける日差しと風は秋の陽と風だった。出発前の日本は9月中旬とはいえまだ夏だった。いや真夏だった。目の中までキラキラする太陽光線が襲ってきて、痛かった。
今回の渡韓の目的は火曜日から始まって金曜日の早朝で帰国する韓国京畿道にある教団の修錬院で行われる“霊性3日修錬会”に参加するためだった。
修錬会の三日目の木曜日の午後の‶共鳴呼名祈祷会”のイベントだった。今回の修錬会参加700名余りが男女のグループに別れ、そのうちの、男性だけのグループのなかで更に順番に横並び八名の椅子に座り、さらに順次に4名の班体制でスタートするイベントだった。
森本芳樹の班は東京在住の人2名、福岡在住の人1名、そして森本だった。始めての顔ぶれで知り合いはいなかった。年齢も中年過ぎから老境の入り口、熟老年。年齢に応じて頭髪も純白から7部ほどの白髪、一人だけ頭に黒髪がのっていた。さらに祝福式(結婚式)の時代も777双(1970年)、1800双(1975年)、6000双(1982年)、6500双(1988年)と年齢も旧統一教会での信仰暦も違っていた。
火曜、水曜、木曜日の三日間にわたる修錬会は人里離れた山の中で修養生活のような時間だった。
金曜日は高速道路の山陽道から少し南に下った長男夫婦が暮らす呉市の住宅に立ち寄っての土曜日の夕刻8時ころ、住み慣れた居住地に着いた。
帰国して1週間が過ぎると10月を迎える。
ここ数日は日本海に面した田舎では草木はまだ紅葉はしていなかったが海から陸に吹いてくる昼の海風も、海に向かう夜の陸風にもしっかり秋の気配が有った。
森本芳樹は月が替わって10月に入った二日目の明け方早く目覚めた。
スマホのラインを開いて目当ての宛先名を探した。
田中憲明といった。表示名はT:のりあき。
森本芳樹が東京時代に伝道した青年が看護師の女性を伝道して、さらに次の世代を伝道した4代目で、現在2人の男の子を持つ田中憲明だった。
スマホの画面の小さな文字盤を苦労しながら探し、タップして
ラインで時候の挨拶と近況を知らせるためだった。
--------9月中旬からの霊性3日修から帰国して2週間が経ちました。修錬3日目無作為で集まった4名でチームを作り自分の“願い事”を祈り合う合心祈祷の時、偶然にも偶然にも、霊の祖父に当たる方と同じチームになりました。いままで私の霊の血統(伝道していってつながる人の系列)の先輩がわかりませんでした。今回、私の3代前の親は佐々木〇〇さん、その親は岩城〇〇さん、その親は777双の今井○○さんで1966年頃のだったようです。それから前はまた連絡しますと知らせていただきました。一昨年から、統一食口は天から選ばれた“選民”として自覚する教育が始まりました。その栄誉に浴する事が出来るようになったのもこうした代々の“霊性の精誠があった”ならばと感謝させられている毎日です。日本に統一教会が宗教法人として認証されたのは1964年。日本で統一教会が設立したのが1959年、宣教師が釜山港から日本に出発したのは1958年7月。それから68年の歳月が進んできた。たとえ今は離教されている方があったとしても、伝道に決意された動機が有ればこそ、信仰を持ち続けている私自身があり、息子の誕生があり、孫二人と三世代の意味の大きさ重さ、愛の深さを自覚する事ができるようになったと思えるようになりました。
今年は例年と違う気候変動を実感するような毎日です。お互いに健康に留意しながら毎日を送りましょう。何時に日か再会できることを楽しみにしています。
森本芳樹拝
----------と。
★次回に続く