これまでのあらすじ
50年ぶりに訪れた亡き妻の実家だった。広島県から山陰出雲に向かって中国山地を縦断するJR木次線は利用客の減少で朝、昼、夕の上り下りそれぞれ3便だった。途中の近くのバスセンターまで乗車し義理の兄に迎えのきてもらった。話は妻の幼少のころの思い出になった。竜二の知らなかった妻の姿を知った。話の流れで自分の過去を語りながら過ぎ去った50年の歳月が流れるよう思い出されてきた。
夕食は山下豊治の長女留美の小学生の長女と今年5年生になったという長男、豊治夫婦がそろって橘竜二を歓迎してくれた。留美が二人の子供たちに「オジサンはね。大阪にいる佑也ちゃんのお父さんのお父さんなのよ」と二人の子供たちに紹介した。「よろしくお願いします~」女の子が頭を下げて言った。
竜二は「大阪の従弟とも仲良くしてくださいね」と言ったが気持ちが落ち込んでいるのが自分でも判った。自分の親戚はもちろん家族に対しても疎遠にしていた事の重さを知って強く後悔した。
豊治の息子家族との夕食は二人の孫達が主役で賑やかな一時だった。その後、子供たちは就寝に離れの部屋に引き上げたあと豊治の妻も台所で洗い物を終わって二階に引き上げたいった。
テーブルを挟んで豊治が「断片的にはとよ子から聞いていますが、竜二さんも不思議な路程を辿って今に至っているんですね」と言って口火を切った。
「私と同じ職場にいた同僚も昼は工場、夜は夜間大学に通っている男が数人いました。その中のある男と仲良くなりやがて彼に誘われてデモに参加するようになりました。家庭の経済的事情が似たような男でした。やがて工場の寮にいるよりその友人の下宿先にいる時間が長くなっていきました。ある夜の事です。その友人が数名の男たちに襲われ大ケガをしてしまいました。これに私は大きなショックを受けました。そしてこの運動に疑問を持ち始めました。そうした時、繁華街で“共産主義は間違いである。国際勝共連合”という幟を掲げて黒板講義をしている女性に声をかけられ、教会に通うようになったわけです」
竜二はここまで喋って急に口ごもった。“過去をグタグタと引きずってもシャァないんじゃない”という想念が顔をだした。
豊治は「今あんた達の教会を潰そうとしているのもそういった運動勢力の人たちだっといっているね」竜二の話の穂をつかんで言った。
「この思想に嵌るとなかなか脱皮するのに時間のかかるいうのが自分の体験なんです。何しろ歴史観、物資と精神(神、霊、心や精神の作用)、すべての事物の発展や進化にする法則まで解き明かしたというものですからね。さらに暴力革命ではなく選挙による革命だと言い始め、最近は『人新世の資本論』という書籍も出てくる時代になって、共産主義も変化してきています。こうした"物質が全てあるという唯物論に勝って、更に見えない世界の実在を知らせ”納得させるところまで行くには、まず私たちが霊界、神の存在をハッキリ理解し認識するところまで行かないと勝てないと思うようになってきました。
最近、こういう思いに囚われている自分でした。そうした時、ネットで私たちの教会の教祖が北朝鮮で高官を前にして語った実録ビデオを見るが出来ました。
“神”を否定し共産主義国家である国で、しかも国家の高官に向かっての発言でした。
統一は"神主義でないとだめだ!”と言い切った宣言でした。
このビデオを見てから人間を共産主義思想をから解放するには理論による"言葉”以上に“神”に出会った教祖や霊界に目覚めた人たちと同じ霊性基準、心情基準に到達した人になってこそ納得させる』と思うようになってきました。
義兄さんのスマホにこの動画を送りますので視聴してみてください」
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竜二は柱に掛かっている大きな振り子時計をみあげながら言った。
豊治は「そろそろ休みますか?私はこれからその動画を見る事にしましょう。竜二さんも波乱の人生を生きてきたんですね。人は生まれ落ちた地に、時代に、“穏やかなら穏やかなりに、波乱なら波乱なりに”影響を受けるものですね。妹も同じですね。あの子も大学で多くの左翼学生に取り囲まれ黒板を壊されたと打ち明けた事もありました。今は懐かしい思い出です。お盆には少し早いですが明日は一緒にご先祖様のお墓に行きましょう」
竜二は二階に上がる階段を踏みしめながら・・
昨日、広島市の平和公園近くのアーケド街で遭遇した出来事を思い出した。女性を背後から襲った男の眼光と学生運動の渦中にいたころ同じセクトにいた友人を襲った男たちの眼光が似ていると・・気が付いた。
次回に続く