これまでのあらすじ
「これから秋の稲刈りの準備のため買い物に行く」という山下豊治の言葉に誘われて豊治の愛車‟国産ベンツ”に相乗りして旧市内のホームセンターに買い物に同行した。昼は広島名物‟お好み焼き”だった。橘竜二は工業高校卒業後、横浜に機械メーカ―に就職した1960年後半の話題になった。韓国動乱、ベトナム戦争、日米安全保障条約、世界が、日本国内が揺れ動く時代だった。半面日本は高度成長時代を歩んで生活は豊かになっていった。場所は違ったが同じ時代の空気を呼吸したという奇妙な連帯感を感じた。
軽トラに相乗りして豊治の実家に帰ってきた。揺れる助手席で明日からの予定を考えていた。
妻とよ子の実家のお墓にお参りした事もあってか自分の”親のお墓にお参りしてこよう”という気持ちになって
「明日早朝に暇乞いして故郷に行ってみることにしました」と運転席の豊治に言った。
「良い事だね。思った時こそ先祖が呼んでいるのかもしれないね。私が交通機関を調べてあげよう。
こんな山奥では道に迷ったと同じようなものだからね」
「そうですね。広島駅からここまで来るのにもちょっと大変でしたね。バス一つにしても乗り場も運行時間も乗っている時間も到着してそれからどうして良いのかも・・・。独りで山登りしているようなものですね」
竜二は感謝を込めて言った。
豊治の反応は素早かった。竜二が浴槽で汗を流し縁側に座っていると豊治はスマホ片手にコピー用紙と鉛筆を手にして玄関から出てきた。
「最短だと高速バスとJR急行列車と乗り継いで4時間で故郷の近くの島根県の西の益田市まで行けるよ。乗り継ぎがスムーズに行くかどうかにかかっているがね」
少し距離があるが今は同じ市であるが昔は比婆郡高野町と言った町に広島尾道から中国山地を横断し出雲市までの高速道路を走るバスの停留所があると教えてくれた。そのJR出雲市駅からは急行列車に乗ると故郷に近い島根県の益田市まで1時間50分で到着できる事も判った。竜二が通った工業高校が有った処だった。ここでレンタカーを借り30キロの距離を40分で走ると日本海に面した故郷だった。
この季節、真っ青な日本海、青く抜けるような空・・・・
竜二の心は故郷に飛んでいっていた。
竜二は益田市のホテルで泊まって市内でレンターカーを借りて故郷の墓参りをして益田市にある岩見・萩空港から東京に帰京する計画にした。
慌ただしい毎日が過ぎ去ってゆく。スマホの日付が3日になっていた。
朝食の後、軽乗用車の後部に竜二は旅行鞄を詰め込んで助手席に乗り込んだ。豊治の奥さんが
「また来てくださいね。主人も喜んでいます。昨夜は『幼い頃、生き別れになった弟に出会ったような気持になった』と感激していました」と豊治が家に入っている時に言った。
「私も同じです。男の兄弟のいない私ですから豊治さんが実の兄のような気持になりました。ほんとうにありがとうございました」と言って頭を下げた。偽らざる気持ちだった。
「さぁ、送迎用小型クラウンで行きましょう」と言って黒色の三菱EKワゴンに乗り込んだ。
「軽自動車って乗ってみると車内は随分と広いですね。ほとんど乗用車並みですね」
豊治の家を出てから信号は数か所で豊治の送迎用車の専用道路のようだった。「バスと列車の中では退屈でしょうから文庫本を二冊持ってきました。所々、私の書き込みがあるものですが暇つぶしに読んで下さい」と言って封筒が入った手さげの紙袋を渡してくれた。
高速の停留所は道の駅の広場にあった。道の駅は開店前とあって従業員が三人ほどノンビリと机の椅子を出し整える準備していた。三人は手が動くより会話するのが忙しかった。
「この道の駅って日曜日や休日になると混雑するんだね。大阪から九州に抜ける山陽道から真っすぐ北に向かって 日本海まで突き抜ける高速道路で山陰に入ると鳥取の高速道、西に向かうと島根県の海岸に沿って走っているんだ。
島根県内は完全には出来あがっていないがね・・・島根、鳥取ともは大きな市は海岸線に沿って点在しているから、これから過疎化がますます進む時代になると大切が道路網となるのが実感としてわかるね」
定刻どうりバスが入ってきた車体に大きなツバメのマークだった。昔、昔の国鉄時代のバスだった。
「国鉄だね」感激して竜二が言った。「そうだよ国鉄だよ。国鉄スワローズだよ。今のヤクルトだね」
「その前はサンケイだったかな?」「そういう点では広島カープは立派だね。発足以来、広島だからね」
プロ野球の話で盛り上がりながら竜二はバスに乗り込んだ。車内に座っている乗客は3割ほどだった。
手渡してくれた紙袋には缶コーヒーとジュース、それに文庫本が二冊入っていた。
文庫本を手に取りながらペラペラと捲った。確かに所々に鉛筆の手書きがあった。
小さい文字ながらキッチリとした正確な文字が書いてあった。
豊治の気質を表しているような文字だった。
高速バスの窓の外はずっと山だった。
その上に青空が拡がっていた。
車窓から外の景色をみていると幼少の思い出が津波のように押し寄せてきた。
進路を決めなければいけない中学だったころだった
その年の大晦日、ラジオから流れてくる紅白歌合戦で歌う坂本九に合わせて歌っていた母親
♪見上げて ごらん 夜の星を ・・・・小さな光が・・・ささやかな幸せを うたってる ♪♪
坂本九だった・・
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次回に続く