前回のあらすじ
橘竜二は新幹線で広島駅に着いた。この地で2泊して原爆ドームと宮島に参拝してバスとレンタカーで妻の実家に挨拶に行く予定だった。駅から路面電車に乗り途中で降車して商店が並ぶアーケードを散策して原爆ドームに向かう事にして歩き始めた。交差点を渡りきった通路で女性とぶつかって竜二はふらついて後向きに倒れはじめた。考える余裕はあった。身体をひねって両手を前に出した。アスファルトの道路に両手をついて転がった。
竜二は倒れながら「意識は切らすな!目に映る全てを記憶しろ!」頭のなかで自分を鼓舞し続けた!
女性の悲鳴は耳の奥で共鳴し続けていた。悲鳴が恐怖で震えていた。
ドンという衝撃音が左肩から聞こえ、同時に激痛が肩から脳髄に走った。
周辺の騒音とざわめきが遠のきはじめたが懸命に意識の糸に力を注ぎ続けた。
「意識をきらすな!」
黒いアスファルトの道路に倒れたまま上を見るとアーケ-ドの格子は太陽光線で奇妙に明るかった。ア-ケ-ドの天井がこんなに明るいとは知らなかった。
突然、若い女性の顔が目の前に迫った。
悲鳴上げた女性では無かった。
「大丈夫ですか?!・・救急車を呼びましょうか?」
「・・・・・だい、じょう、ぶです・・」竜二は起き上がろう身体をひねって右手を地面に着き
身体を起こしかけた。
「ちょっとこのまま静かにしていてください。もし頭でも打っているなら動くと危険ですので」
女性は竜二の顔をマジマジと見詰めて言った。
いっしょにチラシを配布していた仲間たちだろう。竜二の廻りを取り囲んで通行人の波を分けてくれていた。
竜二は自分で頭を二、三どグルグル回した。意識は途切れることもなくハッキリしていた。
「あぁ、大丈夫です。頭も打ってないようだしね」
介助してくれた女性も少し安堵の表情を浮かべた。
横断歩道の信号機が青になって人の波が大きく動きはじめた。路面電車が止まりその横に7月20日の参議院選挙を呼びかける広報車が並んだ。車の拡声器から女性の声がアーケード街をトンネル代わりにして遠方まで伝わってゆく。
ゆっくりと立ち上がろうとする竜二を若い男が両脇に回って支えてくれた。
竜二は自分一人で立つ自信はあったが素直に二人の補助を拒絶することなく受け入れた。両足でしっかり立ち二歩、三歩と歩いて振り向き「もう大丈夫ですよ。咄嗟の判断と動きがズレで倒れてしまったようなものです(これを老化というのだろうけれど・・・)」
「観光でいらっしゃったにですか?」介助してくれた女性が尋ねた。
「県北に妻の実家があるのでそこに挨拶に行くついでに原爆ドームと宮島でも訪れようと思ってね。このアーケード街を歩くのも50年ブリくらいなので懐かしく思って歩いていたんだ」意識しないまでも気取っている自分がいた。
「県北って、どちらですか?。僕の父の実家が県北なんですけど」立ち上がる時介助してくれた男が聞いてきた。
「その昔“ヒバゴン”っていうのが出現したと全国的にも有名なった所だよ」
「ヒバゴン?」「ゴリラに似た人間か?人間に似たゴリラのような類人猿?ゴリラに似た人間か?と全国的に有名になった謎の動物なんだ。余りに有名になったもんで全国から問い合わせがきて町役場に「類人猿係」までできて対応したと話題になった土地なんだ」
「へぇー始めて聞きました。お盆に田舎に帰ったら祖父に聞いてみよう」
男の子は笑顔で「このアーケードを真っすぐ進むとスクランブル交差点にでます。川沿いに右に向かうと原爆ドームです。暑いですから気を付けて行って下さい」といって頭を下げた。
竜二も一礼して歩き始めた。
すぐ後ろから声があった。
「転んだところにこれが落ちていました?自分のもちものですか?」相棒のもう一人の青年だった。
青年はスマホより小さな電子器具を見せた。竜二は頭を左右に振って「僕のではないね?」
というと青年は「小型受信器か発信機のようにみえますね。メイドイン・ジャパンの文字がないから外国製のものでしょね。今年は特別に海外からの観光客も多いのでその人かもしれませんね。広島市も国際都市になりましたね。これは近くの交番に届けておきます」
青年は「暑さに気を付けてください」と言って仲間がいるところに向かって走っていった。
石の橋を渡る手前から少し傾斜した歩道を歩いてゆくと垂れ下がった樹木の枝に向こうに赤さびた色に塗った鉄骨、瓦礫のドームの建物があった。
ドームを見上げると空は抜けるような青空が広がっている。
『背後から襲われ悲鳴をあげた女性はその後どうなった?女性の背後にみた若い男の冷めた目・・・」頭脳に悲鳴が聞こえ、男の目が浮かんだ。
次回続く