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小説 ♪絶唱♪

ドキメンタリ-風小説絶唱
epilogue《エピローグ》小説それから
第3部 こころ 75歳になった男が感じる天の役事
第2部 共鳴太鼓 未来を背負う若き世代の物語
第1部 やまぶきの花 戦後まもなく生まれた男が生きた昭和、平成、令和の物語。

  

前回のあらすじ

平和公園に向かう観光客の後ろ姿を漫然と眺めている自分をジッと凝視している胸の奥底にいる塊が呟(つぶや)いているのを知った。

『お前には残された時間は限られたいるんじゃない』音の無い声だった。

 橘竜二は急遽明日の宮島参拝を取りやめ明日亡き妻の実家に訪問する事にした。

 

  広島県庄原市西条町、その昔は比婆郡西城町といった。平成17年3月31日に1市6町で現在の地名に変更された。

 橘竜二がその地を始めて訪れたのは昭和50年(1975年)、今から50年も前のことだった。広島駅からJR芸備線で三次市、庄原市を越え備後落合駅で山陰出雲に向かう木次線に乗り換えた。前もって連絡しておいたので義兄山下豊治が駅までバイクで迎えに来てくれていた。

 田圃の稲は収穫され、田圃のアチラ、コチラから脱穀した稲束の燃え屑から煙が真っすぐ天に昇っていた。晩秋の夕暮れだった。

 広島駅から離れるに従って車窓から農村の風景が拡がっていった。高校生の時、竜二が通学で故郷山陰本線のJRから見ていた日本海の風景とはまた違った風景だった。海に沈む太陽も山の端に隠れてゆく太陽も悲しみを一杯抱え込んでいるようで見ている側の気持ちまで悲しみが押し寄せるようだった。これだけは同じだった。

 あれから50年だった。

 橘竜二はホテルで広島駅からJR列車で時刻を調べてみたが妻の実家の近くの駅舎を通る列車は一日朝、昼、夕と上り下りともたった3便だった。サイトで調べてみると路線の存続がJRと関係する自治体で協議されているとあった。

 竜二は電話で義兄に電話をして途中の庄原駅まで迎えに来てもらう事にした。

 

 広島バスセンターから水色の郊外線バスに乗り2時間半近くかかって庄原に着いた。庄原駅には妻山下とよ子の兄山下豊治が赤銅色に日焼けした顔をして迎えてくれた。バスセンターの駐車場には軽トラが止まっていた。

「ご苦労さん」頬に沈んだ皺が動いた。
「ご無沙汰しています・・」竜二の唇はそれ以上動かなかった。
「さぁ、乗った、乗った。家に着いてからゆっくりすることだね。東京の奥だものなぁ群馬県は・・」竜二の心中を察してか努めて明るくふるまう豊治に恐縮した。

 豊治が橘竜二の家族が住む前橋市に訪ねてくれたのは何時だったか?ここ数年前では無かったような気がして曖昧な過去の記憶を遡ってみた。確か2000年を越えてすぐだったような気がした。いや、もっと前だったような気がしてきた。思い出せなかった。
 
 駅から軽トラに揺られて三十分近く走った。
 見覚えのある石垣造りの上にある家の庭で軽トラが止まった。
 家から少し背中は曲がったいたが小柄な老婆が出できた。豊治の妻アサノだと判った。横に小学生の女の子がいた。
 竜二は2階の客室に案内され風呂をすすめられた後、一時縁側で微風に吹かれていた。
 
 豊治も風呂からあがったのかアロハシャツ姿で玄関口から下駄履きで歩いて涼んでいる竜二の横に座った。手に蚊取り線香の容器を持っている。
 蚊取り線香の特有の臭いが風にのって鼻を刺激する。西の空はまだ明るかった。
「お前さん達の教会は色々と大変だね。3年前の元総理が銃撃されて死亡し、犯人の親が信者だったこともありマスコミによる攻撃、政党による『関係断絶宣言』さらには宗教法人の取り消し、東京地裁の解散命令の決定と・・でも最近はここまで教会に反対、排斥する側にある表面に現れない思惑があるようにも感じるようになってきたね」
 竜二は豊治が教会の事情を詳しくは知っている事に少しばかり驚いた。
「とよ子の長女の志穂が色々と教えてくれるんだ。最近は長男の賢一も大阪から家族で来ることあるのよ」
 竜二は初耳だった。

 妻とよ子から田舎の実家の話など聞いた事などほとんど無かった。ましてや子供たちが何度も訪れているなど初耳だった。これまで妻が教えてくれたはのは両親が亡くなった時くらいだった。葬儀には妻と二人の子供たちだけが出席した。

 

「教会は信仰者の集まりですからね。神、仏、死後の世界、個々人の心と霊の関係、さらに動物とは明らかに違う人と人との間で理解し響き合い、共有している根源みたいな存在を理解している集まりですからね。これを全く理解しない、理解しょうとしない人達にとっては宗教は脳細胞が作り出した想像の産物と思っている人々には理解しがたい事でしょうからね」

 竜二は冷静に努めているつもりだったが自分でも激しているのが判って言葉を切った。
 「こちらの新聞でも元総理の死亡事件が有った時は華々しく掲載されたものなぁ」

 豊治はそれ以上は口にしなかった。

 竜二は話題を転換する気持ちもあって

「前々から知りたかった事ですけど妻は小さい頃から宗教的な芽生えがありました?」と尋ねた。

 竜二は妻とよ子が亡くなってから幼少ころの話を聞いてこなかった事を後悔していた。
「妹は感受性が豊かと言うか鋭いと言ったほうが良いような女の子でした。小さい時近所の若い人の中で一人だけ何時も避けている人がいました。大人から見れば普通の人でしたが『あの人怖い』って避けて決して近づこうとしませんでした。後日解った事ですが、その男は痴漢の容疑で警察に捕まったと聞いて、妹の予感の的中に感心したものです。その男、あちらこちらで犯行を重ねていたと判ったがね。この孫娘は小さい頃のとよ子とよく似ているようなところが有るんだね」

 豊治の孫娘がガラスコップを乗せたお盆を両手で持ちながら廊下に出てきて、二人の横に置いた。豊治の目元が笑っていた。

 話している二人のために義姉が用意した冷たい物だった。

「これって今年、家で採れた梅から作ったジュースだよ」

 お盆を引き寄せ竜二にすすめた。

 梅の酸味と氷砂糖の甘さの拮抗が爽やかだった。

 「子供たちのために焼酎ではなく最近は焼酎抜きなんだ」

 豊治は自分でも一口飲んで「とよ子は地元の高校を卒業して『私、小学校の先生になりたい』と言って隣の県庁所在地にある国立の大学の教育学部に入ったんだ。入学してしばらくは大学の民青系の自治会執行部の手伝いなんかやっていたんだが二年の夏休みころだったかね。『神様が判った』とか言い始めたね。今から60年近くも昔の話だけどね」

 右手の山の端に半分くらい落ちた夕日がエネルギ-を燃え尽くすように眩しく光って豊治の顔を射っていた。

 

 竜二はとよ子の過去を覗き見したような罪悪感を感じた。

 代わりに自分の過去も口にしなければならなくなった。

「私は山口県の山陰日本海に面した萩から島根県に国道191号線を上った田舎町で高校生まで過ごしました。高校卒業後神奈川県の機械メーカーに就職しました。

 就職後仕事と趣味で山登りの会に入って余り好きでなかった田舎生活から脱皮した気持ちでした。だが、当時は全国的に学生運動、労働運動が激しかった時代で関東でも横浜は特別でした。当然そうした時代環境でしたので影響を受けました。

 知的に長じた人も多くして『自分も大学の資格が欲しい』と思って夜間の大学に入学しました。昼間は仕事、夜は大学生の生活でした。そうしたなかで共産主義の虜になった時もありました。共産主義、唯物論では宗教でいう『神』というのは人間の脳細胞の神経細胞が作り出した現象だと思った事もありました。

 この共産主義思想に出会う前は、ある作家の作品や評論を読みあさり共鳴した事もありました。よく言う民族主義的思想に嵌(はま)りました。しかしその作家が割腹して果てた事も有って苦悶しました。共産主義は一連の思想体系で歴史を解き、不平等の対立を解決し、未来を開く思想。この思想は魅力的でした。社会の集団を支配する側と支配される側に分け、この二つ階級で闘争が必然的におこり、そして持たない階級が階級闘争によって打ち勝つ。これは歴史発展の法則であり自然界の法則であると・・・就職してから夜間大学に通う時期も含め21歳までは自問自答し、論争し否定し合い分裂しあう深い穴に迷い出口を求めて彷徨った思春期でしたね。それは今も続いていますが・・」

 

 山下豊治は黙って聞いてくれていた。

 

 居間から先ほどの女の子が「お爺ちゃんご飯ですってお祖母ちゃんがいっているよ。お父さんもお母さんも来ているから早く来ておいで」と開け放たれたガラス戸に手をおいて言った。

 

 庭先から遠くにみえる国道のトンネル入り口前の街路灯が飛んでいる蛍のように見えた。

 

 次回につづく