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小説 ♪絶唱♪

ドキメンタリ-風小説絶唱
epilogue《エピローグ》小説それから
第3部 こころ 75歳になった男が感じる天の役事
第2部 共鳴太鼓 未来を背負う若き世代の物語
第1部 やまぶきの花 戦後まもなく生まれた男が生きた昭和、平成、令和の物語。

  

 橘竜二は広島駅の横に立つホテルのフロントで受付を済ませエレベーターで5階の部屋に入り旅行鞄のチャックを開いて普段着に着替えた。

 これからひと眠りし平和公園を訪れ、明日は宮島を巡って明後日は妻の実家に立ち寄って挨拶する事にしていた。

 この地を訪れるは何十年ぶりになるか?

 

 駅南口は工事中でカラーコーンと綱で囲いがしてあった。駅前の路面電車のホームで平和公園に行く電車に乗り込むため路線図を眺めていると改札案内の職員が「どちらに?」と声をかけてくれた。「今日は付近の繁華街を散策して原爆ドームに参拝し、明日は宮島に行ってこようと思っています。何しろこの地を訪れるのは50年ぶりですからね。妻の実家がここ広島県の奥地の比婆山の麓ですので・・・」

 「昼間ですので電車で7番目の銀山町で降りて電車通りに平行しているアーケード街をゆっくり散策しながら歩いてゆくと平和公園に行けますよ」と親切に教えてくれた。

「この暑さですのでアーケード街を歩いてみるのも良いかもしれませんね」竜二は答えた。

目の前に停車していた路面電車のドアが開いて待っていた乗客が乗り込み始めた。

 

 橘竜二は案内駅員に言われたように旧型の路面電車に乗り6番目の停車駅で降り車道を横切ってデパードの横を入ってアーケード街を目指した。

 日曜日で人は多かったが混雑するほどの人の渦ではなかった。数時間前に立ち寄った東京の渋谷の繁華街を思えばやはり地方都市だった

 

 デパートの立っている十字路の交差点を歩くとビルの間に口を開けたような長いアーケード街の空間が有った。駅員に言われたように進む。日曜日の午後と会って行き交う人もだんだんと多くなった。四百メートルくらい歩くと目の前に路面電車の高架線が見え信号機があった。

 竜二は思い出した。始めてこのアーケード街を友人坂本誠一と歩いた時、店の前でカーキ色の帽子を被った白装束の男性が座って軍歌をハーモニカで吹きながら頭を下げていた光景を。

 男の前には箱が置いてあった。

 竜二は戦地で負傷し広島の地に復員した傷痍軍人が物乞いをしているとすぐ判った。

 昭和47年、まだ山陽新幹線が開通していなかった。

 

 信号が青に変わった。

 横断道路の先に幟旗が見えた。頬に小型マイクを付けた二十歳過ぎの女性が二人の男を両脇にして演説をしていた。

 人の塊が崩れるように対岸に向かって歩き始めた。竜二は途中、路面電車の線路に足を取られそうになって少しヨロケてしまった。歩幅も短くなり腿の筋肉も少しずつ衰え意識しない限り摺り足だった。

 やっとの思いで辿り着いてホットするといきなり目に前にブルーのチラシを差し出された。

 竜二は思わず手を出してチラシを受け取った。「???」若い女の子だった。

 周りに5、6名の二十歳前後の男女が同じように手にしたチラシを道行く人に手渡していた。

 

 チラシを竜二に渡した女性の背後に突然男の顔が出た。

 同時に女性が悲鳴をあげた。

 歩いていた歩行者が竜二とは逆の方向に秩序なく一斉に動き始めた。竜二は人波に押されヨロけ倒れ始めた。このままだと骨折するという思いが沸いてきた。とっさに両手を前に突き出して道路に俯せになった。チラシを配った若い男女が一斉に駆け寄ってくるのが音でわかった。

 悲鳴をあげた女性の背後から顔を出した若い男の顔・・・目・・・?!

 見慣れた人間の目ではなかった。

 

 

 ◎ 次回続く